私のお気に入りの録音


イージー・イラーク 


ヤナーチェク録音の徹壁な蒐集家で知られるピルゼン在住の研究家,イージー・イラーク博士に,氏の膨大なコレクションから最も印象的な録音について寄稿いただきました。


膨大なヤナーチェクの録音の中から気に入ったものを唯一選び出すのは大変困難で,いっそ全てと言ってしまいたいくらいだ。というのも,ほとんどどの録音にもそれぞれに他のものより好ましい点が見出せるのだから。しかし強いて一つだけというならば,最も気に入った録音は,単に音楽・芸術上の理由以上から選ぶことになるだろう。そしてそのような録音は確かに存在する。

およそ20年前,旧プラハ音楽院教授の合唱音楽のコレクションを整理していた時,78回転のSP盤に"Perina"(「キルト」,※1)という題名のヤナーチェクの合唱作品が収録された10分間の録音を発見した。それはホモコード(Homocord)というレーベルのもので,カタログ番号はT-5460,オタカル・ツィヒ(Otakar Zich)の合唱曲とともにカップリングされていた。

私はこの録音の存在について以前から古い米国のカタログにより知っていたが,実際に見たことも聴いたこともなかった。カタログには,それが発売されたのは1930年であると記載されていた。しかし,驚いたことにレコードの記載をみると録音年月が1927年11月14日とある。これはすなわち私の所蔵するコレクション中でもヤナーチェクの生前に吹き込まれた2番目の録音であることを意味するのだ。

ヤナーチェクの生前に彼の作品が録音されたものは,これまで一つだけだと考えられていた。すなわち,1924年10月10日にベルリンでツィナイダ・ユレイェフスカヤが歌劇「イェヌーファ」の2幕6場(※2)を歌った録音である。(78回転 Parlophon P.1799)

私はすぐに"タイポグラフィア"男声合唱団の歴史を調べ,確かにその日に他のチェコの作曲家の合唱曲とともにベルリンで演奏されていることを特定できた。

録音自体は大変興味深いものだ。それはコンサートの模様をそのまま収録したライブ録音であり,4分にも満たないものだが,全体の半分は拍手が入っている。


「キルト」の録音盤は擦り切れ,音質はいかにも古い78回転のものだった。しかし,なにより信じられないのは,この曲がLPでもCDでもずっと再録音されず1999年まで聴く機会がなかったことだ。

そして,その作品ときたら! 私は美しい旋律と和声ゆえにこの曲をヤナーチェクの全合唱作品の中でも最も気に入っている。この曲は男声合唱団の色彩豊かなテナーセクションのために書かれているが,1927年にベルリンで演奏したタイポグラフィア合唱団の合唱指揮者,J.B.エイムは,色彩的なテナーのパートを歌う合唱団員が得られないと判断して,これをソリストに歌わせていた。1999年まで「キルト」は録音で聴くことはできず,男声合唱団でもめったに取り上げられないレパートリーだったが,1999年にブルノラジオ局がモラヴィア教師合唱団へのオマージュとして2枚組のCDを製作したおかげで,ようやく聴けるようになった。この新録音も色彩的なテナーのパートをソリストに歌わせているが,スコアの解釈は1927年の録音と同様ではない。私はただホモコード盤の「キルト」の方を好ましく思っている。

(2001年7月9日 寄稿)


Dr. Jiri Jirak
 チェコ共和国ピルゼン在住のヤナーチェク研究家。ヤナーチェクの完全なディスコグラフィ作成をライフワークとし,徹壁なコレクションを誇る。


訳者注

※1
「キルト」は,4つの男声合唱のための民謡の第4曲で,1914年の作曲。長らく録音がなかったとのことだが,今ではモラヴィア教師合唱団(PSMU)の演奏によるNaxos盤で聴くことが出来る。(ただし,この録音は,イラーク博士が述べている1999年のブルノラジオ局のものとは異なる。)

ヤナーチェク 男声合唱曲集
リュボミール・マトゥール指揮/モラヴィア教師合唱団
Naxos 8.553623

※2
イェヌーファ 第2幕6場
「お母さん,頭が重いの....アヴェ・マリア,王妃様,慈悲深い聖母様!..」
イェヌーファが聖母マリアに祈りをささげる場。

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