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■室生犀星
1962 新潮文庫
室生犀星の自伝的長編小説です。
昭和31年11月から昭和32年8月まで、東京新聞に連載されたもので、そのため、200篇ほどの短編が連なり、原稿用紙にして800枚に及び、新潮文庫
でも600頁を超える作品となっています。
主人公の作家平四郎は、文壇に名を残す地位を築きますが、その人生は産まれた直後に生家の貧しさからもらい子に出されることから始まります。作品の前半に
は、平四郎の幼少の過酷な暮らしが綴られます。やがて、タイトルの杏っ子である長女・杏子が産まれ、そして、成長した杏子の不幸な結婚の終焉までという物
語です。
作品を通じて、過酷な人生を生き抜く平四郎の人生観とともに、その平四郎と娘・杏子の絆が中心的なテーマとなっています。
父と娘の会話の中に、父・平四郎の人生観が表現されています。杏子の夫・亮吉が平四郎に対抗心を抱く場面では、平四郎は自分を亀にたとえて杏子に語りま
す。「おれはもしもし亀よ、の、亀さんだよ、あとからゆっくり歩いて行った方が気がらくなんだよ。どんな奴が出て来たって亀さんは、すぐ甲羅の中にかくれ
てしまうし、歩くことはのろいが何時でも歩いているから負けはしない、ただ、あとから目的地に着くだけだがね」。
そして、不幸な結婚生活の終焉を乗り越えようとする杏子には、人生の中の不幸を次のように語ります。「こいつがあるので芸術とか学問とか映画というものが
作り出されるのさ。まあ、くさくさするな」。杏子が「くさくさどころかさっぱりしているわ」と応えると、「その意気で居れ、後はおれが引き受ける。不倖な
んてものはお天気次第でどうにでもなるよ。人間は一生不倖であってたまるものか」と平四郎。
過酷さや不幸という環境でおのれ自身の心までをけがされてたまるかという生き方を親子の交流の中で描いている作品です。
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