「利口な女狐」組曲について

関根 日出男(チェコ文化研究家) 


ターリヒ(1883~1961)が、1937年にオーケストラ用に仕あげた組曲は、多少の省略はあるが、このオペラの第1幕をほとんど忠実に後づけている。彼は1935年から41年まで、プラハ国民劇場の音楽監督として、このオペラも舞台にかけていた。その後さらにスメターチェク(1906~86)が手を加えている。

イーレク(1913~93)の版は、ターリヒ版の第2部からはじめ、これに2幕と3幕を加え、このオペラのエッセンスとなっている。

ターリヒ版組曲(演奏時間約19分)は2部からなり、第1部は、物憂げな前奏(譜例1)にはじまり、ハエ、青トンボ(譜例2)、コオロギ、キリギリスなどの輪舞が続く。ここではとくにハープ、チェレスタを背景に、ヴァイオリン・ソロの奏でるコウロギのワルツ(譜例3)が美しい。青トンボがなすすべもなく、森番に捕まった女狐を眺めている(フルートとヴァイオリンの掛け合い)。第1部は女狐の嘆きで終る。

第2部は、1幕の「場面転換」以降で、森番小屋での陽ざしのいい秋の午後。女狐の嘆きと怒りの交錯する音楽ではじまる(譜例4)。夕闇が迫り、低弦のオスティナートに乗って、女狐ビストロウシカは美しい女に変身する(譜例4‘)。彼女は泣きながら眠りに落ちる。やがて爽やかな夜明けとなる(譜例5)。ふたたび動物の姿に戻った彼女は、雄鶏に隷属する雌鶏どもを扇動し、雌鶏たちの悲鳴のうちに、ビストロウシカは綱を切って森の中に逃げる。

(1999年、群馬交響楽団演奏会プログラム補追、転載)

イーレク版組曲(演奏時間約17分)は、第1幕の「場面転換」からはじまり、上記3つの主題(譜例4~5)が引用されているが、美しい夜明けの音楽で終っている。

第2幕からは以下の2つの場面がとり上げられている。ティンパニを交えた低音オスティナートの上での、木管が狭い音域で上下するシンコペーションをきかせた前奏(譜例6)と、場面転換「第3場」:月明かりの夜を描くきわめて叙情的な主題(譜例7)である。

第3幕からは以下の10種類ほどの旋律が引用されている。ビストロウシカが瀕死の状態で横たわる場面が転換して、「第2場」の幕が静かに開き(譜例8)、叙情的な旋律がオーボエで奏でられる(譜例8‘)。この旋律はフィナーレにトゥッティで再現する。場面は転換して「第2場」の“パーセク亭”。歯切れのいい導入(譜例9)に上向音型(譜例9’)が続く。この上向音型はのちに何度も現われる。 幕が開くと飛び跳ねるような短い音型が反復され、子狐たちの合唱の旋律が少し顔を出す。森番が校長に“テリンカ嬢をくどけ”とからかい(譜例10)、酒場のおかみは、転勤した神父が淋しがってると言う(譜例11)。「第3場」となり、森番は丘にのぼり昔を回想する。森にこだまするホルンの調べ(譜例12)。森番は子狐をみつけ(譜例13)、大自然の摂理に頭を垂れる。鐘が鳴り(譜例14)、ティンパニを伴う全オーケストラはマエストーゾで、叙情主題(譜例8‘)を高らかに歌い上げる。

2008年1月26日記。


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