解放トップ
トップに戻る
解放最新号
バックナンバー
論文
定期購読

東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

 辺野古・高江現地レポート
新基地建設、ヘリ炎上事故に怒りを爆発させた10月の闘い

(1246号3面)

激化する新基地建設の攻撃

 名護新基地建設に向けて、沖縄防衛局による資機材搬入の攻撃が激しさを増している。沖縄「県」内の建設会社、運送会社を総動員して、石材を満載したダンプカーや、機材を積んだトレーラー、コンクリート・ミキサー車などを、米海兵隊のキャンプ・シュワブ「工事用ゲート」から連日のように運び入れているのだ。

 その中には、新基地建設工事のためにわざわざ新規に購入したと思しき新車の20トン・ダンプも数多く見える。超大型のバルクローリーも見られるようになった。それは、袋詰めされていない粉粒状のセメント(パラセメント)を運搬する特殊車両で、主にセメント工場からコンクリート・プラント(生コン製造工場)までのパラセメントの運搬に使用されるものだ。と言うことは、キャンプ・シュワブ内のコンクリート・プラントが本格的に稼働し始めたことを意味する。同時に、このバルクローリーを新基地建設用の「工事用ゲート」から搬入するということは、「コンクリート・プラントは兵舎の建て替え工事に使うもので、新基地建設とは無関係」という沖縄防衛局の従来の説明が、まったくのウソであることをも自己暴露するものだ。これまで、兵舎建て替え用の人員や資機材は、「工事用ゲート」からではなく、すべて「新ゲート」から搬入されていたからだ。コンクリート・プラントの新基地建設工事への「転用」(実は本来用途)が、すでに始まっているものと見なければならない。

 資機材の搬入は、ほぼ1日3回、延べ数十台から百数十台に及ぶ。この搬入を阻止するために、このかん、水曜日、木曜日、土曜日が「集中行動日」に設定されてきたのだが、水曜日、土曜日の搬入も、頻繁に強行されるようになった。そして、そのたびに、「県」警機動隊による労働者人民への暴力的な排除がくり返されているのだ。座り込む労働者人民を「ゴボウ抜き」で強制排除し、フェンスと機動隊車両で囲った「仮設収容所」に押し込んで、工事用車両の搬入・搬出が完了するまでの約一時間の間、何の法的根拠もないまま拘束しているのである。

 弾圧もますます激化、卑劣化している。「県」警は、10月11日、75歳の女性を「公務執行妨害」容疑で逮捕した。女性は、機動隊に強制排除されて「仮設収容所」に押し込まれた。そこでコップを手に水分補給をしていたところ、取り囲む機動隊員に突き飛ばされて、コップの水が別の機動隊員にかかった。そのことをとらえて権力は、「警察官に液体をかけて職務を妨害した」と強引にデッチ上げ、「仮設収容所」から無理やり引きずり出して、不当逮捕したのである。自作自演の「公妨」だ。

10月7日 第1回目の「県民大行動」に1000人が現地大結集

 こうした機動隊の「数と暴力」による工事の推進を阻止するために、10月から「土曜県民大行動」が企画された。「辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議」が呼びかけたもので、毎月第1土曜日に労働者人民の現地大結集を実現しようという試みだ。

 10月7日、その第1回目の「大行動」が開催された。早朝から「工事用ゲート」前で搬入阻止の座り込みが続く。集会開始時刻の正午には、集会場となる「新ゲート」前に、1000人の労働者人民が結集した。国道329号の両側の歩道上を人が覆いつくす。衆院小選挙区予定候補や「県」選出参院議員、「県」議会会派などの発言に続き、「オール沖縄会議現地闘争部」部長・山城博治氏(「沖縄平和運動センター」議長)が登壇する。「この日は絶対に工事用車両を止めるという決意で大行動を組んだ。衆院選が終わったら、安倍政権は一気に沖縄に襲いかかってきそうだ。あらためて辺野古の闘いの決意を示そう。権力のどんな暴力をもってしても、手足を折ることはできても、心を折ることはできない。私は、必ずこの現場に戻ってくる。頑張って参りましょう」と訴えると、ひときわ大きな拍手と歓声が起こった。

 最後に全体で「ガンバロー」と拳を突き上げ、集会を終えた。結局この日の闘いは、資機材の搬入を丸1日にわたって阻止した。

東村・高江での米軍ヘリの不時着・炎上事故を弾劾する

 10月11日夕方、東村・高江で、米海兵隊・普天間基地(宜野湾市)所属のCH―53E大型輸送ヘリが不時着・炎上した。現場は、米海兵隊・北部訓練場に近い車地区の民有の牧草地で、在沖米海兵隊の発表によれば、「訓練飛行中に出火したため、緊急着陸した」という。米海軍安全センターは、この事故を最も重大な「クラスA」に分類している。昨年12月の名護市安部での垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの墜落事故に続いて、普天間基地の所属機による本島北部での大事故が、1年のうちに2度も起きたことになる。くり返される大事故に、高江住民ばかりでなく、全沖縄労働者人民の怒りが沸騰している。

 CH―53Eは、2004年に沖縄国際大学(宜野湾市)に墜落したCH―53Dの後継機だが、この機種は、1999年4月に北部訓練場沖で墜落事故を起こしたことを皮切りに、様々なトラブルをくり返しており、今年に入ってからも、確認できるだけで4件の「不具合」を発生させていた。このうち6月に久米島空港に緊急着陸したヘリが、今回の機体であった。こんな代物が、沖縄では頻繁に労働者人民の頭上を飛び交い、生命の危機と隣り合わせの日常を強いているのだ。

 とりわけ今回の現場は、最も近い民家(牧草地の所有者宅)から200メートルの距離であり、家族の1人はその時、現場からわずか100メートルの豚舎で働いていたという。一家は、「どこに墜ちても不思議はなかった。もう少しで死んでいた」、「牧草の収穫が1日遅れたから命が助かった。作業を予定していた牧場のど真ん中が燃えていた」、「(牧草は、)もう飼料用としては使えない。仕事は、完全になくなった」と怒りに震えている。高江住民からは、「低空飛行する米軍機の墜落への不安で眠れない」、「住民は、米軍機による訓練の危険性をずっと指摘してきた。事故は、危険な状態を放置してきた日本政府の怠慢だ」との声が、また普天間基地がある宜野湾市民からは、「落ちて来るんじゃないかと思うと、家に居られない」、「ここで事故が一度起これば大変な被害が出る」との声が上がっている。

 生活環境への影響も深刻だ。沖国大での墜落事故では、放射性物質・ストロンチウム90が問題になったが、CH―53Eにもインジケーター(指示器)の材料に同じ放射性物質が使われており、沖国大の事故と同様、今回もまた、黒煙とともにそれらが周囲に飛散した。米軍は、「健康に害を及ぼすほど大量ではない」と居直るが、周辺からは、「ストロンチウム90」が発すると思われるベータ線が観測されている。

 環境への影響は、決してこれにとどまらない。事故現場は、「県内一の貯水量」を誇る福地ダムの流域の境目(流域界)まで、わずか400メートルの距離であった。沖縄本島全域の上水道の約八割が北部のダムから送水されており、そのうち福地ダムからの送水は、実に約6割を占める。福地ダムの流域界内で事故が起きていたら、汚染された雨水などの流入によるダム湖全体の汚染によって、送水が停止される事態になっても何の不思議もなかったのだ。これは誇張でも何でもない。実際、2013年8月に米海兵隊のキャンプ・ハンセン(名護市、宜野座村、金武町など)に米空軍のHH60救難ヘリが墜落した際には、墜落現場から70メートル離れた場所に大川ダムがあり、現場から環境基準値を大幅に上回る鉛やヒ素などが検出されたことで、宜野座村は、約1年間にわたってダムからの取水を停止せざるを得なかった。福地ダムが汚染された場合、送水量の多さから言って、本島全域に深刻かつ重大な影響が及ぶことになるのは明らかだ。

10月12日 「石平ゲート」前で抗議集会

 この事故に対して、翌日の10月12日午後6時には、「基地の県内移設に反対する県民会議」(「県民会議」)と「普天間爆音訴訟団」が主催して、「度重なる米軍機墜落事故弾劾! 米軍は直ちに撤退せよ! CH53米軍ヘリ墜落緊急抗議集会」が、米海兵隊のキャンプ・フォスター(沖縄市、宜野湾市、北谷町、北中城村)「石平ゲート」(北中城村石平)前で開催された。キャンプ・フォスターは、在沖米海兵隊の司令機能を有する中枢基地だ。この集会には、約300人の労働者人民が結集した。

 まずは、ゲート前を制圧して、参加者全員で抗議のデモを行なう。「飛行訓練をやめろ」、「ヘリを飛ばすな」、「オスプレイを飛ばすな」、「米軍は沖縄から撤退せよ」というシュプレヒコールが基地を揺るがす。

 集会では、多くの団体や人士から怒りの発言が相次いだ。「普天間爆音訴訟団」団長・島田善治氏は、「戦後72年経ってもまだこんな現状だ。基地をなくすために真剣に闘わねばならない。何としても辺野古で勝利しよう」と述べた。照屋寛徳氏は、「墜落現場に行ってきた。異臭が鼻を突く状況だ。マスコミもシャットアウトして、米兵が黒焦げの機体を検分していた。もっともっと激しく怒りをぶつけて、普天間基地の閉鎖、『空飛ぶ棺桶』である『オスプレイ』の撤去、新基地建設の断念に追い込むしかない」と報告した。「高江ヘリパッド建設反対現地行動連絡会」は、「高江の住民はずっと野戦訓練、墜落事故、山火事、騒音の中で、不安を抱えながら暮らしてきた。昨日の事故も起こるべくして起きた。沖縄全体が高江同様の状態に置かれている。力を合わせて頑張ろう」と訴えた。集会の最後に、「県民会議」の共同代表で、「沖縄平和運動センター」議長の山城博治氏が締めの発言を行ない、「とんでもない事故が起きた。怒りの声を発信していこう。めげずに、しなやかに、したたかに闘いぬこう」と呼びかけ、「団結ガンバロー」で集会を閉じた。

10月15日 高江現地で怒りの抗議集会

 10月15日正午からは、事故現場に近い東村・高江の米海兵隊・北部訓練場「メインゲート」前において、「ヘリパッドいらない住民の会」と「ヘリパッド建設反対現地行動連絡会」の主催で、抗議集会が開かれた。この集会に約200人が結集した。

 集会に先立ち、「ヘリパッドいらない住民の会」の抗議声明が配布された。抗議声明は、「今回の墜落は、まさに起こるべくして起こった事故であり、今後もこのまま米軍が訓練を続ける限り、同じことが起こるであろうことは明確です。これは、私たちの命に関わる大問題です。国も東村も、住民の命を守るどころか犠牲にしているのです」と国や行政の姿勢を厳しく指弾した上で、「いくら原因を究明しても、再発防止を申し入れても同じことがくり返されているという現実が沖縄にはあります」、「私たちは、私たちの命を守るために、2度と同じことが起きないように、ここに米軍と国に対し抗議し、北部訓練場の全面返還を強く要望し行動していきます」と結んでいる。

 集会では、主催者あいさつとして、「ヘリパッドいらない住民の会」」が、抗議声明を踏まえて、「原因究明を求めるどころではない。米軍には出て行ってもらうしかない。追い出してしまうことが必要だ」、「沖縄からすべての基地をなくすために頑張ろう」と提起し、同じく主催者あいさつとして、「ヘリパッド建設反対現地行動連絡会」が、「事故の翌日も、米軍は、嘉手納基地所属のMC130特殊作戦機を使ったパラシュート降下訓練をうるま市でやっている。沖縄全体が高江と同じ状況下に置かれている。解決策は、一つしかない。北部訓練場も、普天間も嘉手納も新基地もなくすことだ」と述べた。

 その後、参加団体から発言を受けていく。「沖縄平和運動センター」の大城悟氏は、「もう我慢の限界を通り越している。政府は、『負担軽減』を口にするが、沖縄では年に1回、米軍機が墜ちている。北部訓練場の撤去、全基地撤去に向かって運動を進めよう」と提起し、「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」の代表は、「県民にとっての命の山、命の森、命の海を守りぬこう」と述べ、さらに東村、大宜味村、国頭村の三村の各「島ぐるみ会議」の代表などから、「やんばるは、沖縄全体の水がめ。その破壊、汚染は、三村だけの問題ではなく、県民全体の命に関わる問題だ。2度と許すわけにはいかない」との発言が続いた。

 こうした抗議の声にもかかわらず、米軍は、事故からわずか一週間後の10月18日、同型機の飛行訓練を再開した。「事故原因の究明」も「再発防止策」もあったものではない。さらに、米軍は、20日までに事故機の機体はもとより、現場の土壌まで持ち去ってしまった。ショベルカーで周辺を掘り起こし、ダンプカー5台分の土を運び出したのだ。「県」などによる汚染状況の調査を妨げるためとしか言いようがない。「戦後72年経っても、米軍のやりたい放題だ」。沖縄全域に激しい怒りが拡大している。

工事の行きづまりは必至だ 新基地建設阻止へ進撃せよ

 辺野古では、米軍ヘリ炎上事故と台風21号接近の影響で10日間以上にわたって止まっていた工事が、10月25日から再開された。以降、資機材の搬入が、これまでにも増して激しく強行されている。「K1護岸」、「N5護岸」の本格着工も間近に迫っている。10月31日には権力が、68歳の男性を「公務執行妨害」容疑で逮捕した。強制排除の際、「プラカードで警察官を殴る暴行を加え、職務を妨害した」というのである。しかし、プラカードと言ってもペラペラのプラスチック段ボールでできた超軽量のボードにすぎない。そのプラカードを掲げて抵抗する者に警官が突入してくれば、いくらでも当たりうる。そんなことまで権力は、逮捕の口実に使うのである。どんな些細なことでも「犯罪」にデッチ上げて闘いを弾圧するとともに、その実力闘争としての発展を予防的に封殺してしまおうという魂胆だ。

 こうして暴力と弾圧だけを力に、遮二無二工事を進める安倍政府―沖縄防衛局だが、しかし安倍政府にも沖縄防衛局にも、この先の展望があるわけではない。安倍政府―沖縄防衛局が今やっているのは、手がつけやすい辺野古崎南側の水深の比較的浅い地域での工事を進めることで、既成事実を積み重ね、「工事の進捗」をアピールして、沖縄労働者人民の諦めを誘おうという小細工にすぎない。

 埋め立て予定区域とその周辺海域に「活断層がある可能性」を指摘する声も、いっそう強くなっている。10月25日には、「琉球新報」が一面でこれを伝えた。2000年に当時の防衛庁(現・防衛省)が作成した「代替施設建設協議会」資料中の「海底断面図」には、埋め立て予定区域の南東の海底に、地層の「落ち込み」が記されているのだが、「琉球新報」は、これを分析した琉球大学名誉教授の加藤祐三氏(岩石学)の見解として、その「落ち込み」こそ、「新しい時期に断層が動いた可能性」を示すものであるとの見解を紹介している。併せて同氏は、「いかにしっかりした基礎工事をしても、直下で活断層が動き地盤がずれれば、上にある施設は破壊される」と、新基地建設の危険性について厳しい警告を発している。

 新基地予定地近くの陸上部には、「辺野古断層」「楚久断層」という2本の断層が存在するが、これらの断層は、大浦湾に延びて、海底で急に深くなる谷や急斜面を形成しており、さらに2本が交わる部分の先に、防衛庁が示した地層の「落ち込み」が存在する。その個所では、長島から中干瀬に至る「琉球層群」と呼ばれる地層が、高低差50メートル以上にわたって落ち込んでいるのである。「琉球層群」は、堆積によって比較的新しい時期に形成された地層であり、その「落ち込み」は、さらに新しい時期に断層が動いたことによってできたことになる。したがって「新しい時期に断層が動いたのなら、今後も動く可能性があり、海底に活断層が走っている可能性がある」というわけである。

 沖縄防衛局は、今年2月から4月にかけて、大型掘削調査船・「ポセイドン1」を使って工事海域でボーリング調査を行なったが、その調査地点の多くは、今回指摘された「辺野古断層」と「楚久断層」の延長線上の海域に集中している。ところが、未だにその結果を公表していない。そればかりか、今年10月から来年3月31日までの予定で、新たに19ヵ所のボーリング調査まで追加実施するというのである。これらの事実は、沖縄防衛局が海底地盤の状態に大きな困難と不安を抱え込んでいることを証明するものであり、しかもその困難と不安が、「活断層の可能性」と大きく関連するものであることを強く示唆するものである。

 ところが、沖縄防衛局は、マスコミの取材に対して、「文献などによると、北部で目立った活断層は確認されていない」と、今なおシラを切り続けている。前記二本の断層について、「新編 日本の活断層」(東京大学出版会)が「活断層のおそれ」を明記し、「名護・やんばるの地質」(名護市教育委員会)が「活構造」に分類するなど、「活断層の可能性」を指摘する「文献」はあまた存在するのだが、沖縄防衛局が否定の根拠とする「文献など」がどこにあるのかは、まったく不明である。これについても加藤氏は、「活断層の可能性を否定するなら、早急に調査資料を公表し、説明すべきだ」と反論している。正論である。

 資機材の搬入が再開された10月25日には、「工事用ゲート」前で座り込む労働者人民とその強制排除を狙う「県」警機動隊との間で、3回にわたって激しい攻防が展開された。海上でも、「ヘリ基地反対協」が主催して、カヌー約80艇、抗議船9隻が出て、約150人による「海上座り込み」が取り組まれ、午後1時からは、辺野古浜に250人が結集して、連帯集会がもたれた。

 政府―沖縄防衛局の攻撃に怯む者、闘いを諦める者は1人もいない。いかなる暴力も弾圧も、沖縄労働者人民の怒りと闘いを挫くことはできない。闘いはこれからだ。現地大結集と実力闘争の爆発。これこそが勝利のカギだ。天皇上陸阻止沖縄青年実行委員会は、現地集中をいっそう強化し、沖縄労働者人民の先頭でこの決戦を闘いぬく決意だ。