第1章  ジブラルタル海峡の水門解説編

第1章の解説 イントロ

第1章はまあイントロといったところである。グラハム・ハンコックの『神々の指紋』に刺激を受けて、失われた陸地探しを始めたのが、この検討結果のスタートになっている。

第1章 11月初旬

 11月の初旬、ここのところの好天に恵まれて庭の手入れも終わり、久しぶりに書斎の片付けに手をつけた。片づけがあらかた終わる頃になると、昔のくせで、興味のある文献だけを取り出して、あれこれと考え事を始めてしまった。

「田中のご隠居さん、いますか」
通り面した庭の生垣越しに、山村君が声をかけてきた。
「やあ、山村君か。相変わらず元気だなあ。まあ上がれよ」
山村君は書斎の縁側から上がってきた。
「何です?大きな地図まで広げて。宝島でも探すのですか?」
「いやね、書斎の片づけを始めたんだが、ついつい昔の趣味を思い出してしまってネ。・・・もう10何年も前になるんだが、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』と言う本の中に気になるところがあって、当時は色々調べたが、その後忘れてしまっていて」
「この本ですか。ついている本の帯から大体想像はつきますが、気になったことって、どんな内容です?」
「ペルー、ボリビア、中央アメリカの古代遺跡やエジプトのピラミッド何かを紹介しながら、彼はこうした文明の奥に更に発展した文明があったはずだと主張している。色々証拠を取り揃えて頑張ったんだが、結局のところ結論は出ずじまいだったけどね。 …だけどこの本の中で、彼の弟子の一人が寄越したとしている手紙の中身が、気になるところでね」
山村君にはこの本の弟子からの手紙のところを読んでもらった。

もしも既知のものではなく、独自の文明を築き上げた偉大な人々を探すなら、「無駄骨を折る」必要はありません。 むしろ、豊かな土地を背景に持つ都市を探すべきでしょう。探さなければならないのは、少なくとも二、三千キロの幅を持つ広大な土地です。そのような土地は、メキシコ湾くらいの大きさか、マダガスカル島の二倍の大きさがなければなりません。 大きな山脈と大きな河川の水系があり、気候は、地中海性気候か亜熱帯性気候だったと考えられます。また、この比較的平穏な気候が一万年は続く必要があったでしょう ・・・(この条件が整っていたとしたら)そこには何十万もの文明化された人々がいたはずで、それが突然、物質的痕跡をほとんど残さず消えうせてしまったことになります。 さらに住んでいた土地自体も消え、生き残った者もわずかだったことになります。その少数の生き残った人々は賢明にも終末が来るのを知っており、生き延びることのできる豊かな土地にいて、大災害を生き延びるのに必要な物質を持っていたことになります。
・・・翔泳社発行 グラハム・ハンコック著 大地舜訳 神々の指紋 50章より



 検討の途上で、氷河期の海面低下が話題に挙がった。この氷河期の120mもの海面低下の考えがおかしいとの疑問が山村君から提示されている

「この弟子が要求している、〔豊かな土地を背景に持つ地域〕なんだが、要約すると3つだね

  • 少なくとも2、3千キロの幅を持つ広大な地域
  • 大きな山脈と大きな河川の水系がある
  • 地中海性か亜熱帯性の気候

「当然これまでに見つかっている文明の発祥地はこの条件を満足していないですよね。ミシシッピ川とかアマゾン川流域と言った、皆さんの目のつく場所も同じでしょう?それでグラハム・ハンコックの結論は?」
「南極大陸だよ。大体こうした探索は地殻移動が最後の逃げ道になっているよ。氷河期の終わりが1万2千年前なので、この頃に何らかの異変が起きて、地殻移動が起き、元の文明の場所が分からなくなったとしている。まあ止むを得んだろうがね。コーヒーでも飲むかい」

 コーヒーを飲みながら、山村君はパラパラと本をめくっていた。彼が通りの斜め向こうに引っ越して来て2年半ほどになるが、朝の挨拶から始まって、我が家にもちょくちょく来るようになった。電気関係の技術者で34歳の独身、若干だが若禿が始まっている。 彼の性格もあるが、数にめっぽう強いのと、本好きで物理関連にも造詣が深いせいか、文系・事務屋で過ごしてきたこの隠居と何となく気が合って、よく話し込むことが多い。

「で、田中のじい様の調査結果は?いまだに本とか地図を引っ張り出しているくらいだから、やはり結論無しだったのですね」
「じい様は止めてくれよ。寂しいことにまだ孫はいないしね。まあ当時は何も見えなかったよ。ただ、今日はもう一つ、後になって読んだ氷河期の海面低下の話を思い出して、それで地図をまた引っ張り出した訳だ」
「氷河期に海面低下があったと言う話は僕も読んだことがありますが」
「大体百数十mの海面低下があったと言われているよ。これくらいの海面低下だとどっかにいい場所が見つかるかも知れないと、またぞろ暇にあかせて店をおっぴろげた訳だ」
「百数十mの海面低下ですか?それはちょっと数字が大きすぎません?出どこは大丈夫でしょうね」
科学雑誌のニュートンでも2回以上特集で出た記憶があるし、朝日新聞の日曜版のスクラップは確か手元にあるよ。…神奈川県立生命の星・地球博物館が出所で、2万年前には海面高さがマイナス120bだったと記載されているよ」
そうですか。だけどなあ・・・。ちょっとインターネットを見ても良いですか?」
「うん。パソコンは立ち上がっているよ」



山村君の疑問は、海水が凍ってできた氷がいったいどこに堆積していたかと言うことである。

  • 地球の全ての陸地に平均して敷き詰めると250mの高さになる。
  • 赤道直下に置くことも出来ないから、緯度で50度を越す陸地に敷き詰めるとすると1,000mを越す氷の山になる。冗談ではない。シベリアにはマンモスも棲んでいたじゃないか。 

 こんなところが以下の内容である。

山村君はインターネットで探しものを始めた。こっちも、そろそろ日が傾き始めたので、他の資料なんかの片付けに入った。

「ねえ田中のじい、…田中さん。海洋の氷結は海面水位を変えないことは知ってますよね。だから120bの海面低下は全部陸地にできる氷がまかなうことになりますよ。ここに陸地と海の面積が出ていますけど」と、山村君が画面を示した。

陸地面積:1.5億平方キロ 海洋面積 3.6億平方キロ 

「陸地面積が29%で海洋面積が71%、大陸棚みたいな浅いところを陸地側にみて、それで大よそ二分の一弱だから、全陸地を覆ったとすると250b程の高さになりますよ。いったいこれだけの量の氷をどこに据えるのですかねえ」
「赤道直下に氷を置くわけにも行かないし、まあ緯度で50度以上かな」
「だとするとカナダ、ロシア、イギリス、グリーンランドそれに日本付近だと樺太が北半球のエリアになりますね。南半球は南極大陸だけでしょう。南アメリカの先っぽが少しかかる程度です」

「あ、ご隠居、あの地球儀をちょっと下ろしてもいいですね。平面地図だとカナダやロシアがでっかくなりますから」
 山村君は地球儀を回しながら、上から下からながめては手で広さを調べていた。こっちもその間にバタバタと片付けをしてあらかた整理がついた。

「50度で線を引くと、極地側が1に対して赤道側が3の面積比になりますね。ものすごく大雑把ですが」
「そうすると4倍かね」
「そう、4倍ですから、1,000mの高さの氷が樺太、シベリア、北ヨーロッパ、グリーンランドを覆います。南極大陸は3,000mを越すことになりますね。想像できます? ・・・やっぱりちょっと苦しいですよ、120bの海面低下は。さっきの記事には〔ベーリング海峡が地続き〕と書いてありましたが、地続きだったらここにも同じだけの氷が積もるし、前も後ろも氷の大地をわざわざ渡る必要なんかないでしょう」
「まあ言われてみれば、シベリアには氷河期にマンモスや他の生き物が住んでいたし、アラスカも同じだから、氷が積もるとしたらもっと狭いエリアだな。そうするとさらに高い氷の山か。・・・只なあ」



 
ここでは地中海にある海中遺跡の話から、本ストーリーの“ジブラルタル海峡が陸続き”だったとの仮説に向かうきっかけが示されている。

 日が落ちてだいぶ暗くなってきた。台所からかみさんの料理の匂いも漂ってきた。山村君と俺の会話が聞こえていたはずだから、何かつまみも出来ているだろう。

「山村君、ちょっとビールにでもするか」
 彼はいつも遠慮をするが、まあ大体は強引に飲み相手にしている。
 
 パタパタと台所に行って、テーブルのつまみを見つけると、冷蔵庫のビールを出して飲むことにした。秋も終わりに近いとはいえ、最初のビールはやはり美味い。

「さっきの続きにはなるが、海面低下を裏付ける様な海面下の遺跡もあちこちで見つかっていてね。特に10数年前に――1991年だったかな――マルセイユで、南フランスの地中海沿岸だな、ダイバーが120フィートの深さにある洞窟を発見して、その200m奥に洞窟壁画が描かれていたとの情報もあって」
「それでさっき地中海あたりの地図を広げていたのですか」
「文明の発祥の地ともなるとやっぱりここらだろうし、120フィートとはいっても洞窟の生活だから、120mの海面低下を証明するひとつの事例だともいえるだろうしね。まあ、そうは言っても山村君の言うように、無理はあるかな」
「そうですねえ、ただ地中海って乾燥性気候ですよね。その洞窟が局地的な事例と言うか、原因からできていたかも知れないですね。例えばその頃、さっきの地図に在ったジブラタル海峡が塞がっていたら100m位の海面低下が起きていても不思議ではないですよ。降水量と蒸発量の関連で決まるでしょうが。 ・・・調べてみますか。インターネットではちょっと難しいかな」
「山村君は仕事が忙しいから俺が調べるよ。図書館も近くにあるし、時間はたっぷりあるからな」
「じゃあ私は120mの海面低下をもう少し確認してみます。反対意見になるでしょうが、どうも氷が溶けるときのエネルギーなんかにも苦しいものがあるような気がしています」

かみさんが夕食を並べ始めた。この日は鰊の塩焼きがメインだった。三人して食べるときには近所の出来事と山村君の独身の話が中心になる。4本のビールでお開きになった。


 地中海地域の乾燥具合の調査が田中さんの宿題である。
 山村君は氷河期の、120mもの海面低下から、氷が融けるときに必要なエネルギーを調べて、そんな海面低下はありえなかったとの反論を出すのが宿題である。