稲荷山( いなりやま)233m                                         [京都]

神と仏の山 No.7

 稲荷山は京都東山連山の南の端で、伏見稲荷大社の背後に鎮まる山。
 伝承では、古代豪族の秦氏の族長「秦伊呂具(はたのいろぐ)」が餅を的にして矢を射たところ、餅が白い鳥となって飛び去り、その鳥が舞い降りた山の峰に稲が実ったので、これを奇瑞として、ここに社を建てたのが伏見稲荷のはじまり、と言われている。 つまり、白い鳥が降りたのが稲荷山。お稲荷さんはもともとは文字通り稲の神様(農業神)で、それが次第に漁業や商工業など殖産興業の神様になり、今では商売繁盛の神様として崇敬を集めている。

 稲荷山は古くから三ヶ峰と呼ばれ、三つの頂が並んでいて、最高峰から一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰と続いている。稲荷社の創建当初は伝承どおり山の峰 や山中にお社があり、清少納言も山に登って「稲荷詣で」をしたことが枕草子に書かれている。しかし、それらの社は応仁の乱の戦火に焼かれてしまい、1499年に山の麓の現在の地に再建された。

 その後、かつてのお社の後などが「神蹟(しんせき)」とされ、そこに稲荷大神(いなりのおおかみ)をいろいろな名前を付けて祀る神社が建てられるようになり、それらを巡ってお参りすることを「お山する」と言う。
 鎮座起源の奇瑞が起きたのが奈良時代の和銅4年(711年)2月最初の午の日であったことから、新暦2月の最初の午の日に「初午祭」が行われるが(本来は旧暦2月の最初の午の日) 、 この日に「お山する」ことを特に「福まいり」と言い、大変賑わうらしい。

 伏見稲荷大社はお稲荷さんの総本宮なのだが、12月に行った秋葉さんと同じく参拝したことがなかったので、初午に近いこの時期にお参りをし、稲荷山にも登ってみることにした。

 JR稲荷駅に着くと、駅のすぐ前に大きな朱の鳥居が立っている。鳥居から石畳の広い表参道が楼門に続いていて、その背後に稲荷山が望まれる。
 まずは伏見稲荷大社にお参り。楼門も拝殿も本殿も鮮やかな朱色で目映いばかり。塗り直してまだ間がない感じだ。
 朱色は魔を防ぐ色と言われているそうだが、生命力を表す色でもあり、そこから神様の力を示す色とされてきたのではないかと思われる。

 

楼門の後ろが稲荷山
 

楼門。狛犬の代わりにお狐様。
 
楼門越しに表参道を振り返る
 

内拝殿
 
拝殿の長い紙垂
 


  周りを見ると何となく外国人が多い。西洋系だけでなく、中国人らしき団体さんも賑やかに歩いている。京都だから当たり前かと思ったが、どうやら入場料の要らない神社は外国人に人気らしい。

 拝殿でお参りした後、お札や「しるしの杉」を買い、御幸道を少し戻って名物のウズラの焼き鳥を食べ、ようよう「お山する」ことに。

  本殿の左手奥に朱の鳥居があり、ここがお山の入口。玉山稲荷社、神主さんの祖先を祀る荷田社、神馬舎など小さな社や建物が立ち並び、その前をたくさんの参拝者が登っていく。稲荷大神のお使いである狐を祀った白狐社もあり、その先から観光ポスターなどで有名な千本鳥居が始まる。

玉山稲荷前の鳥居。ここからお山巡りが始まる。
 

 最初は大き目の鳥居が続き、しばらく進むと鳥居の列が二手に分かれる。どちらも奥宮に続く道で、登り下りが決まっているわけではないようだ。

 ちょうど冬の柔らかな陽射しが射し込んでいて、周り全て朱の世界。大きな血管の中にいるような、ちょっと他では体験できない空間だ。

 出口で振り返ると鳥居の裏側には奉納者の名前と建立の年月が書いてある。意外に新しいものが多い。

千本鳥居
 

鳥居が続く
 
千本鳥居を振り返ると
 


  千本鳥居を潜り抜けて出たところが奥社奉拝所。ここには「おもかる石」がある。
 石灯籠の一番上にある丸い石(宝珠)を持ち上げて、思っていたより軽ければ願いが叶う、というもので、列をなして皆占っている。自分もやってみたが、小さい割に重かった。重く感じると念願成就は望み薄、という事になる。どうせ叶わない望みになったので、何を望んだがすぐに忘れてしまった。

おもかる石
 
奥社奉拝所のミニ鳥居
 


 ここから先が本格的なお山で、入口に案内板があり、お山めぐりの所要時間2時間と書いてある。そのためここから引き返す人も多いようだ。朱の鳥居をくぐり、先を目指す。

 千本鳥居のあの朱のトンネルはよく知られているのだが、その先にも鳥居が続いていて、全山これ鳥居と言っても言い過ぎではないくらい立っている。道しるべがなくても迷うことはない。

「お山」といっても所詮、境内の続きだろうくらいに思っていたのだが、意外に周りは普通の山の感じ。植林地もあり、雑木もあるという、都市近郊の山の感じそのものだ。ただ、歩いている人の格好は街の中と変わらない。

三ツ辻へ
 

熊鷹社。しめ縄から稲穂が下がっている。
 
四ツ辻へ
 

  
 熊鷹社を過ぎ、なおも進むと三つ辻。ここには茶店が何軒かある。11時半とお昼も近いので茶店で稲荷寿司でも、と思ったのだが、まだ時間前だと断られてしまった。口調がきつく、いい感じではなかったので四ツ辻まで行って休むことにする。
 ここからは、少し傾斜がきつくなり、石段も多くなる。相変わらず朱の鳥居が続く。

四ツ辻からの眺め
 
京の街越しに愛宕山遠望
 


  四ツ辻は一ノ峰と御膳谷の分岐。それに東福寺へ下る道があり、四ツ辻になっているのだが、荒神峰の田中社への石段もあるので、五つの方向に道が伸びている。
 ちょっとした露岩があり、京都の街が良く見える。稲荷山で一番の展望台かも。岩の上やベンチで休んでいる人も多い。
 にしむら亭という茶店があり、座敷に上がってきつねうどんを食べる。稲荷寿司も食べようかと思ったが1人前6個もあり、断念してうどんだけにする。
 京の街を見下ろしながら暖かいうどんを食べるのは、少々贅沢な感じ。店の人のサービスもよく満足。

にしむら亭のきつねうどん 700円
 


 四ツ辻からはやや下り道を御膳谷に進む。直接一ノ峰に登る方が楽なようだが、御膳谷経由が正式な順路だという事なので、やはりそれに従う。

 御膳谷は三ツ峰の裏側(北側)に当たる谷で、展望の効く四ツ辻から来ると、薄暗い感じがする。
 三ツ峰に神社があった頃に神饌(しんせん)をお供えをした所で、お祓いが受けられる奉拝所がある。神蹟の一つで、奉拝所の前の石段を上がるとたくさんの祠や石碑、鳥居が立っている。

御膳谷のお塚
 


 これらの社や祠や石碑は「お塚」と呼ばれ、冒頭に書いたように、個人や同業者のような団体が稲荷大神に御剱大神とか白龍大神とか、いろいろな神名を付けてお祀りしたものだ。この様なお塚が立ち並んでいる神蹟が、稲荷山の中に何か所もある。薄暗い中に鳥居や石碑が無数に立っている光景は、少々恐ろしげな感じがする。

 この様なお塚が稲荷山全体で一万基以上あると言われているが、建立されるようになったのは、比較的最近のことでらしく、明治以降に建てられ始め、昭和14年には2,500基程度であったそうなので、戦後に建てられたものもかなりあるようだ 。

 稲荷信仰はもともと現世利益の信仰で、多くの稲荷社が全国に勧請されていた。神社の元締めである神社本庁の調査によれば全国で一番多いのは八幡社であるが、これは神社として管理されているものの数で、屋敷内や会社などで祀られている祠などを加えれば、稲荷社が一番多いと思われる。江戸川柳には江戸に多いものとして「火事喧嘩伊勢屋稲荷に犬の糞」というのがあるくらいだ。

 しかし、明治政府は神道の国家神道化を目指し、神社の本務は「国体の護持(国家の繁栄を祈ること)」にあるとし、個人の祈願は二の次にされた。伏見稲荷は国幣大社であったため、特にその傾向が強かったのかもしれない。そのため、現世利益を求める多くの稲荷崇敬者は、自分のことを祈願する祠を稲荷山に建てるようになったのではないかと思われる。

 山中に立ち並ぶ朱の鳥居も起源は古いものではなく、江戸時代の絵図には描かれていないそうである。これも個人の祈願の表れで、その数の多さは現世利益の信仰の強さを感じさせる。 仏様へは来世の極楽往生をお願いし、神様へは今の願いを聞いてもらうものだとは思うのだが、恐るべし現世利益である。
 ちなみに、鳥居の奉納に必要な初穂料が神社のHPに載っているが、一番小さいもので17万5000円。一番大きいものは約130万円もする。

清滝社
 
薬力社前の様子
 

  
 御膳谷奉幣所の前を更に下っていくと清滝社。社の横には滝に打たれる場所がつくってある。清滝社がお山の一番標高の低いところのようで、ここから沢を登るように一ノ峰に向かう。
 沢沿いにはなおもお社が続く。杉の大木をそのまま祀った傘杉社などというのもある。薬力社のあたりも神社や祠が立ち並び、門前町かバザールのような感じ。とても車も入らない山の中とは思えない。

  お塚の集まる御剱社の前をとおり、春繁社を過ぎると長い石段を登り、やっと一ノ峰に到着。ここが稲荷山の最高点だが、神社の前の社務所に遮られて展望はない。

 山頂のお宮は末広社。私が知っている商家の屋敷神はここを本社としていて、そのご主人は毎年正月に、このお山の上までお札を受けに来ている。社務所の台帳には 、その商家が大正時代からお札を受けに来ている記録が残っているそうだ。


一ノ峰山頂の末広社
 


 ここからは四ツ辻に向かって二ノ峰、三ノ峰と下っていく。またびっしりと朱の鳥居が続く。二ノ峰には青木大神を祀る中乃社、三ノ峰には白菊大神を祀る下ノ社が鎮座している。

四ツ辻まで戻り、再びにしむら亭に寄る。今度は外の緋毛氈の縁台でぜんざいをいただく。重い気が感じられる谷や峰を巡ってきて少々疲れた身には、四ツ辻の明るさが心地よい。山上にこんなのんびりできる場所があるのは有難い。

四ツ辻のにしむら亭(左右の建物)。間の階段が一ノ峰に続く。
 

 ぜんざいを食べ終わり、下山の前に目の前の田中社にもお参りする。トレーニングのために登ってきた高校生が石段を上り下りしている。

 ここの社の裏側も京都市街地の展望がきく場所があるとのことだが、場所が良く分からなかった。


田中社
 

 四ツ辻からは東福寺に下りることができ、東福寺の庭園も見たかったのだが、ゆっくり拝観する時間がなさそうなので、伏見稲荷の駅に戻ることにする。帰りは三ツ辻から昔多くの狐が棲み、お産をしたという産場稲荷社の前を通って本殿前に戻った。
 心残りだった稲荷寿司を門前の食堂で食べ、京名物「ちりめん山椒」を買って帰る。


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[山行日] 2014/2/12(水) 
[天気] 晴れ
[アプローチ] JR岡崎 6:56 →(特別快速)→ 8:09 大垣 8:13 →(普通)→ 8:47 米原 8:49→(新快速)→9:43 京都 9:49→(奈良線、普通)→9:54 稲荷
[コースタイム]  
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
0:35 11:05 伏見稲荷本殿 発    
11:15 奥社奉拝所(おもかる石)    
11:30 熊鷹社    
11:40 四ツ辻(にしむら亭) 0:35  
0:55 12:15  
12:25 清滝社    
12:40 薬力社    
12:55 稲荷山山頂(一ノ峰、上社)    
13:10 四ツ辻(にしむら亭) 0:25  
0:25 13:35  
14:00 伏見稲荷本殿 着   全行動時間
1:55     1:00 2:55
 
「帰り道」 稲荷 14:49 →(奈良線、普通)→ 14:54 京都 15:00 →(新快速)→ 15:53 米原 15:59 →(普通)→ 16:32 大垣 16:41 →(特別快速)→ 17:46 JR岡崎
[地図] 京都東南部(1/25000)

 

しるしの杉
・初午の頃に社頭で受けられる護符。初穂料1,000円。
・杉は稲荷神の依代とされていて、伏見稲荷を象徴する木。
・平安時代には熊野詣での行き返りに伏見稲荷に参拝し、そのしるしとして杉の枝を授かって身に着けることが行われており、必ずしも初午に限ったものではなかったようである。


ウズラの焼き鳥
・伏見稲荷の名物は稲荷寿司の他にスズメの焼き鳥がある。
・お稲荷さんは農耕の神様なので、稲を食うスズメは焼いて食ってしまおうということらしい。
・残念ながらスズメは品切れだったので、ウズラの焼き鳥を食べる。730円。干肉を焼いたような感じで、あまりうまいとは思わなかったが、話の種にはなる。