九州大学
4月7日、全学連九州ブロックを先頭とする解放派の部隊は、九州大学入学式会場である九大伊都キャンパス椎木講堂前に登場し、新入生に対して革命的学生運動への結集を熱烈に訴えた。以降、「全学連パンフレット」を武器に、新歓闘争を貫徹した。
また、「『障害者』解放をめざす会」は、4月13日、24日、5月14日と3回にわたり、伊都キャンパス最寄りの市民会場において、「新入生歓迎学習・討論会」を連続企画として開催した。学習・討論会では、30年以上にわたり地域で自立生活を営んできた「障害者」の会員が講師となって、「地域で生きてきたある脳性マヒ者の話」と題して、「障害者」が置かれてきた歴史的な状況や、ヘルパー派遣制度に依存せずに「地域で共に生きる」ことを追求することの意義などについて、自らの体験にもとづいて提起した。
第1回は、「施設でなく、地域で生きる」というテーマで、講師自身が施設で過ごした体験と「もう施設には入りたくない」という思い、「どう生きていくか」を思い悩んで「養護学校」も不登校となり、自宅で引きこもりを続けた思春期の苦悩、「障害を治すことがお前のためになる」、「自分が死ぬときはお前も一緒に連れて行く」と言う親との葛藤、そして17歳で「障害者」解放運動に参加し、20代で自立生活に入った経緯が語られた。
第2回は、「『障害者』として生きるということ」をテーマに学習・討論会がもたれた。バスの乗車拒否、店舗の入店拒否などの社会に蔓延する差別に対する取り組みを通じて、さらには「もう一つの闘い」としての「親との闘い」を通じて、「『障害者』差別と闘うことが、自分に与えられた使命じゃないか」、「自分たちが声を上げることによって、社会を変えていくことができるんじゃないか」と強く意識するようになったことが、講師から熱く語られた。
第3回は、「地域で生きるということの本当の意味」がテーマ。講師は、「地域で生きるというのは、今ある地域社会に加わり、ただそこで生活するということではなく、地域の人々とある時は摩擦を起こしながらも、『障害者』の存在を認めさせ、人々の差別意識を変え、今ある地域を変えていくという試み、人生をかけた挑戦」、「介護者を自力で募り、日々の介護者を必死になって確保しながら地域で生活する。その介護者と差別について、人生について語り合い、共に差別と闘う仲間、生涯にわたって付き合っていける仲間を増やしながら暮らしていく。これが私の生き方」と提起し、「こういう関係作りの対極にあるものがヘルパー派遣制度。だからこの制度を利用する気にはなれない。今の生活がどんなに苛酷であろうと、自分の生き方を変えるつもりはない」と決然と語った。
毎回、参加した新入生との間で活発な質疑応答がくり広げられた。「自立生活は大変では?」という質問には、「嫌なこと、大変なこともたくさんあったが、それ以上に、自立生活をしなければ得られないものがあった。私の財産は、介護を通じて知り合った生涯の友人たち」と講師。学習・討論会は、参加した学生たちにとって新鮮な問題提起となった。
九大では、全学教育の伊都キャンパスへの移転以降、九大当局の意向に沿った御用学生の団体による新歓行事が恒例のものとなっている。学生の自主的活動に対する大学当局による取り締まりも、厳しさを増している。しかしながら、学生の中に、こうした状況への疑問と怒りも確実に増大している。何より〈大恐慌時代〉〈戦争の時代〉の本格的な到来は、学園内にも、深刻な危機感と社会変革の機運をもたらさざるを得ない。われわれは、学生の怒りを組織し、「生き方」にまで踏み込んだ討論と組織化をやり切り、革命的学生運動の飛躍を実現していく決意だ。
沖縄大学
沖縄大学では、4月5日、入学式が行われた。それ以降、沖縄大学社会思想研究会は、学生に向けて反戦・反基地闘争への決起を呼びかけた。
われわれは、「辺野古にかけつけよう」と訴え、組織化を進めてきた。3月から4月にかけて、名護新基地建設をめぐる情勢は、大きく揺れ動いた。3月21日に、名護市・瀬嵩の浜で「県民集会」が開催され、3900人が結集した。その圧倒的な「民意」を背景に、3月23日、知事・翁長は、沖縄防衛局に「作業停止指示」をつきつけた。だが、沖縄防衛局は、これを一蹴し、工事を強行している。辺野古現地では、キャンプ・シュワブゲート前と海上での攻防が激しさを増している。海上では、海上保安庁の凄まじい暴力が仲間たちに振るわれ、海保への批判が高まっている。ゲート前では、24時間態勢の拠点である仮設テント撤去の策動が強まる中で、現地から早朝や夜間の結集が呼びかけられている。入学式当日には、官房長官・菅が緊急来沖した。知事との会談の会場である「ハバービューホテル」前での抗議集会に、われわれも結集し闘いぬいた。まさしく、安倍政府の反基地闘争への憎悪に基づいた強硬一辺倒の姿勢に、沖縄労働者人民の怒りが具体的な闘いとして大きくわき起こる中で新歓闘争が開始されたのである。
社思研は、4月14日と19日の2回にわたり市民会場で「公開学習会」を開催した。情報交換・意見交換の場として設定された「学習会」では、現地の情報をまとめた資料が配布された。辺野古現地の闘いの中で語られる「大人の責任」について討論を深め、「毎日は行けないが、ヤマトの知り合いに定期的に新聞を送って呼びかけている」といったさまざまな実践についても報告する。社思研は、辺野古現地への結集とともに、4・28「『屈辱の日』県民集会」への参加も呼びかけた。活発な意見交換が行なわれ、辺野古闘争の重要性を確認し合った。
安倍政府は、辺野古埋め立て着工について「夏ごろ」と宣言し、海上作業を強行している。5月に入り台風6号、7号の影響でボーリング調査は一時中断したが、期限である「六月末」に向けて、さらに凶暴に作業に踏み込んでくることは明らかである。われわれは、現場と大学をつなぎ、あらゆる手段を駆使して学生の中に分け入り、辺野古闘争に関心を寄せる学生を組織する。大学当局の制動をはねのけ、激闘の只中で沖縄大学を〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の拠点として打ち固める決意である。
|