狂詩曲「タラス・ブーリバ」
関根 日出男(チェコ文化研究家)
ヤナーチェクは、弟がペテルブルクで生活していたこともあり、ロシアへの愛着は、2人の子供にロシア名をつけ、かの地へも足を運び、ブルノのロシア愛好協会の有力なメンバーだったほどで、作品にもこれが反映されている。
たとえばレールモントフ(1814~41)の「詩人の死」によるメロドラマ『死』(1876年作)、ジュコーフスキイ(1783~1852)の「ベレンデイ皇帝の物語」によるチェロとピアノのための『おとぎ話』(1910年作、23年改定)、L・トルストイ(1828~1910)によるオペラのスケッチ『アンナ・カレーニナ』(1907年作)、同『生ける屍』(1916年作)、「クロイツェル・ソナタ」によるピアノ三重奏曲(1908年作)~弦楽四重奏曲第1番(1923年作)、オストロフスキイ(1823~86)の「嵐」によるオペラ『カーチャ・カバノヴァ-』などである。
『タラス・ブーリバ』もゴーゴリ原作による、17世紀初頭のコサック族長の物語で、ヤナーチェクはこれをもとに1915年夏から作品を書いた。その後、推敲を重ね、祖国独立への希望と、スラヴの母なるロシア敗退による失意との交錯する第1次世界大戦の終結する1918年春に完成、新生チェコスロヴァキア共和国軍に捧げた。
初演は1921年10月9日、F・ノイマン指揮するブルノ国民劇場オーケストラにより行なわれた。タラスの不撓不屈の精神を表わすトロンボーン主題が、各部に変形して現れ全曲の軸をなしている。
第1部「アンドリイの死」:コサック軍はポーランド軍のたてこもるドゥブノの町を包囲する。隊長タラスの次男アンドリイは、かつてキエフで恋仲だったポーランド貴族の娘が町の中にいるのを知り、暗夜、地下道を通って餓死寸前の彼女を救う。一度は味方に刃向かおうとした彼も、父の前に立ったとき、命ぜられるまま馬から降り銃殺される。
イングリッシュ・ホルンとオーボエ(愛の調べ)、オルガンと鐘(包囲下の人々の不安と祈り)、トロンボーン(タラスの怒り)、シンバル、ティンパニ、トランペット、ピッコロのトリル(戦いの場)、か細いヴァイオリンの持続音(息絶えてゆくアンドリイ)などが、効果的に用いられている。
第2部「オスタップの死」:オスタップは騎馬戦に破れて捕えられ、ワルシャワの刑場にひかれてゆく(弦の刻むオスティナート音型)。勝ち誇ったポーランド軍がマズルカやクラコヴィアク舞曲を踊りまくる。強奏弦のトレモロと弱音器つきトランペットの上で、独奏クラリネットがオスタップの苦渋を奏でる。拷問の苦しみの果て父を呼ぶ声に、群集にまぎれていた父(マズルカの中のトロンボーン)は、われを忘れて息子に答える。と同時にオスタップの首がはねられる。
第3部「タラス・ブーリバの予言と死」:息子の弔い合戦に奮闘するタラスも、敗走中に落とした愛用のパイプを拾おうとして捕えられ、火刑に処される。タラスの嘆きが聞こえ、まわりでは勝利に酔いしれる敵が乱舞する。タラスの怒りのモチーフが荒々しく現れ、高揚してティンパニが6つ打たれると、あたりは急に静まり、遠くで角笛が響く。コーダでは燃えさかる火の中でタラスは、いまわの際にロシア人民の不滅を予見する。弦の刻む音とオルガンの荘重な響きにのって、弦の調べはいくたびか高く上へ転調しながらタラス昇天の賛歌を歌い、これは変ニ長調の新たな陶酔の歌に変わり、すべてを浄化するかのような独奏ヴァイオリン、ハープの上向アルペッジオ音型をへて厳かな幕となる。