三ツ瀬明神山( みつせみょうじんやま)                   [奥三河]   1016m

 

 明神山へ登るのは2回目。前回登ったのは1985年なので、25年も前になる。当時はガイドブックがなく、 2万5千分の1地形図の破線のみを頼りに、鳳来町(現在は新城市)の乳岩峡から登った。 ルートは今のガイドブックに記載されているのと同じところを通っているが、当時の地形図の破線はずいぶん違うところに引かれていて、六合目のピークに着くまではどこを歩いているのかよくわからず、非常に不安だった。今回は Tu さんを誘い、東栄町側の三ツ瀬から登る。
 最近では岩古谷山近くの明神山も知られてきて、そちらを平山明神山、こちらを三ツ瀬明神山と区別して表すようになったが、当時は、奥三河の明神山としてはこの山しか知らなかった。

 ガイドブックには登山口に駐車場とトイレがあると書いてあったが、登山口の大きな看板のある場所には駐車スペースはなく、その先の林道の終点に車を止める。登山口の数百メートルほど手前の林道脇に駐車場とトイレがあったが、ガイドブックに書いてあるのはそ このことらしい。

 登山口の横に沢があり、まずそこを渡る。昨日の雨で増水していて、少し上流の飛び石を伝って渡る。

登山口
 

 登山道はスギの植林の中を登っていく。沢沿いの道だが、なかなか傾斜はきつい。路面はごつごつした岩が敷き詰められたような感じで、歩きづらい。周りの植林地は刈り捨てにはなっているが、間伐がされていて、林床は明るい。

 苔むした岩の間を沢水が流れ落ちていて、そばに銀明水の標識がある。「濫觴の水」とも書いてあって、ここが天竜川の源流の一つであることを示している。「濫觴 (らんしょう)」とは「ものごとの始まり」という意味らしい。銀明水と名付けられたのは金明水ほどうまくない、ということかと思ってしまうが、近くに金明水という場所はない。

 なおも植林地を登ると稜線に出る。ここが二合目の三ツ瀬峠のようだ。

銀明水
 

 

 二合目からは稜線歩きで、急に登山道が険しくなる。樹林の中ながら岩場が続き、鎖場が連続する。鉄ばしごが架かっているところも多い。

 明神山はその険しさから修験道の霊場や信仰登山の対象になっていたようで、古くから登山道はあったようようだが、平成6年の愛知国体の際に登山競技の会場にな ったので、そのときに鎖場などが整備がされたのだろうか。

 稜線の傾斜が緩くなってくると、右手の木の枝越しに明神の山頂が見えてくる。

二合目先の岩壁
 
鉄ばしご(これは下りの写真)

 六合目のピークは樹林の中で展望は利かない。ここは乳岩峡からのコースの合流点になる。
 比較的新しい木製の標識に「明神山山頂1時間」とあり、その下に「奥三河名山八選」と書いてある。Tuさんの説明によれば、2005年の愛知万博の時に、 奥三河の自治体がから8つの名山を選んだそうで、明神山もそのひとつとのこと。そう言われれば聞いたことがあるような気もする。

稜線の大岩(左から鎖を使って登る) その後の長い鎖場
 

 ここから山頂までの稜線も岩場が続く。いくつかの鎖場を越えた後、鉄ばしごをよじ登ると、明神登山のハイライト、馬の背岩だ。 頂部の幅が50cmほどの岩稜が20mくらい続いている。岩の根元まで木々が迫っていて、そんなに高度感はないが、それでもすたすたと歩けるほどの安心感はない。いままでずっと樹林の中を歩いてきたので、一気に展望が 開けて爽快だ。
 左手の鳳来町側は眼下に宇連ダムの鳳来湖が見下ろせ、その向こうに宇連山が900mそこそことは思えないほど立派な山容を見せている。右手は波が打ち寄せるように山々が連なり、その波間に東栄町の町並みが浮かんでいる。 南を振り返れば遠く水面が光っているが、三河湾だろうか。

馬の背岩の上、背後は明神山頂 鳳来湖を見下ろす、背後は鳳来寺山(左奥)と宇連山(右)
 

 馬の背岩を過ぎると目の前は明神の山頂で、右側は切り立った岩壁になっている。左から巻くように登ると山頂に到着。山頂には鉄製の立派な展望台があって、下に一人、上に一人、先行者がいた。
 奥三河の静かな山頂には似合わない無粋な展望台だが、上がってみれば眺めはいい。馬の背岩からは見えなかった、北側の展望も開けている。特に北西の方角には宇連山から鞍掛山、岩古谷山と続き、東海自然歩道にもなっている長い稜線が延びていて、その先を大鈴山が締めている。北方の山並みの先には愛知の最高峰、茶臼山も乗っかっている。

山頂の展望台
 

 手すりに付いている展望図には富士山や南アルプスも描かれているが、今日は季節風がつくる灰色の雲が、山並みの先を隠している。

 自分では全く覚えがないのだが、家に帰った後、25年前の山行記を引っ張り出して見たら、そのときには富士山や南アの塩見岳まで見えたらしい。実は前回登った時はカメラを忘れてしまって一枚も写真が残ってなくて、視覚的な記憶がほとんど残っていないのだ。 
 この展望台も前回登った時はまだなくて、国体の時に出来たのだと思い込んでいたのだが、山行記にはちゃんと書いてあった。東栄町が昭和59年9月に建設したとも書いてあり、改めて自分の記憶のあいまいさに驚いた。

岩古谷山、平山明神山方面
 

 展望台の横に明神と彫られた石碑があり、台座に昭和50年に東栄町発足20周年を記念して建立したと書いてある。石碑自体はもっと古そうに見えるのだが、台座を造ったのが昭和50年なんだろうか。

 Tu さんが、「普通は何とか明神と名前が付くけど、ただ明神だけというのは変だね。」という。
 そのときは特に変とも思わなかったが、家に帰って先の「奥三河名山八選」を調べていたら、そのパンフレットに「鎌倉時代の護良親王は別名「明神」とも呼ばれ、人々から尊ばれており、その人の生まれ変わりの鷹が初めて羽を休めたのがこの山で、それにあやかり明神山とした。」と書いてあった。 「明神」は人の呼び名だったのだ。
 護良(もりよし)親王は後醍醐天皇の皇子であり、建武の新政の頃の征夷大将軍であるが、この地との関係はよくわからない。平山明神岳とも関係があるのだろうか?

山頂の石碑
 

 カップヌードルを食べ、下山にかかる。同じ道を戻ることになるが、鎖のかかる岩場は下りも時間がかかる。それに山道に落ち葉が積もっていて滑りやすく、スピードは出せない。

 山頂や途中の山道で何組かの登山者とすれ違ったが、下山後の車の様子などをみると、三ツ瀬よりも乳岩峡から登ってくる人の方が多そうだ。道が険しいということもあるが、名古屋方面からだと、乳岩峡の登山口の方がアプローチしやすい からかもしれない。

シデの紅葉
 

 25年ぶりの明神山。昔を思い出そうとしても、ほとんど思い出せなかった山行だった。


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[山行日] 2010/11/23(火・祝) 
[天気] 晴れ時々曇り
[アプローチ] 岡崎 →(R1)→ 豊川市御油 →(県道21号)→ 新城 →(R151)→ 東栄町新本郷トンネル手前 →(林道)→  登山口  [約80km]

・登山口の数100m手前に5〜6台の駐車スペースあり、簡易トイレもある。
[コースタイム] 9:55 登山口 (0:40) 稜線・二合目 (0:45) 乳岩峡分岐・六合目 (0:45)  12:15 明神山山頂12:50 (0:40) 六合目 (0:35) 二合目 (0:30) 登山口 14:40     (計3:55)
[地図] 三河本郷(1/25000)
[ガイドブック] 新・分県登山ガイド22「愛知県の山」 (山と渓谷社)

 

奥三河名山八選(okumikawa 8peaks)

・奥三河の自治体でつくる「奥三河開発協議会(現在は奥三河観光協議会に名称変更)」が愛知万博地域連携プロジェクト「穂の国森林祭2005」の主催事業として企画、選定したもの。
・当時の奥三河の8市町村から1山ずつ、おらが自慢の山を選定。
 新城市  風切山       356.4m                  富山村  八嶽山   1140.1m
 設楽町  碁盤石山  1189.4m                 津具村  天狗棚   1240    m
 東栄町  明神山    1016    m                  鳳来町  宇連山     929.4m
  豊根村  茶臼山   1415.2m                 作手村  竜頭山     752.3m