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■武者小路実篤
1952
(新潮文庫) 初版:1939
『友情』に並ぶ名作『愛と死』。『友情』は片想いに終わる物語ですが、この『愛と死』では、小説家村岡と友人野々村の妹夏子はお互いに愛を深めていきま
す。余興に宙返りをみせるほど、元気なおてんば娘の夏子。村岡は夏子に惹かれ、夏子もまた村岡への尊敬の念を抱いていきます。やがて二人の仲は深まり、周
りも二人を温かく祝福します。そして、半年間の村岡の巴里への見聞旅行の後に、二人は結婚することを約しますが、タイトルにあるように、その愛は結ばれず
に終わることになります。武者小路氏の直筆の原稿のインクは、執筆しながら落とした涙でにじんでいたといわれます。それほどまでに思い入れをかけたこの物
語には、シンプルなあらすじながら、人生の深みが盛り込まれています。
昭和初期、軍国主義の足音が忍び寄る中、この作品は死は美化されるものではなく、深い哀しみを残すものであることを白樺派の文壇の立場から強く訴えています。「死んだ者は生きている者にも大いなる力
を持ち得るものだが、生きているものは死んだ者に対してあまりに無力なのを残念に思う。死せるものは生ける者の助けを要するには、あまりに無心で、神の如
きものでありすぎるという信念が、自分にとってせめての慰みになる」。死は人生の終わりであるとともに、その者を愛する者に深い哀しみをもたらすものであ
ることを純粋かつ実直に表しています。
また、主人公村岡が巴里から日本に向かう船旅は人生の憐れを着実に表現しています。日本に着き、夏子との幸せな生活を夢見る村岡にとって、その船足は幸せ
に向かう時間です。その想いに反して訪れる死。人は全て死への時間に向かって生き続けるという事実がありながら、幸せを感じて生きることでそれをかろうじ
て忘れて生きているという真実がそこには示されています。
そして、主題である愛は、この作品の中ではもちろん村岡と夏子の愛が中心ですが、物語の節々で喜びを讃え、苦しみを憂い、哀しみを包む「母の愛」が表現さ
れているのも、この作品の大きな特徴の一つです。
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