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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

餓死・病死・凍死―野垂れ死に攻撃を許さず、越年・越冬闘争をやりぬく 12・31-1・2 福岡・築港
(1296号4面)

 2018―2019年福岡日雇い越年・越冬闘争は、「力を合わせて生きぬこう! 闘って仕事をかちとろう!」をメイン・スローガンに、市内中央区の須崎公園を拠点にして、3日間にわたり行なわれた。

 福岡では、築港の寄せ場の解体攻撃が激しく進んでいる。労働者が朝の暗いうちから立って仕事を探しても、求人業者がまったく来ないという日が続く。土木ばかりか、港湾荷役関連の日雇い募集をしていた事務所も閉鎖されて久しい。加えて、多くの日雇い・野宿の労働者が、「生活保護より仕事がほしい」、「体が動くうちは働いて暮らしたい」と望んでいるにもかかわらず、行政は、この切実な声に一切耳を傾けようとしない。資本と行政による日雇い・野宿の労働者のこうした使い捨て、切り捨ての攻撃を打ち破り、力を合わせて闘って、何としても仕事をかちとっていかなければならない。野垂れ死に攻撃をはね返し、団結してやり返していかねばならない。そのために福岡・築港日雇労働組合(福日労)が中心になって「2018―2019年福岡日雇い越年・越冬闘争実行委員会」が結成され、今回の越年・越冬闘争が取り組まれた。

 事前に積み重ねられた「実行委員会」の会議には、多くの日雇い・野宿の仲間たちが参加した。野宿をして初めて福岡の冬を迎える仲間や、生活保護をとった仲間たちの参加もあった。この取り組みを成功させるために、寒風が吹き、時に小雪が舞う中、「本番」前から十数人の労働者たちが支援物資の受け取りや、資材搬入、設営などの作業に奔走した。12月31日からは会場の須崎公園で、仲間たちがテントの設営をはじめ、炊事、洗い場、警備、本部などの各班で、炊事作業、食器等の洗い物、深夜から早朝までの不寝番、企画の進行などの仕事を懸命にやりぬいた。会場には常に、70人近い仲間たちの顔があった。

 安倍政府による朝鮮反革命戦争とファシズムへの突撃が加速される中、「働き方改革」のゴリ押しによって、労働者に対する「9割非正規化」、「解雇自由化」、「残業代ゼロ化」の強制が強まっている。多くの労働者が、これまで日雇い労働者が強いられてきたものと、ほとんど変わらぬような過酷な労働条件下に叩き込まれつつあるのだ。「入管法」改悪によって、大量の外国人労働者をさらに劣悪な条件下に据えて奴隷のように酷使し、使い捨てようという攻撃も強まっている。「1人の野垂れ死にも許すな」、「黙って野垂れ死ぬな、生きてやつらにやり返せ」の寄せ場―日雇い労働運動が、ますますその威力を発揮すべき時が来ているのだ。

 だからこそ、越年・越冬闘争には、多くの労働者・市民の支持と共感が寄せられた。衣類や布団、毛布、食料品などのカンパ物資が、大量に寄せられた。会場まで直接届けてくれる人も後を絶たなかった。労働・生活・医療をめぐる相談には、弁護士、司法書士、歯科医師など、多くの人びとが仲間たちの相談に丁寧に乗ってくれた。多くの人びとに支えられて、越年・越冬闘争の成功がかちとられた。

12月31日

 この日、福岡地方の日の出は、午前7時22分。その日がまだ昇らぬ午前6時、会場の設営作業のために、多くの日雇い・野宿の労働者が須崎公園に集まった。支援の労働者・市民も駆けつけてくれた。全員に温かいコーヒーと軍手、タオルが配られ、「実行委員会」から挨拶と段取りの説明を受けて、一斉に作業が進められていく。夜が明け、炊事班が用意した朝食の炊き出しの頃には、炊事、洗い場、本部のテントはもちろん、参加者の寝床となるテントやステージまで建ち上がり、会場全体の輪郭ができ上る。

 午前11時、会場全体のデコレーションもほぼ完成し、「実行委員会」から、2018―2019年越年・越冬闘争の開幕が高らかに宣言される。本部から、参加者へのルールの説明や企画の案内なども行なわれた。併せて弁護士による法律相談も開始された。弁護士は、厳しいスケジュールをおして、敢えて大晦日の会場に来てくれた。相談会は、昼の炊き出しを挟んで2時間にわたって行なわれ、終了時刻ぎりぎりまで、6人の仲間が行列を作り相談を受けた。

 炊き出しの後は、全員で乾杯を行ない、越年・越冬闘争突入集会を開催していく。「実行委員会」の仲間が、「1人の野垂れ死にも許さずに、新しい年を迎えるために、力を合わせて越年・越冬闘争を大成功させよう」と訴えると、全員が熱い拍手で応えた。

 午後からは、衣類の放出が行なわれ、全員が新しい服を手にする。市内のボランティア・グループによる本格的な焼肉も振る舞われ、参加者全員が満腹になるまで舌鼓を打った。3時からは、「笑福・望年演芸披露」と銘打ったお笑い演芸の数々も行なわれた。鼻笛の独演会、舞踊マジック・コント、美空ひばりの幼少期を彷彿とさせる小学生歌手による歌謡ショーなどに、仲間たちは、ある時は腹を抱えて大笑いし、またある時は時の過ぎるのも忘れて聞き惚れた。

 5時になると、寒風の中を人民パトロール隊が出発する。越年・越冬の取り組みを知らずに、1人で寒さに震えている仲間がいないか、また病気やケガで会場までたどり着けない仲間はいないかと、市内をパトロールして回るものだ。仲間に野垂れ死にをさせないための取り組みだ。「メンバー募集」の呼びかけに応えた仲間たちが、越年・越冬闘争のプログラム、毛布やカイロ、防寒着や食料、飲料などを携え、会場全体の拍手に送られて出発する。

 夜の炊き出しの後には、お馴染みの「大みそか抱腹絶倒ライブ」が行なわれた。女性アーティストの唄と三味線によるパフォーマンスが、仲間たちを笑いの渦に引き込む。ライブの後は、「団結ガンバロー集会」だ。実行委員会を構成する炊事班、洗い場班、設営班、警備班の各班から決意表明が行なわれる。本部からは、「宴会・泥酔・ケンカの禁止」などの禁止事項、注意事項の説明に続いて、運営への協力が呼びかけられた。この他にも、散髪などでみんなのために仲間が頑張っていることが紹介された。最後に、福日労委員長の音頭で「団結ガンバロー」を行ない、集会を締めくくった。

 その後、辺野古の闘いを伝える映画や娯楽映画の上映会が行なわれ、年越しそばも振る舞われた。夜の人民パトロールも取り組まれた。

1月1日

 朝の炊き出しは雑煮だ。その後は衣類放出が行なわれる。昨日に続く第二弾だ。労働者・市民からの支援のおかげで、衣類は大量だ。昨日は体に合うサイズが見つからなかった仲間にも、新しい衣類が行き渡る。

 昼食の後は、新年総決起集会だ。12月30日に設営作業中に転倒して足を痛め、休養していた実行委員長が登壇する。「もうしばらく休んでいようかとも思ったが、どうしてもみんなの顔が見たくて会場に来てしまった。今から実行委員長に復活して頑張る。ケガのないように十分に注意して、越年・越冬闘争を最後までやりぬこう」と発言すると、ひときわ大きな拍手が沸き起こる。その発言に目を潤ませる仲間もいる。「実行委員長、注意が足りないのはあんただけだ」というヤジも飛び、会場全体が爆笑に包まれる。

 続いて、寄せられた連帯メッセージの紹介だ。東京・山谷日雇労働組合からは、「山谷では、『東京オリンピック・パラリンピック』を当て込んで、再開発の動きが強まっている。『イロハ通り商店街』のアーケードが撤去され、簡易宿泊所(ドヤ)が、外国人旅行者を相手にするホテルに替わる動きもある。さらに、1973年のオイル・ショックによる急激な失業(アブレ)状況の中で、行政の責任追及の闘いによってかちとった『特別就労対策事業』を『山谷の労働者が甘い汁を吸っている』と言って廃止を煽動する動きもある。越年・越冬闘争で打ち固めた労働者の団結で、安倍政府の目論見を打ち砕こう」というメッセージが寄せられた。「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」からは、「現在釜ヶ崎では、『西成特区構想』に基づいた『西成労働福祉センター』の建て替え―縮小計画が進行している。南海電鉄高架下のとても狭小な場所に『仮移転』させようと工事が進行している。毎朝仕事を求めて利用する労働者の待機場所もない、求人の車も乗り付けるスペースがないとなれば、センターとしての機能が果たせなくなる。寄せ場そのものの解体攻撃に他ならない。同時に、周辺で野宿する労働者の排除攻撃だ。断じて許すことはできない。仲間とともに断固対決していく」というメッセージが、沖縄・首里日雇労働組合からは、「安倍政府―沖縄防衛局は、2018年12月、辺野古の海への埋め立て土砂の投入に踏み込んだ。『何でもあり』の違法・無法なこの暴挙に、沖縄労働者人民の怒りと闘いが燃え上がっている。わが沖日労も現地に通い、その闘いをともに担ってきた。低辺からの実力決起を実現し、新基地建設を何としても阻止していく決意だ。越年・越冬闘争で培った団結の力で、新たな年の反戦・反失業闘争にうって出ていく決意だ。ともに闘おう」と訴えるメッセージが寄せられた。さらに、福岡の教育労働者からは、「この1年をふりかえる漢字には『災』が選ばれた。しかし、災いは決して自然災害だけではない。現代社会の惨禍のほとんどが私利私欲に走る者たちによる『人災』だ。孤立している個人は多くの力を出せないが、人間の歴史では民衆の結集・結束こそが強い力と光を放ってきた。今こそ私たち1人ひとりが手をとり合い、つながりを強めて社会を動かす表現と行動を強めていこう」というエールが寄せられた。すべてのメッセージに、会場全体から大きな拍手が送られた。

 最後に、福日労の仲間の、新年の闘う決意を全体で確認して、集会を終えた。
 夜の炊き出しの後は、労働者交流会だ。昼間の「生活・労働アンケート」の結果も発表される。失業状態の長期化や高齢化にもかかわらず、「生活保護より仕事」と回答した仲間が全体の70パーセントを超えた。仕事がないことは切実だ。役人どもが、「失対事業方式は採らない。民間雇用の拡充に委ねる」と言い続けることを許すことはできない。「仕事よこせの闘いをさらに強力に推し進めよう」ということが確認された。

 映画上映会は、名護新基地建設をめぐる凶暴な土砂投入を報じたニュース映像の録画だ。多くの仲間が食い入るようにスクリーンを見つめる。続いて娯楽映画の上映も行なわれ、仲間たちはこの日も有意義で楽しい時間を過ごした。不寝番の仲間たちが会場を守り、皆が一丸となった越冬は続く。

1月2日

 午前中の様々なゲームには、多くの仲間が参加して大盛り上がりとなった。全員に配布するには量が足りないカンパ物資が景品として次々に配布され、ゲームを盛り上げる。会場には笑いが絶えない。

 昼食の後には、司法書士、歯科医師、歯学関係サークルなどによる「大相談会」が開催された。お馴染みの諸氏に、会場からは親しみを込めた大きな拍手が起こる。司法書士は、「生活保護のこと、年金の問題、借金の問題、その他、生活上のことで困っていることがあれば、何でも相談に来てください」と自己紹介。「虫歯や歯茎の検診、歯の磨き方の講習などを行ないます。治療の器械は持ってきていないので、大丈夫です。痛い思いをすることは絶対にありません」という歯科医師の自己紹介には大爆笑だ。司法書士の生活相談には8人の仲間がつめかけ、歯科検診には、30人近い仲間が並んだ。相談会終了後には、相談に乗ってくれた方々に対して、盛大な感謝の拍手が送られた。相談会の最中にも、人民パトロール隊は市内を回った。

 4時からのカラオケ大会では、実行委員をはじめ、多くの仲間たちが得意の持ち歌を披露して会場を盛り上げ、夜の炊き出し後には、ゲーム優勝者の表彰式などが行われて、会場はさらに沸き上がった。新春映画上映会も3夜連続で行なわれた。

1月3日

 この日は、朝早くから片付けだ。集まった40数人の仲間たちに軍手とタオルが配られ、作業の段取りが説明される。正月は所用でほとんど参加できないが、片付けには必ず駆けつけるという義理堅い築港の労働者もいる。ステージが解体され、テントが一斉にたたまれ、資材の搬出が手順よく行なわれていく。体が思うように動かない仲間にも、公園内の掃除や、荷物の見張り番という大事な仕事がある。

 昼食前には、ほとんどすべての作業が終了した。膨大な作業をともにやりぬき、力を合わせてこの1年を闘いぬく決意が共有された。新たに知り合うことができた仲間も多い。「皆さんの協力によって、大したケガ人もなく、1度のケンカもなく、無事にこの取り組みを終えることができた。今年も、力を一つにして頑張っていこう」という実行委員長の締めの言葉に、全員が大きな拍手を送る。福日労委員長の音頭で、「越年・越冬闘争をやりぬいたぞ」、「1人の野垂れ死にも許さないぞ」、「反戦・反失業を闘うぞ」というシュプレヒコールをあげ、「団結ガンバロー」で、2018―2019年福岡日雇い越年・越冬闘争は幕を閉じた。

 他方、ニセ「福日労」―ゴロツキ組合が冷泉公園で行なった「越冬祭り」は、頼みのゴロツキさえさっぱり集まらず、会場にいた福岡の日雇い・野宿の労働者は、指折り数えても指が余るほどであった。憔悴し切ったこの者どもは今や、「参加者があまりに少ないのでやる意味がない。越冬祭りの廃止を検討している」と、労働者の前で公言しているという。それが賢明な判断だ。しかし、悲しいかな、判断があまりにも遅すぎた。「参加者があまりに少ない」という状況は、今に始まったことではない。20年も前から一貫して続いてきたことではないか。「参加者があまりに少ない」のには理由がある。所詮、お前たちの「越冬祭り」とわれわれの越年・越冬闘争とでは、基調が違うのだ。お前たちの「越冬祭り」には、失業―野宿の強制に苦しみ怒る日雇い・野宿の労働者が共感し支持できるものが何もないのだ。20年間がまったくの徒労であったということを、ようやく自覚したか。他人事だからどうでもいいことながら、もうこれ以上恥の上塗りをせぬよう、速やかな撤退をお勧めする。

 福日労の2019年の闘いは、すでに開始されている。越年・越冬闘争の成功を力に、福日労は、「反戦・仕事寄こせ」の新たな闘いに全力で起ち上がる。ともに闘おう。