台東区民会館で狭山東京集会
2月28日午後6時30分より、台東区民会館・大ホールにおいて、狭山東京実行委員会が主催する「狭山事件の再審を求める東京集会」が開催された。この集会に、約300人の闘う仲間たちが結集した。
午後5時半過ぎ、雨の中、台東区民会館前に登場した青ヘルメットの部隊は、横断幕を掲げ情宣を開始する。集会に参加する部落青年・大衆に「ご苦労様です」と声をかけビラを手渡す。ビラを受け取った人たちから、「雨の中、大変ですね」という声が返ってくる。青ヘル部隊は、警視庁・私服公安刑事どもに一指も触れさせることなく、最後まで情宣を貫徹し、本集会に合流した。
午後6時30分、司会が集会開始を宣言する。狭山東京実行委員会・青木議長の主催者あいさつの後、狭山東京実行委員会・桐谷事務局長が基調提起を行なう。狭山弁護団が、東京高裁に対して220点の新証拠を提出していることを紹介し、「2019年、狭山再審実現に向けて最大の焦点となるのは、事実調べの実施です。本集会に参加された支援者の皆さんによる地域・職場での総力をあげた闘いで、事実調べを一刻も早く実施させましょう」。
次に、狭山弁護団の河村建夫弁護士が、「相次ぎ提出されている重要新証拠を踏まえて〜一刻も早く事実調べを実施させるために〜」と題する講演を行なった。河村弁護士は、2016年8月に提出した「下山第1鑑定」と2018年7月に提出した「下山第2鑑定」によって、狭山裁判で最も重要な争点となった石川さん宅の3度目の家宅捜索で「発見された」とされる万年筆は、被害者のものではないことが科学的に証明された点を強調した。そして、この春にも検察側が、「下山第2鑑定」に対する反論の鑑定を提出する予定であり、検察側の「反対鑑定」の提出後が最大の山場になるとした。東京高裁第4刑事部の裁判長・後藤眞理子が来年退官を迎える中、「裁判官は、退官前にしか思い切った判断をしない。裁判所は、世間の注目があると変わる。『みんなが見てるぞ』と思わせることが大事だ」と講演を結んだ。
石川氏が再審開始に向けた決意
講演終了後、司会が石川一雄氏の登場を告げる。会場からの大声援と拍手が沸き起こる中、石川氏が壇上に起つ。石川氏は、「闘いに明け暮れせして55年 あせりはせねが勝利の年に」という自作の短歌を披露し、「かつて、門野裁判長は、検察に『証拠を全部出せ』と言ったが、検察は、今も出そうとはしていない。許すことはできない。私は、たとえ裁判が逮捕から55年過ぎても、必ず勝利するために闘っていきますから、応援をお願いします」と再審勝利に向けた決意を明かにした。その後、石川早智子氏が発言し、「石川は、一審の内田裁判長による死刑判決を『差別裁判の原点』と言っています。内田の判決は、石川のことを『小学校すら卒業せず』『他家の奉公人として過ごし』と言い、小学生を父母から引き離したのは何かについては言いません」「裁判官に正義のプレッシャーをかけ、再審に勝利し、石川にかけられている『見えない手錠』を外し、両親の墓参をやらせてやりたい」と決意を明らかにした。
その後、狭山東京実行委員会に結集する団体が発言に起ち、東京清掃労組など4団体が決意を表明した。「I女性会議」・大塚氏が「確定判決が根底から崩れた今、早急な事実調べ・再審開始を求める決議」を提案し、また、司会が集会スローガンを読み上げ、それぞれ拍手で確認された。本集会のまとめを部落解放同盟東京都連・藤本委員長が行ない、最後に、狭山東京実行委員会・青木議長の閉会あいさつの後、「団結ガンバロー」で集会は締めくくられた。集会後、石川氏が、大ホールを出る参加者全員と精力的に握手をし、集会参加者全員は、共に闘う決意を新たにした。
2006年5月23日の第3次再審請求から、今年5月で、14年目を迎える。まさに、第3次再審闘争が正念場を迎えている。奮闘する石川氏の不屈の闘いに応え切っていかなければならない。石川氏の無実は明らかであり、裁かれるべきは司法―国家権力なのだ。検察に対する全証拠の開示と裁判所に対する事実調べを迫り、階級的共同闘争と大衆的実力闘争・武装闘争の爆発を叩きつけていこう。第3次再審闘争の勝利から狭山闘争の勝利へと攻め上ろう。部落解放運動の革命的飛躍・前進をかちとろう。
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