レコード芸術誌 2009年12月号 <準特選盤>
プリンセス・ロイヤル
評 皆川達夫
アイリッシュ・フルートの守安功さんとアイリッシュ・ハープの守安雅子さんご夫妻による『オキャロラン作品全集』の第4巻である。
アイルランドの音楽家ターロック・オキャロラン(1670〜1738)の音楽は、郷愁こもった旋律が主導し、この世に生きる人間の喜び、悲しみ、嘆きを切
々と歌いあげている。心なつかしい調べが次から次と登場するメロディの宝庫といってよい。これこそ『最上のいやしの音楽』なのである。
CDタイトルの『プリンセス・ロイヤル』は収録曲のひとつで、エリザベス・マグダーモット・ローの名の女性に捧げられた曲を意味するという。
オキャロランの音楽一筋に誠実な努力を重ねてこられたご夫妻の偉業に、改めて敬意を表したい。守安功さんご自身執筆の解説の結び、『ここまで、夢中になれ
る、そして心から愛情の注げる対象に出会えたことを、心から幸せだと思う』とのお言葉に、ふかい共感をおぼえた。解説全文が日本語と英語によって記されて
いることにも、守安ご夫妻のなみなみならぬ心構えと思い入れが伺えるようである。
評 美山良夫
生涯に200曲あまりの作品を残したオキャロランの作品をすべて収めるプロジェクトの、折り返し点に当たる録音。守安夫妻によるレコーディング
は、ディス
クごとにオキャロラン演奏の理想を求めてやまない真摯なアプローチが刻印されてきた。この第4集は、アイルランドに生き、1738年に没した音楽家の作品
を30曲ほど収録している点では第3集までと同様だが、自在さ、即興性を下敷きにしながらもフレーズごとの音色の対比、曲ごとのテンポの変化を大きく明確
にとり、確信に満ちた演奏ぶりが際だっている。
オキャロランは、自作旋律に歌詞を付したこともあったが、歌詞よりもオキャロランの旋律そのものが言葉であり、ときに雄弁に、ときに優しく、あるときは活
発に語る。フルート演奏そのものが、豊かで自身にみちた言葉、ニュアンスに溢れており、あたかも作曲者が自らのことばを演奏で語っているようにすら感じら
れる。
オキャロランの音楽を伝える楽譜は、単旋律あるいは旋律と簡単なバス・パートで伝えられている。作曲者が生きた世紀の終わり近くに刊行された楽譜は、慶應
大の南葵音楽文庫のサイト(『デジタル南葵楽堂』で検索、カロランCarolanをクリック)で公開されている。譜面をみれば、守安夫妻がそこにいかに豊
かな声明を与え、ひとつひとつの演奏をつくりあげているかに誰もが驚くに違いない。その貴重な歩みに、今までにも増した大きな確信が加わった演奏である。