柔らかな頬

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■桐野夏生    1999 (講談社)

江戸川乱歩賞受賞作品の『顔に降りかかる雨』をはじめ、桐野さんの作品はほとんど全て読んでいます。この『柔らかな頬』は直木賞受賞作品。この作品は読み 手が試される終わり方をします。北海道の別荘地で起こった5歳の幼女有香が神隠しに遭う事件。しかし、はっきりいって、真犯人が誰なのかは書かれていませ ん。桐野さんのホームページの作品コメントによると、当初の原稿では真犯人を書いたそうですが、あえて外したそうです。この作品は2回読んでいますが、全 体の流れの中で、確かに結局、誰が真犯人なのかは必要がないのかもしれません。なぜなら、最後の第十章は、神隠しに遭った有香の視点で書かれていますが、 この章の重厚さがそれにまさるものだからです。
物語は、北海道の田舎の海の町から高校卒業後、両親を捨てて東京に出てきたカスミが主人公。そのカスミは、有香と梨紗の二人の娘がいますが、自分と生き方 の似ているデザイナー石山との不倫に陥っていきます。事件は、カスミの森脇家と石山家がともに夏休みを過ごした北海道の別荘地で、唐突に起こります。不倫 の翌朝に起こった有香の失踪。疑われる存在はそれぞれありながら、事件は解明できず、カスミの心の中には、子どもを失ってでも・・・と思ったことが招い た・・・という気持ちだけが残っていきます。やがて、カスミは有香探しにのめりこんでいきます。現実と折り合えないカスミ。やがて、物語には、もう一人の 現実と折り合えない男、末期がんで余命1年の元・刑事内海が登場します。内海は、残りの人生をそれまでの生き方と異なる捜査の手法に費やすことに決め、カ スミの有香探しを手伝い、最期の時間を妻久美子と過ごすことを拒否します。現実と折り合うことは自らの弱さを認めること。それができない生き方の行く末に 果たして幸せはあるのか。内海が最期にみたものは彼が望む結末なのか・・・。
桐野さんはこの作品の執筆中に実の母親の看取りを経験しています。そうした中で、カスミを中心とした2世代の母と娘の関係を厳しい視点で書ききった、その 想いは容易に受け止められない重厚さがこの作品にはあります。

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