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■小川洋子
1994
(文春文庫) 初版:1992文藝春秋刊
2004年にベストセラーとなった『博士の愛した数式』を書いた小川洋子。岡山県生まれで、早稲田大学第一文学部出身の作家です。この『妊娠カレンダー』
で、1990年に芥川賞を受賞しています。
物語は、姉の妊娠がわかった12月29日から出産の8月11日までの日々を姉夫婦と一緒に暮らす妹の日記として書かれています。幼い頃、姉妹が近所の産婦
人科の中庭によく忍び込んで夢中にのぞきこんだ誰もいない診察室は、赤ちゃんの誕生にまつわる華やかなイメージではなく、ちょうど理科室のような神秘的な
空間。姉はその病院で出産することを決めます。この物語は、妊娠中の期間を赤ちゃんを迎えるための華やかな時間というイメージではなく、妹が姉の世話を焼
きなが
ら、変化していく姉を冷静な目で捉えています。新
しい生命の誕生は産まれ来る子どもが主役であることには間違いありませんが、過度
に善意や悪意もなく、素直に妹からの目線で姉の変化を見つめ、姉のささやかな心理に加担しています。
おめでたいという言葉と裏腹に、あんなに気持ちの悪い悪阻であっても、これは病気ではないということには妊娠とい
うものに不可思議
さも感じます。全く食べ物を受け付けなかった数週間を越えると、出産間近まで、妹の作るグレープフルーツジャムをひたすら食べつくす姉。淡々と過
ごす日常でありながら、非日常でもある期間の中で、姉は育ちゆく生命が自分の赤ん坊であるということになかなか追いついていきません。やがては追いつくこ
となのだと思います。考えてみればあた
り前の姉の心理の変化を妹は淡々と見守っています。姉自身の心理をそばにいる妹の目からみた姉のふるまいとして書き綴ることによって表現するという文学的
な力量も見事です。
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