幌尻岳( ぽろしりだけ                                                [北海道]  2052m 

 

8月29日
 「残念ながら、今日のバスは出ません。」と、とよぬか山荘の管理人が宿泊者に告げた。
 「昨夜からの雨で沢が増水し、目印の岩が見えなくなった。」という連絡が幌尻山荘から入り、7時のバスはもう6時の段階で出ないことが分かっていたが、ひょっとしたら9時か12時のバスは出るかもしれないと待っていたが、やはりダメだった。幌尻岳のメインコースである額平川コースは沢歩きがあるので、沢が増水すると遡行できなくなり、とよぬか山荘前から登山口まで行くシャトルバスが運行されないのだ。登れないのでは仕方がない。今日は周辺をドライブすることにする。

  旧JR富内線の振内駅に建つ鉄道資料館を見た後、むかわ町の恐竜博物館へ向かう途中、ラジオがとんでもないニュースを告げた。幌尻岳から下山途中の8人パーティーのうちの3人が増水した沢で流され、2人が死亡、1人が意識不明の重体とのこと。無理して下った登山者がいたようだ。
 すぐに車を路肩に止め、女房に無事であることをメールする。女房からもニュース映像が添付されて返信が来た。お袋が心配しているらしい。
 夕方とよぬか山荘に戻ると、記者らしき人々が建物前に大勢たむろしていた。パーティーの人が下山してくるのと待っているようだったが、結局誰も戻って来ず、記者たちはやがていなくなった。
 夕食時に山荘の管理人から説明があり、そのパーティーが下る時、幌尻山荘の管理人は危ないようなら戻るように言ったということ、一部のメンバーはわらじで足元がしっかりしていなかったこと、ザイルを張って渡渉しようとしたが一人流され、他の二人が助けようとして溺れたこと、などが告げられた。結局重体の方も亡くなられたとのこと。残念な結果となった。

8月30日
 
翌日は陽も射し始め、3時のバスは出なかったが、7時のバスは出発できた。水は減ったようだ。一昨日から泊まっていた横浜からの夫婦連れ、焼津からの単独の男性、それに私の4人に加え、全部で15人がバスに乗り込んだ。
 

 バスは40分程未舗装の林道を走り、第2ゲートの登山口に到着。身支度をして、皆、熊よけの鈴をチリチリ鳴らしながら三々五々歩き始める。山道になるまで7.5kmほどの林道歩きがある。

 3時のバスだと日帰り登山をする人もいるので、急ぎ足になるようだが、今日は皆幌尻山荘泊まりなので、おしゃべりしながらのんびり歩いている。最初は固まって歩いていても、ペースが違うのでだんだんバラバラになってくる。
 林道の崖にはダイモンジソウやウメバチソウが一面に咲いていて、驚かされる。

第2ゲートの登山口

 

ダイモンジソウ

 

ミヤマモジズリ

 林道が付けられた谷はかなり深い。橋を二度渡り、終点近くになると木々に覆われてくる。支流の沢は滝になって本流に注いでいる。
 

切り立った崖につけられた林道

 

カツラの大木

 二時間ほどの林道歩きで取水施設に到着。ここから山道になる。先行していた人もここで休憩している。ここは虫が多く、額を刺されてしまった。林道は虫が多いと聞いていて、網付きの帽子を持ってきたのだが、これまでほとんどいなかったので油断していた。後から次第に腫れてきた。
 ここで沢装備に履き替える人もいるが、もう少し先に行く。

 

取水施設

 

 取水施設からの山道は右岸側に付いている。すぐのところに岩場の「へつり」が2か所あり、途中にも一か所へつるところがある。取水施設で一緒になってしまったので、団子になって進む。
 はじめのうちは平坦だが、岸に張り出した大木を越えるのに次第にアップダウンが多くなる。木の根道で歩きにくい。

先行者が教えてくれたヒグマの足跡 岩場のへつり

 

 取水施設から1時間ほどで渡渉開始地点に着く。ここで登山靴から沢シューズに履き替える。ネオプレーンでできたフェルト底の地下足袋のようなものだ。沢水が冷たいとネオプレーン 製のスパッツを着けた方がいいようだが、今は一番水温が高い時期なので、半ズボンに雨具の下を履いて済ませる。両手にはトレッキングポール。ポールの石突きのプロテクター は外す。

渡渉開始地点
 

 最初の渡渉は皆要領が分からないので、誰か先に行かないかと待っている。そのうちガイド+夫婦のグループが渡り始めたので、皆それに続く。
 水は澄んでいて、膝くらいまでの深さ。冷たくは感じるが冷たすぎることはない。浅いところは砂利の上を、深めのところは石の上を歩くと、膝より上までは浸からない。
 最初の渡渉の先の左岸に深みがあり、濡れるのが嫌だとへつることになるが、ここが少し厄介でトレッキングポールが邪魔になる。
 その先にパイプの橋があり、右岸から四の沢が滝になって流れ込んでくる。

最初の渡渉
 

唯一の橋

 

四ノ沢の滝

最初は渡渉が続く

 

河原歩きもある

 幌尻岳の額平川ルートはこの渡渉が最大のポイントでネックであるのだが、今日は天気も良く水位も低いのでちょっとした探検気分で面白い。一人ではどこを渡ろうか迷うところもあるが、同行者がいるので心強い。むしろ渡渉箇所よりも岸の大岩を高巻くようなところの方が厄介だ。
 渡渉箇所は最初に集中していて、途中からは河原歩きが多くなる。終盤になって、右岸から左岸へ渡るか右岸の岩壁をへつるか迷うところがあるが、先行者に続いてへつりの方を選んだ。無理に岩に取り付かず水際を濡れながら行くのが正解のようだった。
 小屋が見えてからもう一度渡渉をして、小屋の前に出た。

本流の小滝

 

 小屋前には大きなブルーシートが敷かれ、これから下山する人々が支度をしている。ツアー登山らしい。12時半だがこれから下って5時のバスに間に合うらしい。
 こちらもブルーシートの上で荷物の仕分けをし、コンロを出してコーヒー飲む。夕方まで手持ち無沙汰で、一緒に登って来た焼津の男性や横浜の夫婦連れなどと話をし、ウィスキーをちびちび飲みながら時間を潰す。
 幌尻岳に登るような人は少なからず百名山を意識している人で、いくつ登ったとかあそこはきつかったという話に花が咲く。横浜の夫婦は昨年も来たのだが台風で登れなかったとのことで、焼津の男性もその頃に道東の三山を予定していたが断念したらしい。昨年の北海道は台風の被害が凄く、農地が冠水してジャガイモ不足になったことが記憶に新しい。山も天気が良くなかったようだ。
 小屋は電話やネットはもちろんラジオも入らないので明日の天気が分からない。入山前の予報では曇りだったが、果たしてどうなるか。7時半消灯だが 何もやることがなく、6時過ぎにはシュラフに潜り込むが、虫に刺された額がピリピリして気になる。

8月31日
 焼津の男性を始め何組かが今日中に登頂し、下山するために4時過ぎに小屋を出発して行った。自分も随分迷ったが、今回は遭難事故があった直後で、何か起こすと今後山に行かせてもらえなくなりそうなので、安全第一にもう一泊するつもりで、遅出にした。ただ、天気が良ければ幌尻ピストンではなく、戸蔦別岳へ周回しようと思っていた。
 しかし、朝食を食べ終わった頃に何と雨が降って来た。細かい雨で本降りではないが、夜が明けて明るくなっても空はどんより曇っている。こりゃ周回はないな、と思いながら5時25分に出発。ちょうど夫婦連れ2組、ガイド+男性2人と一緒の出発になり、8人の団体で出発。小屋裏の斜面に取り付く。

エゾヒョウタンボクの実
 
命の水付近のダケカンバ林

 所々木の根元をよじ登るようなところもあるが、斜面の傾斜ほど道の傾斜はきつくない。つづらに折れながら、エゾマツなどの針葉樹の森を高度を上げていく。雨具を脱ぐために立ち止まる人もいるので、いつの間にかグループを引き離して先頭を歩くことになっていた。雨は止んだが、斜面の上の方はガスがかかったままだ。
 針葉樹が次第にダケカンバに変わり、尾根状の地形になった頃に命の水に到着。水場は離れているので、寄るつもりはない。
 ここでまだ7時。予定よりもかなり早く着いた。あと2時間あれば山頂まで行けるかもしれない。9時に山頂ならば、12時までに幌尻山荘まで下りられる。昨日のツアーの人は12時半に山荘から下り始めて5時のバスに乗ったのだから、ひょっとしたら今日中に下山できるかもしれない。そんなことが頭をよぎるが、まだ先は長く、どうなるか分からない。

 尾根はだんだん細く、稜線がはっきりしてきて、森林限界を抜けハイマツを分けるようになってきた。左手はもう北カールのはずだが、ガスに埋もれている。
 と思っていたら、西からの風に乗って見る見るガスの底が上がって来た。あれよあれよという間にカールの底が見え、カールの縁が見え、その先の幌尻岳の山頂がガスの切れ間に見えるようになった。おお、これが日高の盟主か。やっとお目にかかれた。

ナナカマド
 

ガスの向うに幌尻岳の山頂が見えた

 

チシマヒョウタンボクの実

 

  この辺りからカールの縁をいく道はお花畑の中を通っていく。草原は秋色に変わり始めていて、咲いている花は多くはないが、それでもまだ名残りが見られる。チングルマの実が一面に覆っている斜面に、ウメバチソウ、コガネギク 、ウサギギク、タカネトウウチソウなどが咲き、嬉しいことにエゾツツジが数輪咲き残っていた。学生時代に大雪十勝を縦走した時以来の再会だ。
 ここは7月頃の花の盛りは、さぞかし見ごたえがあるお花畑だと思われる。

お花畑の稜線

 

ナガバキタアザミ
 
エゾツツジ

ムカゴトラノオ
 
コガネギク(ミヤマアキノキリンソウ)

 お花畑を過ぎるとハイマツと岩の稜線になる。風が強く寒いくらいだ。再び雨具を羽織る。時々ガスが切れ西の方が見渡せるが海までは見えない。右手の遥か下に新冠ダムの幌尻湖が見える。
 新冠コースが右から合流すると、わずかな登りで山頂だ。ふと前を見ると焼津の男性が歩いている。追いついてしまったのだ。ということは、一緒に下れば今日中に下山できるぞ。見込みが確信になる。

ウラシマツツジの紅葉
 
山頂が近づく

 山頂は凄い風。立っていると吹き飛ばされそう。ケルンの陰に身を寄せ、行動食 のパンをかじる。戸蔦別岳はガスで見えないが、出発時から周回コースは諦めているので未練はない。まあ、無事に山頂に立てただけで満足だ。
 結局、4時間10分のコースタイムを3時間25分で登って来た。下山開始は9時。順調に下れればバスに間に合いそう。

幌尻岳山頂にて
 

 下り始めると、下から次々に登山者が登ってくる。横浜のご夫婦はまだ元気そうで戸蔦別岳の周回ができそうだ。もう一組のご夫婦は少しお疲れ気味。周回を目指していたガイド+男性2人は1人が遅れ気味でどうだろうか。他にも見知らぬ人が歩いているが、後から聞くと日帰り登山の人だった。
 下りは順調で命の水のところで、焼津の男性と早朝に出発したガイド+ご夫婦のグループに追いつく。ここから小屋まで1時間とのこと。

カールの縁の稜線

 

 12時前に小屋に着いたので、余裕を持ってパッキングをし直し、行動食のオールレーズンを食べ、沢装備で出発。焼津の男性よりも一足早く出発したので、帰りは自分で渡渉ルートを判断することになったが、登りの記憶がある程度残っている。冷静に歩くと渡渉箇所は登りの最初の方に固まっていることが分かる。あまり迷うことなく下ってきたが、岸辺の巻き道で大岩の上で滑って尻もちをつき、したたかお尻を打ってしまった。 フェルト底を過信してしまっていた。尾てい骨を打たなかったのが幸いで、打撲だけで済んでよかった。

こんなところにカライトソウ

 

渡渉地点の目印の赤テープ

 

 沢下りが終わり、取水施設からは再び林道歩き。途中からガイド+東京のご夫婦と焼津の男性と一緒になり、話ながら歩く。
 ガイドさんの話によれば、ヒグマに襲われた登山者はここ40年程はいないとのこと。ヒグマの気配を感じたら声を出してこちらの存在を知らせる事、ばったり出会ってしまったら逃げない事、を守ればさほど恐れることはないと言う。熊よけのスプレーは持ってい入るが、熊を興奮させてしまいむしろ危ないのではないか、との意見だった。目撃情報はたくさんあるが、確かに登山者が襲われたという話はあまり聞かない。
 失礼ながらガイド料を訪ねると1日4万円とのこと。山のレベルにもよるが幌尻岳くらいだとガイド一人で4人ぐらいは案内できるそうなので、考えようによってはお値打ちなのかもしれない。 ガイドさんは20sを超える荷物を背負っていて、それだけで大変なのに、食事もつくっていただけるとのこと。4万円では安い気もする。
 ただ、自分では今のところお願いするような気分にはなれない。やはり自分で計画し、自分で判断し 、リスクも自分で背負うのも含めて、すべてが登山なのだと思っている。

サラシナショウマ

 

ハンゴンソウ

 

クロイチゴ

 

エゾノホソバトリカブト

 

 林道歩きもまもなく終了という頃に、後ろから小屋の管理人が運転する軽トラがやってきて、荷物を荷台に乗せて運んでもらった。ザックが無くなると体が浮くようで、しばらくはバランスが取れず歩きにくい。それでも身軽になって、気分も軽くバス停まで歩けた。

 これで百名山踏破の最大の関門である幌尻岳が終わった。うまくいけば、今回羊蹄山も登り、一度で北海道をクリアすることが出来るかと思ったが、さすがにそれは虫が良すぎた。まあ、今回は遭難事故もあったことだし安全第一。羊蹄山は次回ということにしよう。北海道にはまだ暑寒別岳もあるし、大雪山にももう一度登りたいし ・・・。
 さて、一日余裕ができたので明日は樽前山に登ろう。腹も減ったが、まずは温泉、温泉。

 樽前山へ

幌尻岳ルートマップ


[山行日] 2017/8/30(水)〜31日(木)
[天気] 8/30 晴れ時々曇り        2017年8月の天気図(気象庁)
8/31 雨のちガス、のち晴れ
[アプローチ] 8/28 自宅 6:50 →(自家用車)→ 8:00 空港ジャンボ駐車場 8:15 →(送迎バス)→  8:30 中部国際空港 9:30 →(JAL)→ 11:15 新千歳空港 11:55 →(レンタカーで観光)→  16:30 とよぬか山荘

8/30  とよぬか山荘 7:00  →(シャトルバス)7:40 第2ゲート

・トイレ、水場、プレハブの休憩所(非常時には宿泊可)あり。

[コースタイム]
8/30          
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
2:00 7:55 第2ゲート出発 (530m)    
9:55 取水施設 (740m) 0:15  
1:00 10:10  
11:10 渡渉開始地点 0:10  
1:10 11:20  
12:30 幌尻山荘 (960m)   全行動時間 
4:10     0:25 4:35
     <コースタイム4:40>
 
8/31          
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間 3:50起床
3:25 5:25 幌尻山荘出発  
6:50 1500m地点通過   ガス
8:50 幌尻岳山頂 (2052.4m) 0:10  
1:20 9:00  
10:20 命の水 (1550m) 0:10  
1:00 10:30  
11:30 幌尻山荘 0:45  
1:10 12:15 晴れ
13:25 渡渉開始地点 0:15  
0:40 13:40  
14:20 取水施設 0:05  
2:05 14:25  
16:30 第2ゲート   全行動時間
9:40     1:25 11:05

     <コースタイム11:30>

[ガイドブック] 平取町HP 観光スポットに幌尻岳のページあり。

 

[宿]

とよぬか山荘
・旧豊糠小中学校の建物を利用した平取町営の宿泊施設。1泊2食付き5,000円。
・寝室は2段ベットで1部屋16人。2部屋あるので定員32人。
・風呂、洗濯機、シャワートイレ完備で快適。
・夕食は基本的にフライパンのジンギスカン。希望すれば、野菜炒めかカレーに変更できる。
・朝食は昼食も込みで、おにぎり2個+漬物が2パック用意される。
・ビール、ガスカートリッジ、カップ麺、登山バッジなど販売している。
・建物前から第2ゲートの登山口へのシャトルバスが出る。

幌尻山荘
・事前予約が必要で完全予約制。定員50名。素泊まり1,500円。詳しくは平取町のHP参照。
・水場は外に引いてある。
・トイレは屋外。日中は虫が多い。バイオトイレ建設中で使えず。夜間のみ小屋内のトイレが使える。
・日中は小屋内に入ることが出来ず、外で炊事、食事を行う。ベンチや炊事台がある。小屋にサンダルがたくさん用意してあるのでそれを使う。
・一人当たり、毛布を縦に二つ折りにしたスペースが与えられる。1階、2階があるが、2階の隅が落ち着く。
・涼しくて飲む気になれなかったが、ビールを700円で売っているらしい。
・7時半消灯。

[温泉]

びらとり温泉ゆから
・平取町二風谷にある宿泊施設の温泉で日帰り入浴できる。
・入浴料420円。無休、10:00〜22:00。
・ボディソープ、シャンプー、ドライヤー完備。
・露天風呂あり。
・レストランで食事もできる。

[風景印] 貫気別(ぬきべつ)局
( 沙流郡平取町貫気別125-1)

・図案
 幌尻岳、額平川上流、町花スズラン

振内(ふれない)局
 (沙流郡平取町振内町20-2)

・図案
 幌尻岳、外形はトマト