逃 げる

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■永井するみ            2010 光文社  

東京藝術大学音楽学部を中退し、北海道大学農学部を卒業したという異色の経歴をもつ作家ですが、2010年9月に残念ながら逝去しています。
「私がいない方が、雪那は幸せだったのではないだろうか。それはおそろしい想像だった。でも、考えずにはいられない。・・・・私などいない方がいいのでは ないか」。そう思いをめぐらす澪に、そばで寝る娘・雪那が「ママ」と寝言をつぶやきます。
このシーンがとても大好きです。
ある日、偶然に出会ってしまった実の父親。澪にとって決して思い出してはいけない過去。この父親こそが自分を虐待した上に、母を殺してしてしまったから。 その父親の最期を見届けて、雪那のもとに帰るべく、澪は父親を連れて北へ北へと逃げていきます。でも、信じていた過去は、全く異なるものでした。だからと いって明らかになった過去は、救われる過去ではないけれど・・・。
タイトルにある「逃げる」のとおり、澪は逃げることで、向き合うおそろしさを避けてきました。でも、父親とともに逃げ、夫の昌彦が追いかける。母を信じて ただ待つ雪那。澪を救いたい義母。そして、諸悪の元にいたはずの父・伊作は・・・。
夫・昌彦は、澪に「大丈夫だ。心配しなくていいから」といいます。「大丈夫」という言葉。日本語にこの言葉があってよかったなと思うことがあります。掛け 値のない、決して絶対的とはいえないこの言葉を人にかけるとき、その言葉をかける者にとっても、そのときにすがれる唯一の言葉なのかもしれません。たとえ 何か起こっても、一緒だからねというだけの保障、それが不安な未来に向き合えるために必要であり、娘・雪那の「ママ」というつぶやきにさえ、それが感じら れます。そして、物語の最後の娘・雪那の言葉は、「じゃあ、もう心配ないね」。


2010.12.18


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