レコード芸術誌 2009年1月号 <準特選盤>

聖体奉挙
評 皆川達夫 (レコード芸術2009年1月号)


守安功、雅子ご夫妻の演奏によるアイルランドの音楽家ターロック・オキャロラン(1670〜1738)の『作品全集』第3巻である。この作曲家一筋に全集 を作りあげてこられたご夫妻の努力に、まず心から敬意を表したい。
作品は第1巻、第2巻の収録曲と共通して、2分ないし3分程度の小曲がほとんど。それをご主人のアイリッシュ・フルートと、奥様のアイリッシュ・ハープ (曲によっては打楽器バゥロン)が、いつくしみの心をこめて奏してゆく。独特の哀愁を秘めたなつかしい調べは、聴く者をあたたかく優しくつつみ込んでやむ ことがない。これをこそ、最上の『安らぎと慰めの音楽』と言うのであろう。CDタイトルの『聖体奉挙 The Elevation』とは、収録曲目のひとつによる。
オキャロランの曲に多少の同工異曲の気味がなくはないにしても、ご夫妻の演奏には、この音楽家にすべてを賭けた熱気があり迫力があって、まことに感動的で ある。もしこの『作品全集』がなかったら、わたくし自身オキャロランという音楽家を知ることも、その作品に感銘を覚えることもなかったであろう。守安夫妻 の誠実で粘りづよいお仕事によればこそと、ふかく感謝したい。
ご主人の解説に『……オキャロランの作品を演奏することは、僕にとって最大の喜びであり、オキャロランに出会えたことを心から幸せだと、いつも感じてい る』と記されている。その解説が英語訳されていることにも、オキャロランの音楽をひろく世界に知らしめようという守安さんご夫妻の真摯な情熱と使命感がこ められている。


評 美山良夫 (レコード芸術2009年1月号)

清々しい感銘が三たび私をとらえている。バッハの少し先輩にあたり、フランソワ・クープランと同時代を、この二人とはまったく無関係にアイルランドで生き たターロック・オキャロラン。ハープを演奏し、イタリア・バロック音楽をまったく独自の方法で取り組みながら、アイルランドの民族音楽に根ざした音楽を作 り続けた音楽家の作品を、すべて録音、しっかりとした英文解説もつけて世界に問いかけようとするプロジェクト。その三番目の録音で、全体の半分にさしか かっている。
守安功(アイリッシュ・フルート)、雅子(アイリッシュ・ハープほか)夫妻による今回の録音は、収録曲のひとつのタイトルから採られたものであるが、オ キャロランがカトリック教徒であったとはいえ、宗教的な意味はほとんどない。そのほかの曲のタイトルも、ほとんど曲の内容とは無関係である。しかし、個々 に付されたコメントの文章からは、アイルランドの空気と生活感情が伝わる。それは、さらに演奏そのものによって膨らむ。アイリッシュ・フルートによる旋律 とハープによる伴奏と簡潔な編成、いずれもがせいぜい2分と小品ながら、その旋律に感じられる情緒は、時代や空間の隔たりをこえて心に染み入る。夫妻のオ キャロラン作品演奏は、管見ではこの第3集でいっそう自在さがまし、躊躇することのない表情の幅、のびやかな旋律の歌わせかたの魅力、即興的な精神が横溢 するようになっている。このような演奏が、音楽を愛する人に、より多く共有されることを願いたい。