嘉手納基地第1ゲート前で抗議集会
9月22日、米空軍・嘉手納基地を離陸した米海兵隊のAV8ハリアー戦闘機が、墜落事故を起こした。事故機は、米ノースカロライナ州チェリーポイント海兵隊基地に籍を置き、在日米海兵隊・岩国基地(山口県)を経て、8月から嘉手納基地にとどまり、沖縄に拠点を置く「第31海兵遠征部隊」(31MEU)の指揮下に入っていた。この日、嘉手納基地を離陸後、沖縄本島・辺戸岬の東約150キロの米軍訓練水域・「ホテル・ホテル」に墜落したのである。米軍機の墜落事故は、「返還」(1972年)から44年の間に、今回の事故も含めて47件にも上る。「年に1度」以上の頻度だ。
ハリアー機は、岩国基地やその周辺ではできない対地射撃・爆撃訓練や異機種戦闘訓練を行なうために、頻繁に嘉手納基地に飛来し、久米島の鳥島射爆場などで訓練をくり返してきた。沖縄は、アジア―太平洋はもとより世界をにらむ米軍の出撃拠点にされ、したがって米軍に広大な基地と空域、水域が提供されていることから、ハリアー機に限らず、外来機が作戦のため、訓練のためと称して激しく飛来し、しかも実態としては常駐化している。嘉手納基地に所属する常駐機はF15戦闘機など約100機と言われているが、それに加えて外来機の飛来が日常化しており、離着陸する航空機の約3割は外来機とのデータもある。「嘉手納基地の自由使用が常態化し、米軍機が頭上を自由に飛び回っている。いつどこで事故が起こるか分からない」、「住宅地に落ちたら大惨事になりかねない」。墜落事故に、沖縄労働者人民の怒りは沸騰している。
この怒りのなかで、事故翌日の23日、北谷町砂辺にある嘉手納基地第1ゲート前において、第3次嘉手納爆音訴訟原告団、中部地区労、沖縄平和運動センターの3者が主催して、「ハリアー墜落抗議集会」が開かれた。天皇上陸阻止沖縄青年実行委員会(沖縄青年実)は、沖縄・首里日雇労働組合(沖日労)の労働者たちとともに、これに結集しともに闘った。
200人を超える労働者人民が結集
開始時刻の午後6時には、200人を超える労働者人民が結集し、ゲート前を埋める。参加者全体で、嘉手納基地に向かって怒りのシュプレヒコールを叩きつけて、集会が開始された。
最初は、主催団体からのあいさつだ。第3次嘉手納爆音訴訟原告団、沖縄平和運動センター、中部地区労から「政府は、事故のたびに『再発防止』『負担軽減」を口にするが、何一つ実現されていない。海兵隊の一部岩国移駐と言っても、実弾訓練ができるのは沖縄しかない以上、くり返し沖縄に飛来する。根は、基地の存在だ。基地をなくすしかない」、「飛行訓練ばかりが問題なのではない。沖縄に基地を置くことそのものを許すわけにはいかない」などの熱い発言が行なわれた。
次に、「普天間米軍基地から爆音をなくす訴訟団」、国会議員、「県」議、市町村議員、第3次嘉手納爆音訴訟原告団の北谷支部、嘉手納支部などからの発言だ。「墜落事故に、はらわたが煮えくり返っている。事故をなくすには、基地撤去しかないことをみんなで確認しよう」、「嘉手納基地を含めて、この沖縄からすべての米軍基地を撤去させるまで、心を合わせて闘おう」、「住宅街に落ちたらと思うとゾッとする。事故は、偶然ではない。沖縄に基地があるからこそ、起こるべくして起きた。普天間が世界一危険なら、嘉手納は宇宙一危険だ」、「辺野古、高江に集中して建設工事を止めよう。明日の高江の大行動に参加しよう」などの発言が続いた。最後に、全体で「団結ガンバロー」を行ない、集会を終えた。
今や、沖縄労働者人民の要求は、沖縄「県」知事・翁長が日・米両政府に求める「事故原因の究明」「究明までの飛行訓練の中止」のレベルをはるかに超えている。「名護新基地建設阻止、高江ヘリパッド建設阻止」と並んで、「嘉手納をはじめとする全基地の撤去、全軍隊の撤退」が、闘う沖縄労働者人民の共通のスローガンになっているのだ。沖縄青年実は、この怒りと闘いの先頭で、安保粉砕、基地解体、日米帝国主義軍隊解体、沖縄人民解放に向け、闘いぬいていく決意だ。
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