神様のカルテ

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■夏川草介      2009 小学館  

大阪府に生まれ、長野県の病院にて地域医療に従事する作者が、一般公募による第十回小学館文庫小説賞を受賞し、本作品でデビューしました。
作者の名からも判るとおり、夏目漱石を意識した文体で、漱石の「草枕」をこよなく愛する主人公・栗原一止の話しぶりもいささか古風な調子となっています。
舞台は信州の地方病院。一止はそこに従事する内科医で、医者不足の中で身を粉にして患者の医療にあたっています。この作品の読み応えは、なんといってもす べての登場人物が非常に好感のもてる人物であることです。悪意のない、真摯に生きる人たちの物語です。一止の同僚の医師や看護師、そして地方病院で最期の ときを迎える患者たち、それから、一止がこよなく愛する妻・ハルは山岳写真家にして一止の心を感じ取る慧眼の持ち主、そして、御嶽荘にともに暮らす男爵と 学士殿。とても素敵な登場人物たちです。
やがて、一止には、最先端の医療を学べる大学病院での勤務の話が持ち上がります。そうした中で、一止は自らのすすむべき道を真剣に考えます。
一止という名前は、二つの漢字を合わせると正という文字になります。患者の安曇さんが一止に語ります。「一に止まると書いて、正しいという意味だなんて、 この年になるまで知りませんでした。でも、なんだかわかるような気がします。人は生きていると、前へ前へという気持ちばかり急いて、どんどん大切なものを 置き去りにしていくものでしょう。本当に正しいことというのは、一番初めの場所にあるのかもしれませんね」。すぐ足もとにある大切なものほどなかなか見え ないもの。そんな人生の機微をこの物語では語っています。


2009.11.24


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