櫛形山(くしがたやま)                                  [南アルプス] 2052m

  

 櫛形山に登るのは二回目。前回登ったのは1993年の12月だったので、もう27年も前になる。櫛形山東麓の県民の森から中尾根を登ったのだが、その時は思いのほか雪が深く、バラボタン平附近でギブアップしてしまったので、山頂は踏んでない。
 櫛形山はアヤメの群落で有名なので、その季節にもう一度登りたいと思っていたのだが、鹿の食害によりほとんど全滅したと聞き、気力が無くなってしまった。ところが最近、鹿除け柵を設置するなどの地道な保護活動が成果を上げて、 アヤメが復活しつつあると言われるようになってきた。ネットで調べてみてもそこそこ咲いているようだ。
 今年の梅雨は雨の日が多く、少し時期が遅くなってしまったが、コロナウイルスの影響でいつもの山小屋利用の夏山山行は難しいので、日帰り山行ならばと思い切って出かけることにした。

 暗い時間帯に狭い林道を走るのは怖いので、中部横断道の増穂IC近くの道の駅「富士川」で車中泊する予定だった。しかし、予想外に賑やかで落ち着かないので、山麓に向かって車を走らせ、林道入口近くの「みさき耕舎」という地場レストラン横の駐車場で泊まることにした。公衆トイレや常夜灯があり、静かで快適だった。

 

 翌朝、雨の音で目が覚めたが、上に行けば雲の上に出るかもしれないと、林道をたどって池の茶屋登山口の駐車場まで上がった。アヤメのシーズンには満車になるという駐車所は意外にも空っぽだった。

 のんびり食事をし、身支度を整えて出発する頃には雨も上がり、青空も見えてきた。予想よりも天気は良いようだ。
 登山口の入口には早速鹿除け柵のゲートがある。

登山口の鹿除け柵ゲート

 

 柵に入ってすぐにバイケイソウの群落があるが、咲いているのは一株だけ。バイケイソウは鹿が食べないのか、柵の外でもあちこち見かけたが、まだ時期が早いらしく、咲いているのはここだけだった。柵は何か所も設置されているようで、何度もゲートを出入りする。

 登山道はカラマツの植林地をトラバースしながら登っていく。雨は止んでいるが枝から滴が絶え間なく落ちてきて、雨の中を歩いているようだ。林床にはシダが生い茂っている。

 しばらく上ると尾根に出る。尾根の上は防火帯のように切り開かれた草地になっていて、そこをジグザグに登っていく。また柵があり、その中にはヤマオダマキ、ホタルブクロ、チダケサシなどが咲いている。確かに柵の効果はあるようだ。

バイケイソウ

 

尾根の上のバイケイソウ群落 ヤマオダマキ(キバナノヤマオダマキ)

 

チダケサシ ホタルブクロ

 

 ふと後ろを振り返ると、木立の間に三角形の立派な山が見える。
「何だろうなあ、天子山塊の毛無山かなあ。」普段なら帰ってからカシミールの展望図で確かめるのだが、気になってスマホの展望アプリ「PeakFinder」をかざしてみたら南アルプスの荒川三山の東岳(悪沢岳)だった。全く想像していない結果で驚いた。こんな方向から東岳を見たことがなかったので、ちょっと感激。カッコいいねえ。 俄然テンションが上がる。
 雲に隠れた左側の山は赤石岳らしい。

南ア、東岳(悪沢岳)

 

 東岳が見えるのならば、木立に邪魔されているもう少し右側が開ければ塩見岳が見えるんじゃないか。と思っていたら、切り開きがあって、南アルプスの展望が開けた。
 お〜、白根三山じゃやないか。全く期待していなかった青空と、その下にずらりと並ぶ南アルプスの峰々を目の前にして思わず感嘆の声がもれる。これだけでも登って来た甲斐があると言ってもいい。
 塩見岳は農鳥から南に続く稜線に遮られて見えないが、北の方は北岳の右手にアサヨ岳が見えている。

白根三山

 

 防火帯の急登が終わり、緩やかな稜線を進むと今度は右側に富士山が見えた。あたりは一面の雲海。雲の下は雨かもしれないが、山上は陽射しが輝き、気持ちがいい。天子山塊が富士山の手前にうずくまっているが、大菩薩の方は雲で見えない。
 先ほどの南アルプスが大きく見えたので、富士山がやけに遠くに見える。櫛形山は富士山のそば、というイメージがあるが、やはり南アルプスの一員と言うべきで、北岳との距離を比べれば、富士山の方が3倍くらい遠い。

 

光の尾根

雲海の富士

 

 ダケカンバなどの落葉樹に囲まれた気持ちのいい稜線を進むと櫛形山山頂。ここに三角点がある。通称、奥仙重と言われ、それを記した標識も掛かっているが展望はない。

 山頂を過ぎると周りは急に暗いコメツガの森に変わる。三角点から裸山にかけての広い山頂一帯は針葉樹林、カラマツ林、落葉樹林と変化に富んでいる。また、霧が多いのか苔が目立つ。

櫛形山三角点のあるピーク(奥仙重)

 

コメツガ林

 

櫛形山山頂標識のあるピーク

 

 山頂標識のあるピークを過ぎ、さらに稜線を進むとバラボタン平の分岐。この山は標識はしっかりしている。
 中尾根からの登山道が合流するところで、前回はこの辺りまで登って来たと思うのだが、全く記憶がなく、何とも言えない。

 バラボタン平は開けた草地になっていて、昔はお花畑があったようだが、今はそんな感じはしない。
 周りのカラマツにはサルオガセが目立つが、普通はシラビソなどの針葉樹に着くイメージがあるので、明るい場所を好むカラマツの枝から下がっているのは違和感がある。

根っこに苔

 

バラボタン平

 

サルオガセ

 バラボタン平から裸山へ道は稜線の少し西側に付いている。稜線にはもう一本東側に道があり、帰りはそちらを戻ることにする。
 先ほどまでは青空が広がっていたが、時々ガスに覆われるようになってきた。梅雨の天気は変わりやすいが、霧の包まれた森の風情もいい。

 樹林が切れると突然ネット柵が現れた。アヤメ平以外にも裸山にアヤメの群落があると聞いていたが、ここがそうらしい。裸山の南斜面にあたる。
 かつてのアヤメの状況も、一年の中での最盛期の状況も知らないので、この状態が多いのか少ないのかは分からないが、一面アヤメの花という感じではない。萎れかけの花も多いので最盛期は過ぎていると思われる。でもまあ、これだけアヤメが咲いているところは見たことがないので、納得はする。
 柵の中にはアヤメの他にクガイソウ、グンナイフウロ、テガタチドリなどが咲いている。

鹿除け柵の中のアヤメ群落(裸山南面)

 

アヤメ

 

アヤメ

 ネット柵に沿って歩いていたら次第に展望が開け、保護地全体が見渡せるようになった。ネットの区画が幾つか分かれているのは次第に柵を拡張していったのだろう。労力と熱意に頭が下がる。


 そのまま登ると裸山の山頂で、櫛形山山頂一帯が見渡せる。保護区の先の森の上に富士山が頭をのぞかせている。振り返るとずいぶん雲が湧いてきたが何とか頂上が見える北岳。標高の1位、2位が両方見られる。
 ベンチもあるので、一休み。ここまで一人も他のハイカーに合わないのは、やはりもうアヤメの最盛期は過ぎているということだろうか。アヤメには遅く、クガイソウにはまだ早いといったところか。

 山頂からは南斜面を避けるように別の道を下ると、始めのアヤメの群生地に戻る。ここからアヤメ平に下る。

テガタチドリ

 

アヤメの保護区

 

裸山山頂

 

 アヤメ平へは少し下る。カラマツの植林地のようだが、何本か天然木と思われる巨木が混じっている。根元から幹が分かれて、のたうつように伸びる様子は、ちょっとカラマツには見えない。

カラマツ林、林床はシダ

 

カラマツの巨木

 

 アヤメ平は森の中に開けた草地で、裸山の保護区よりも樹々に囲まれている分、落ち着いた気持ちのいい空間になっている。ここの方がアヤメが似合いそうだ。
 しかし、こちらは完全にアヤメの時期は過ぎているようで、主役はクガイソウに移っている。標高が低いので季節の移りも少し早いようだ。
 クガイソウの周りを橙色の蝶がたくさん飛んでいる。ヒョウモンチョウもいるが、保護看板が立っていたコヒョウモンモドキもたくさん飛んでいる。珍しい蝶なんだろうか。

 

チダケサシが咲く北尾根へ下る道

 

木道もある

 

クガイソウ

 

コヒョウモンモドキ

 

グンナイフウロ

 

咲き残りのアヤメ

 

マルバダケブキ

 

 ふと見ると侵入防止のロープにサルオガセが着いている。カラマツに着いていて驚いている場合ではない。こいつらは生きている植物でなくてもいいのだ。
 ん。ということは植物に寄生している訳ではなく、単に足場として利用しているだけ なのか。サルオガセが着くと植物は枯れると思っていたが、それは養分を吸い取られる訳ではなく、光合成がしにくくなる、とか物理的に生育の邪魔になるという理由ということだろうか。ちょっと誤解していた。

ロープにサルオガセ

 

センジュガンピ

 

コバノイチヤクソウ

 

 アヤメ平からバラボタン平までは稜線の東側の別の道を戻る。こちらの方が針葉樹が多く暗い感じがし、倒木にはびっしり苔が付いている。地面一面苔に覆われているところもあり、北八ツのような感じがする。ただ、北八ツは溶岩の上に森が出来ているので地面は凸凹だが、こちらの苔の森の地面はなだらかでより優しい感じがする。
 途中、山頂標識のピークに女性ばかり6人のグループが休んでいたが、これが今日出会った登山者の全てだった。

苔に覆われた倒木

 

キクラゲ?

 

 下山後、一泊の恩義があるので、車中泊させてもらった「みさき耕舎」で蕎麦を食べる。いかにも手打ちという感じで旨かった。窓から吹き込む風が気持ち良かった。

櫛形山ルートマップ


[山行日] 2020/7/22(水)
[天気] 晴れたりガスったり     2020年7月の天気図(気象庁)
[アプローチ]

21日 中部横断自動車道増穂IC (県道413号)→  平林集落「みさき耕舎」 (丸山林道、丸山支線、池の茶屋林道)→  池の茶屋登山口駐車場     [約21km] 
   
・林道は全線舗装。基本一車線だが、すれ違いができる場所は多い。
・池の茶屋登山口駐車場は20台くらい駐車可能。
・駐車場横に避難小屋兼休憩所あり。
・休憩所にはトイレが併設されていて、トイレットペーパーも完備されているが、やや臭い。


池の茶屋登山口駐車場
[コースタイム]  
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
0:45 6:10 池の茶屋登山口 発    
6:40 白根三山ビューポイントベンチ    
6:55 櫛形山(奥仙重)山頂 (2052.2m) 0:05  
0:15 7:00  
7:15 山頂標識ピーク 0:05  
0:50 7:20  
7:30 バラボタン平分岐    
8:10 裸山 (2003.0m) 0:20 20℃
0:20 8:30  
8:50 アヤメ平(約1900m) 0:20  
1:10 9:10  
9:55 バラボタン平分岐    
10:20 櫛形山山頂(奥仙重) 0:05  
0:30 10:25  
10:55 池の茶屋登山口 着   全行動時間
3:50     0:55 4:45
往き 2:10        
帰り 1:40        

 

[地図] 小笠原、夜叉神峠、鰍沢、奈良田(1/25000)

 

[食事]

みさき耕舎  <山梨県南巨摩郡富士川町平林2335-1>
・地場産の食材を使ったレストラン。
・天気が良ければ、蕎麦を食べながら富士山が眺められる。
・ほうとうもメニューにあるが、要予約らしい。