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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

寒風をものともせず、越年・越冬闘争をやりぬく
12・31〜1・2 福岡・築港
(1257号5面)

 2017―2018年福岡日雇い越年・越冬闘争は、「寒さも失業もぶっとばせ! 闘って仕事をかちとろう!」をメイン・スローガンに、市内中央区の須崎公園を拠点にして行なわれた。

 福岡では、築港の寄せ場の解体攻撃が激しく進み、日雇い・野宿の労働者が朝の暗いうちから築港に立って仕事を探しても、求人業者がまったく来ないという日が続く。多くの日雇い・野宿の労働者が、「生活保護より仕事がほしい」、「体が動くうちは働いて暮らしたい」と望んでいるにもかかわらず、行政は、この切実な声には一切耳を傾けようとしない。日雇い・野宿の労働者に「死ね」と言うに等しい資本と行政による使い捨て、切り捨ての攻撃を打ち破り、力を合わせて闘って、何としても仕事をかちとっていかなければならない。野垂れ死に攻撃をはね返し、団結してやり返していくべく、福岡・築港日雇労働組合(福日労)が先頭になって、越年・越冬闘争は取り組まれた。

 事前に積み重ねられた実行委員会の会議には、多くの日雇い・野宿の仲間たちが参加した。野宿をして初めて福岡の冬を迎える仲間や、生活保護をとった仲間たちの参加もあった。この取り組みを成功させるために、「本番」前から、何人もの労働者たちが、支援物資の受け取りや整理、資材搬入などの作業に奔走した。12月31日からは、会場の須崎公園で、仲間たちがテントの設営をはじめ、炊事、洗い場、警備、本部などの各班で、朝早くから夜遅くまでの炊事作業、食器等の洗い物、寒風のなかでの不寝番、企画・ゲームの進行などの仕事を懸命にやりぬいた。会場には常に、70人近い仲間たちの顔があった。さらに、後片付けにも、たくさんの仲間たちが積極的に参加した。

 安倍政府によって、朝鮮反革命戦争とファシズムへの突撃が加速される中、労働者に対する「9割非正規化」、「解雇自由化」、「残業代ゼロ化」の攻撃が強まっている。多くの労働者が、これまで日雇い労働者が強いられてきたものと、ほとんど変わらぬ過酷な労働条件下に叩き込まれている。「一人の野垂れ死にも許すな」、「黙って野垂れ死ぬな、生きてやつらにやり返せ」という寄せ場―日雇い労働者の闘いが、ますます重要になっている。だからこそ、越年・越冬闘争には、多くの労働者・市民の共感と支援が寄せられた。衣類や布団、毛布、食料品などのカンパ物資が、これまでにも増して寄せられた。会場まで直接届けてくれる人も、後を絶たなかった。労働・生活・医療をめぐる相談には、弁護士、司法書士、歯科医師など、多くの人びとが仲間たちの相談に丁寧に乗ってくれた。多くの人びとに支えられて、越年・越冬闘争の成功がかちとられた。

12月31日

 朝六時、真っ暗いうちから、多くの日雇い・野宿の労働者が設営作業のために集まった。支援の労働者・市民も駆けつける。全員に温かいコーヒーと軍手、タオルが配られ、実行委員長からの挨拶と段取りの説明を受けて、力を合わせて作業を進めていく。炊事班が用意した朝食の炊き出しの頃には、炊事、洗い場、本部のテントはもちろん、全員の寝床のテントやステージまで建ち上がり、会場の形ができていく。昼の炊き出しの前には、2017―2018年越年・越冬闘争の開幕が宣言される。続いて、ルールの説明や企画の案内なども行なわれた。

 昼の炊き出しの後は、越年・越冬闘争突入集会だ。各班から決意表明が行なわれる。炊事班は、「頑張って美味しいものをたくさん作るので、3日間、腹いっぱい食べて下さい」と挨拶。「食器でも鍋でも一年間の垢でも、何でも洗い落します。寒さには負けません」という洗い場班の決意には、大きな笑いと拍手が起きた。設営班は、11人の班員全員が登壇して、「昨日までの4日間、資材搬入や会場設営をやってきました。この催しが終わった後の資材搬出も、このメンバーで必ずやりぬきます」と発言。気は早いが頼もしいこの挨拶は、盛大な拍手を浴びた。警備班は、「昼だけでなく、夜も夜通しで警備をやります。トラブルなく3日間を過ごせるよう、ご協力を」と訴えた。本部からは、「宴会・泥酔・ケンカの禁止」などの禁止事項、注意事項の説明に続いて、運営への協力が呼びかけられた。この他にも、散髪などでみんなのために仲間たちが頑張っていることが紹介され、最後に実行委員長が、「1人の野垂れ死にも許さずに、新しい年を迎えるために、みんなで協力し合って、越年・越冬闘争を大成功させよう」と訴えると、全員が熱い拍手で答えた。

 午後からは、衣類の放出が行なわれ、全員が新しい服を手にする。市内のボランティア・グループによる本格的な焼肉も振る舞われ、参加者全員が満腹になるまで舌鼓を打った。3時からは、「笑福・望年演芸披露」と銘打ったお笑い演芸の数々も行なわれた。「博多ひばり」の歌謡ショーや鼻笛の独演会、マジック・ショーなどに、仲間たちは、ある時は我を忘れて聞き惚れ、またある時は腹を抱えて大笑い。

 5時になると、寒風の中を人民パトロール隊が出発する。越年・越冬の取り組みを知らずに、1人で寒さに震えている仲間がいないか、また病気やケガで会場までたどり着けない仲間はいないかと、市内をパトロールして回るものだ。仲間に野垂れ死にをさせないための取り組みだ。「メンバー募集」の呼びかけに応えた仲間たちが、毛布やカイロ、防寒着や食料、飲料などを携え、会場全体の拍手に送られて出発する。

 夜の炊き出しの後には、お馴染みの「大みそか抱腹絶倒ライブ」が行なわれた。女性アーティストの唄と三味線によるパフォーマンスが、仲間たちを笑いの渦に引き込む。ライブの後は、「団結ガンバロー」集会だ。「越年・越冬闘争をやりぬくぞ」、「1人の野垂れ死にも許さないぞ」というシュプレヒコールが大晦日の夜空に響き渡る。越年・越冬闘争の意義を全体で確認し、「来年こそ、みんなの力で仕事をかちとろう。失業も戦争もない世の中を作るために、福日労のもとに団結して闘おう」という提起を全体で確認していった。最後に、実行委員長の音頭で「団結ガンバロー」が行なわれ、集会は締めくくられた。

 その後、娯楽映画の上映会が行なわれ、年越しそばも振る舞われた。夜の人民パトロールも取り組まれた。

1月1日

 朝の炊き出しは雑煮だ。その後は、衣類放出が行なわれる。労働者・市民からのカンパのおかげで衣類は大量だ。昨日に続いて、新しい服が全員に行き渡る。10時からは、弁護士による法律相談が行なわれた。今回は日程が合わなかったため、相談会は分散開催となった。約2時間の間に、5人の仲間が相談に乗ってもらった。「相談してよかった」。相談室から出てくる顔は、入る時とは打って変わって一様に明るい。相談会の終了後、会場からは弁護士に盛大な拍手が送られた。

 昼食の後は、新年総決起集会だ。まず、寄せられた連帯メッセージが紹介される。東京・山谷日雇労働組合からは、「2018年は、朝鮮反革命戦争粉砕、改憲攻撃粉砕、『働き方改革』粉砕、翼賛国会粉砕、安倍政府打倒の闘いを、労働者が先頭に起って闘いぬかねばなりません。そのためにも、越年・越冬闘争を全力で闘い、労働者の団結を打ち固め、2018年の闘いに撃って出よう」というメッセージが寄せられた。「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」のメッセージは、「『アブレ手当』の現金振り込み化といった『日雇雇用保険』改悪や、『社会保険未加入』を理由にした労働者の排除などの攻撃がかけられています。また寄せ場解体攻撃として『センター縮小・移転計画』が進められています。ますます『反戦・仕事よこせ』の闘いが重要になっています。釜ヶ崎でも越年・越冬闘争をやりぬきます」、沖縄・首里日雇労働組合のメッセージは、「辺野古では、安倍政府―沖縄防衛局の手によって、力ずくの新基地建設工事が強行されています。いま求められているのは最底辺からの起ち上がりであり、沖日労こそが、現地闘争の先頭に起とうと決意を固めています。基地と戦争、失業と貧困の押しつけを許さず、改憲と戦争に突き進む安倍政府を打ち倒すべく、ともに闘いぬこう」と訴えるものだ。さらに福岡の教育労働者からは、「戦争へと向かう道すじが加速し、1人ひとりの人権や生活がないがしろにされる状況へと急速に舵取りがなされてきました。しかし、私たちは決して屈することなく、それぞれの立場で、あらゆる力を結集させて、ともに社会を変えていきましょう」というエールが寄せられた。すべてのメッセージに、会場全体の拍手が送られた。

 続いて、福日労の仲間が、「越年越冬闘争の成功から、2018年の『反戦・仕事寄こせ』の闘いに、一丸となって撃って出よう」、「2月、日出生台演習場(大分県)での在沖米海兵隊による155ミリ榴弾砲の実弾砲撃―『本土』移転演習阻止の闘いに起ち上がろう」、「仕事がほしいという仲間たちの切実な声を行政にぶつけ、今年こそ公的就労対策事業の実施をかちとろう。そのために、まずは、1月10日の『対市役所水曜行動』へ」と提起し、新年の闘う決意を全体で確認して、集会を終えた。

 夜の炊き出しの後は、労働者交流会だ。昼間の「生活・労働アンケート」の結果も発表される。長引く失業状態の強制や高齢化にもかかわらず、「生活保護より仕事」と回答した仲間が全体の80パーセントを超えている。圧倒的な比率だ。仕事がないことは切実だ。役人どもが、「失対事業方式は採らない。民間雇用の拡充に委ねる」と言い続けることを許してはならない。「仕事よこせの闘いをさらに強力にやりぬこう」ということが確認された。

 2日目の映画上映会は、「沖縄と核」と題するビデオが上映された。米軍によって沖縄に配備された核兵器の歴史と実態を伝えるドキュメンタリーだ。多くの仲間が食い入るようにスクリーンを見つめる。続いて、娯楽映画の上映も行なわれ、仲間たちはこの日も楽しい時間を過ごした。設営班や参加者たちの努力で、テントは風で飛ばされないように補強され、夜の冷たい風が吹き込まないようテント周りのシートも補強されて、温かい寝床に守られて仲間たちは眠りについた。不寝番の仲間たちが会場を守り、皆が一丸となった越冬は続く。

1月2日

 午前中の様々なゲームには、多くの仲間が参加して大盛り上がりとなった。全員に配布するには量が足りないカンパ物資が景品として次々に配布され、ゲームを盛り上げる。会場には笑いが絶えない。

 昼食の後には、司法書士、歯科医師らによる「大相談会」が開催された。お馴染みの諸氏に、会場からは親しみを込めた大きな拍手が起こる。司法書士は、「住まいの問題、年金の問題、借金の問題、その他、生活上のことで困っていることがあれば、ぜひ相談に来てください」と自己紹介。「歯のこと、お口の中のことで気になることがありましたら、何でも言って下さい。新しい歯を生やしたいということ以外なら、すべて相談に乗ります」という歯科医師の自己紹介には大爆笑だ。司法書士の生活相談には6人の仲間がつめかけ、歯科医師による虫歯や歯茎の検診、歯の磨き方の講習などには、30人近い仲間が並んだ。相談会終了後には、相談に乗ってくれた方々に対して、盛大な感謝の拍手が送られた。相談会の最中にも、人民パトロール隊は市内を回った。

 四時からのカラオケ大会では、多くの仲間たちが得意の持ち歌を披露して、会場を盛り上げ、夜の炊き出し後には、ゲーム優勝者の表彰式などが行われて、会場はさらに沸き上がった。新春映画上映会も三夜連続で行なわれた。

1月3日

 この日は、朝早くから片付けだ。集まった約50人の仲間たちに軍手とタオルが配られ、作業の段取りが説明される。テントが一斉にたたまれ、資材の搬出や公園の掃除が行なわれていく。昼食前には、ほとんどすべての作業が終了した。膨大な作業をともにやりぬき、力を合わせてこの1年を闘いぬく決意が共有された。新たに知り合うことができた仲間も多い。「皆さんの協力によって、何とか無事にこの取り組みを終えることができました。これからも、力を一つにして福日労を盛り立てて下さい」という実行委員長の締めの言葉に、全員が大きな拍手を送る。実行委員長の音頭による「団結ガンバロー」で、2017―2018年福岡日雇い越年・越冬闘争は幕を閉じた。

 他方、ニセ「福日労」―ゴロツキ組合が冷泉公園で行なった「越冬祭り」は、天候よりもはるかに寒い状況であった。頼みのゴロツキさえさっぱり集まらず、会場にいる福岡の日雇い・野宿の労働者は、片手で数えても指が余るほどだ。労働者から完全に見離された真冬の「裸祭り」は惨め過ぎて、もはや見るに忍びない。わざわざ「全国動員」して身内だけの「忘年会」「新年会」を福岡でやることに、いったい何の意味があるのか。もう諦めた方がいいと思うが、どうか。

 福日労の2018年の闘いは、すでに開始されている。越年・越冬闘争の成功を力に、福日労は、「反戦・仕事寄こせ」の新たな闘いに全力で起ち上がる。ともに闘おう。