2月19日午後6時30分より、田町交通会館・ホールにおいて、狭山東京実行委員会主催による「狭山事件の再審を求める東京集会」が開催された。
午後5時過ぎ、反戦・全学連の部隊は、田町交通会館入口前に登場し青ヘルメット、青ゼッケンに身を固め、横断幕を掲げ情宣を開始する。夕方の田町界隈は仕事を終えた労働者たちが行きかい、大企業の送迎バスの行き来も多い。われわれは、道行く労働者に「狭山差別裁判を糾弾しよう」「第三次再審闘争に勝利しよう」「無実の部落民=石川一雄氏と共に闘おう」と声をかけビラを手渡していく。午後6時を過ぎ、戦闘的部落大衆や闘う労働者たちが集会に続々と結集してくると、ビラまきにより力が入る。集会に参加する部落青年・大衆に「御苦労さまです」と声をかけビラを手渡すと、部落青年・大衆は次々と受け取り、会場に向かう。石川氏は、入口に到着すると、われわれのビラを受けとり、にこやかな笑顔で会場へと向かっていく。われわれは私服公安どもを寄せつけず、最後まで情宣を貫徹して集会へと合流していった。
午後6時30分、司会より集会開始が宣言される。新たに狭山東京実行委員会議長に就任した佐藤氏からの主催者あいさつがあり、続いて狭山東京実行委員会事務局次長・松島氏の基調提起がなされる。その中で、東京高検の「証拠リスト開示」の経過と、21回を数えた「三者協議」の現状が説明された。次に、中央狭山闘争本部の安田氏の「大詰めを迎える狭山第三次再審 現状と課題」と題する狭山闘争の現状についての講演が行なわれた。安田氏は、「確定判決」とされる1974年10・31寺尾反革命差別「無期懲役」判決を分析して判決の構造を改めて鮮明にし、寺尾判決を崩すための追及をやりきること、「証拠リスト開示」で終わらせることなく、東京高検の全証拠開示と東京高裁の事実調べをかちとり、再審開始をかちとるための取り組みを訴えた。
講演終了後、司会が石川一雄氏の登場を告げると、会場から大声援と拍手が沸き起こる。石川氏が壇上に起つ。石川氏は、まず「いよいよ大詰め、最終段階に来た。これまで新証拠もたくさん出されている。裁判官が最終判断する時も近いと思う」「石川一雄の無実をかちとるためには、もう待ったなしのところに来ている」とした。そして、石川氏自身、全国を精力的に駆け回り支援集会などを行なっていることを明らかにした上で、「私は、まだまだ76歳です。権力犯罪を糾弾するまで、死ぬことはない」「国家権力と対峙して、52年になります。多くの人たちが注目し、私の支援に駆けつけてくれている。恐らく、私は今が一番幸せではないかと思っている。やはり、負けないよう活動していこうと思っている」「今年中にも、最低でも事実調べが行なわれるように、皆さま方のご支援をお願いしたい」と、正念場を迎えた第三次再審の闘いに向けた決意を表明し、われわれに檄を飛ばす。石川氏の発言には再審開始に向けた並々ならぬ決意が込められている。この決意にわれわれは何としても応えていく。
その後、石川早智子氏のアピールがなされ、さらに実行委員会に結集する団体からのアピールが行なわれる。全水道東水労、狭山・人権・葛飾ネット、東京同宗連から、狭山闘争の再審開始に向けた取り組みが紹介された。「狭山事件の再審開始を求める決議」と題する集会決議案と集会スローガンが読み上げられ、それぞれ拍手で確認される。司会から集会参加者が288人であったことが報告され、最後に、狭山東京実行委員会議長・佐藤氏が閉会あいさつを簡単に述べ、「団結ガンバロー」で集会が締めくくられた。集会後、石川氏が集会参加者全員と精力的に握手をし、共に闘う決意を新たにした。
2006年5月23日に第三次再審請求がなされてから今年で10年目を迎えようとしている。まさに第三次再審闘争が正念場を迎えていることは明白だ。76歳を迎えた石川氏の不屈の闘いに応えきっていかなければならない。石川氏の無実は明らかであり、裁かれるべきは司法―国家権力なのだ。検察に対する全証拠開示と裁判所に対する事実調べを迫り、階級的共同闘争の力を背景にした実力闘争・武装闘争を叩きつけていこう。弁護団の準備する新証拠をも武器としながら、第三次再審闘争の勝利から狭山闘争の勝利へと攻め上ろう。部落解放運動の革命的飛躍・前進をかちとろう。
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