主よ憐れみ給え Hospodine, pomiluj ny

関根 日出男(チェコ文化研究家)


 
 
17世紀の作家ボレルツキー(1630~90)によれば、司教の聖ヴォイチェフ(アダルベルト)は972年に、ボヘミアはリビツェにあるスラヴ族長だった 父君の宮廷で「主よ憐れみ給え Hospodine, pomiluj ny 」を書いたという。年代記者コスマスは、1055年のスピティフニェフ公戴冠式にこの歌が用いられてから、宗教的な色彩が濃くなり、もちろん世俗的にも人 気があって、チェコ国歌のような役割を果たしていたと述べている。

現存する写本が、ボヘミア王国の黄金時代だった14世紀のものだから、原型がどにようなものだったかは解らない。ブジェヴノフ僧院の僧侶ホレショフのヤ ンが1397年に著した論文には、この旋律とテクストの内容が記されている。14世紀の他の写本には、幾つかの旋律にヴァリエーションが見られ、この歌の 人気は15、16世紀になっても衰えなかった。

17世紀にボレルツキーの歌集「ボヘミアのバラRosa Bohemica」には、この歌の旋律の変形がのっており、これにはバロックの作曲技法が加えられている。

この旋律を用いた8世紀末または19世紀初頭のオルガン曲の手稿が、プラハ国立博物館の音楽部に保存されている。これには無名のオルガニストによって和 声と即興用の通奏低音がつけられている。オルガニストのヤロスラフ・ヴォドラーシカ(1930年生)は、この楽譜により2つの即興曲を書いている。

この歌を引用したチェコの作曲家の作品にはヤナーチェク以外に、
1)ドヴォジャークのオラトリオ『聖ルドミラ』作品71,B144(1886年作)、
第3部冒頭=第36番の「序奏と合唱」と、結尾=第45番の「四重唱と合唱」。

2)J・B・フェルステルのオラトリオ『聖ヴァーツラフ』作品140(1928年作、A・クラーシュテルスキーの詩)の第2部「ラドスラフとの戦いの前の 願いと、ヴァーツラフの勝利の後の2つの歌」。

3)ドビアーシの「主よ憐れみ給え」(ナチス占領下の1944年作)。

4)エベンの3本のトランペットとオーケストラのための交響的楽章
「Vox clamantis」(ソ連軍故国進攻の翌1969年作)などがある。

1896年に作曲され、ブルノ師範学校生徒により初演されたヤナーチェクのは、4人の独唱、混声二重合唱、ハープ、オルガンと金管〔ヘ調トランペットとト ロンボーン各3本、バス・トロンボーン、チューバ〕のためのもので、原スラヴ的な精神を強調している。


Hospodine, pomiluj ny ! 
Jesu kriste, pomiluj ny ! 
Ty, Spase všeho, všeho míra,
spasiž ny, i uslyž,
Hospodine, hlasy naše !
Daj nám všem, Hospodine,
žizň a mír v zemi !
Krleš !
Hospodini, pomiluj ny.
主よ、われらを憐れみたまえ!
イエス・キリストよ、憐れみたまえ!
万物の救い主たるあなた
われらを救い、お聞き下さい、
主よ、われらの声を!
 主よ、われらすべてに希望を、
地には平和を与えたまえ。       
キリエ・エレイソン!
主よ、われらを憐れみたまえ!



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