ドクターサロン58巻10月号(9.2014)

糖尿病の食事指導       北里研究所病院糖尿病センター長 山田 悟(聞き手 山内俊一)


糖尿病食品交換表第7版の改定ポイントについてご教示ください。特に、低炭水化物食の功罪について、実地医科が患者さんへ指導するときの注意点について教えてください。<京都開業医>



山内 随分久しぶりに食事療法に関して盛り上がっているのが今の学会の状況ですが、まず、今回改定になります第7版の主なポイントだけ先に教えていただけますか。


山田 今回の第7版の特徴は、第6版までの原則は踏襲しつつ、これまでよりも様々なやり方を許容することを強調するようになったことです。第6版まででも三大栄養素比率、あるいは表1−6の配合比を主治医と管理栄養士さんが患者さんとともに一緒に考えて指導してよいとはいっていたのですが、例示されているのは炭水化物比率60%のものばかりでした。一方、第7版では、50%の場合、55%の場合、60%の場合と、炭水化物比率を3つのパターンで例示しましたので、様々なものが選択しやすくなっています。


山内 少しそのあたりは緩めたと見てよいわけですね。


山田 そのように解釈できると思います。


山内 細かいところの個々の改定点を見ていただかないと難しいと思うのですが、炭水化物、蛋白、脂質の比率がものによって多少違ってきたという程度ですね。


山田 はい。


山内 次に、話題の低炭水化物食に移りますが、先生はこちらのほうの第一人者でいらっしゃるので、まずこの食事の歴史的な経緯のあたりから簡単に解説願えますか。


山田 古くはインスリンの発見以前の糖尿病治療食というのは、そもそも糖質を取らないようにするという、今で言えば極端な糖質制限にあたるものしかなかったわけですが、インスリンが使えるようになりまして、1920年代以降に炭水化物の自由化という考え方が出てきて、だんだんと炭水化物の比率が増えていきました。そして、1970年のセブンカントリーズスタディ(1)で、脂質をとらないほうが動脈硬化の予防になるのではないかという概念が広まり、さらに炭水化物はもっと取りましょうということになりました。その結果として炭水化物制限、糖質制限というものはよくない、特に動脈硬化を起こすのではないか、という仮説が一般化したと思います。


 それに対しまして、21世紀になってから、糖質制限は、低脂質食よりも減量効果に優れるですとか、血糖改善に優れるといった様々な報告が出てきまして、それで、20世紀の後半に推奨されていた三大栄養素比率をもう一度自由化しようではないかという動きになっているのが現状かと思います。


 山内 私の認識でも、食品の配分比、栄養素配分比というのは、特にエビデンスがあってこの率になったのではなくて、その当時の健康な方々の食べているものの分析をやって、それがそのあたりだったというところから始まってきていると思うので、まだまだ解明すべき点がいっぱいあると思います。


山田 おっしゃるとおりだと思います。


山内 この歴史的な経過を経て、現在、見直しになっている低炭水化物食、実際にやってみて、どういった効能があるのでしょうか。


山田 低炭水化物食を指導しますと、カロリー無制限、おなかいっぱいになるまで食べなさいという指導をしていても、多くの方がカロリー制限に成功し、その結果として減量効果が生じます。また、糖質摂取そのものが食後の高血糖を規定しますので、血糖値も改善します。

また、このメカニズムはまだまだわからないところがありますけれども、中性脂肪、HDLコレステロール、そして血圧、これらメタボリックシンドロームの構成要素をすべて改善するということが示されています。


山内 実際にいいことずくめと言ってもいいわけですね。これは肥満だけの方、要するに糖尿病がない方、それから糖尿病のある方、別々に分けなければならないかなというところもありますが、まずこの2つに関して原則的には差はつけていないということですか。


山田 そもそもが2008年にアメリカ糖尿病学会が糖質制限食を受容したのがまずは肥満の改善効果があるというところからでした。それなのでどうしても肥満の方向けの食事法という理解をされることが多かったのです。しかし、私どもが今年報告しましたデータでは、非肥満の日本人に対しましても糖質制限食は同じように血糖の改善、脂質の改善に有効でしたので、肥満の人に対しても、非肥満の糖尿病の人に対しても有効だと考えています。


山内 実際に私どももやっていることがあるのですが、非常に実行が難しいケースと簡単なケースがあるようです。今まで糖質比率60%ぐらいの方をいきなりぐっと減らしていくというのは非常に難しいと思うのですが、先生は段階的にへらしていかれますか。それとも、いきなりストンとやりますか。


山田私どものところでは、例えばこれまでエネルギー制限食を指導していて、うまく言っていない方を対象にやりますので、「今日から治療法を変えます」と、ちょうど薬を全く変えてしまうのと同じように、「今日から考え方を変えてください」ということを申し上げまして、その日から一日1食あたり20-40g、一日トータルで70〜130gという指導にしております。

山内 確かにそのほうがショック療法ということになりますね。


山田 はい。

山内 全体のエネルギー総量のパーセンテージからいいますと、何%ぐらいですか。


山田 およそ糖質比率が30%ぐらいになります。脂質とかたんぱく質に関しましては、だいたい30対40対30で、脂質が40%ぐらいか、もうちょっと多い場合もあります。


山内 海外や、あるいは日本の一部の先生方は10%台とか、非常に低いところもあるわけですが、このあたりの是非はもう少し時間を見て実際の効果を判断したほうがいいとお考えでしょうか。


山田 はい。ケトン体を産生するような極端なレベルの糖質制限になりますと、今まで4件ほど血管内皮機能の検査をしているデータがあるのですが、その4件はいずれも血管内皮機能を落としています。一方で、もう少し穏やかな糖質制限ですと、血管内皮機能の改善が示されていまして、このあたりはまだまだわかりませんけれども、極端なレベルについてはちょっと保留にしていおいたほうが安全かと考えます。


山内 さらに具体的なものになりますが、食べるもの、食品ですが、これは例えばどういったものが使われるのでしょうか。卵焼きばっかりだとか、肉ばっかりでは、続かないではにかという批判が一方にはありますが、これに対応するためにどういった工夫をなさっていますでしょうか。


山田 私どもの病院では、まず食品交換表を使った栄養学の指導をしています。そうしますと、主食、食品交換表の表1がちょうど20gほどの糖質を1単位で持っています。表2は果物で、これはとらないようにしていただきまして、表3-6が普通のおかずということになるわけですけれども、おかずを野菜も含めてしっかり取っていただきます。そうしますと、だいたい野菜あるいは乳製品から糖質が20g入ってまいりますので、@表1から1単位、A表2からはとらない、Bおかずはほかの家族と同じようなメニューでおなかがいっぱいになるまで食べていただく、この3つの指導でだいたい一食が40gになります。


山内 たんぱく質、肉が主体になりますが、いろいろなバリエーションをつけていく。それから、脂が少し増えてくるというところもよく言われるところですが、脂はいったい何を使ったらいいというのはあるのでしょうか。


山田 一般的にはオメガ3、魚の脂が昔からよいとわかっておりましたし、昨年PREDIMEDE試験(3)でオリーブ脂のMUFAであるとか、あるいはナッツの脂、オメガ6もよいということがわかってきましたので、このあたりは全く心配なく使えると思います。

 また、幸いにして、飽和脂肪酸につきましても、昨年のシドニーダイエットハートスタディ(4)で、少なくともオメガ6に切り替えるだけでは治療上の効果は得られませんでした。さらに、飽和脂肪酸は減らさないほうがいいのではないかという考え方が2013年のJPHC、日本の多目的コホート研究(5)で示されました。つまり、飽和脂肪酸の摂取の多い集団のほうが脳卒中が少ないというデータです。


そう考えますと、飽和脂肪酸にもこだわる必要はないということになります。  ただ、トランス脂肪酸と過酸化脂質は取るべきではありません。患者さんにはおいしい脂をきちんととってくださいと指導しています。


山内 特に古い脂は問題があるかなというところですね。そういったものでかなり料理の幅も広げられつつあるということです。特にこういった方面のプロモーションをするにあたって、例えば同じ食品の中でも極力炭水化物を減らすようなものもつくっていくという姿勢のようですが、このあたりはいかがですか。


山田 やはり主食を楽しみたいという気持ちはどんか患者さんでもお持ちです。幸い糖質量の少ない、そしておいしさの変わらない麺類であるとかパン類、こういったもの今、世の中に普及しつつあります。残念ながら、まだお米は、あまりに日本のお米がおいしいものですから、それに代るものがないのですけれども、主食を楽しみながら、患者さんに幸な低糖質ライフをすごしていただきたく思っています。


山内 こういった方々だけにはやらないほうがいいというケースはいかがでしょう。


山田 絶対にやってはいけないかどうかはわかりませんけれども、安全性が確保されていないという意味では、妊婦さん、小児の方、それと腎症3期以降の方、この3者につきましては、主治医の先生がきちんと安全性を確保しながらやっていただきたいと思いますし、場合によっては止めていただく必要もあろうかと思います。


山内 いずれにいたしましても、長らく固定化してマンネリ化していた食事療法に関しましては、食品交換表自体にも絡むのですが、今後大きく変わっていく可能性があると見てよいわけでしょうね。 山田 より選択枝が広がっていく方向に動いていくと考えています。


山内 ありがとうございました。



(1)circulation 1979, 41, 1-162~1-183
(2)Inten Med 2014, 53, 13-19
(3)N Eng J Med 2013, 368, 1278~1290
(4)BMJ 2013, 346, e8707
(5)Eur Heart J 2013, 34, 1225~232


   


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