レコード芸術誌 2008年7月号 <準特選盤>

妖精の女王
評 美山良夫 (レコード芸術2008年7月号)


守安夫妻によるターロック・オキャロラン全曲録音の劈頭を飾る一枚に接した際、「驚きと美しい余韻をもたらすディスクの登場だ」と記した(昨年8月号)。 第2集はその感銘を、維持するばかりかより強めてくれる。ハープを演奏したアイルランドの楽師オキャロラン(1738没)は、生涯に約200曲の作品を残 したという。ソナタやコンチェルトといった形式とは無縁で、ほとんどすべてエア。アイルランドの民衆音楽と深く通じる懐かしさや親しみやすさが、彼の音楽 の根底にある。しかし、大陸のバロック音楽がアイルランドの音楽にも影響を及ぼしている点も見逃せない。明快な楽節構成や旋律法、また技巧的なパッセージ の挿入など、簡素な中にコントラストをもとめる作風も目につく。
第2集は、むしろこの側面に着目、民族音楽に通じる面とともに、バロックの技法および感情表出の語法を、オキャロラン演奏のなかで探究した録音になってい る。したがってこのディスクは第1集の踏襲ではなく、別のアプローチの可能性を探究した賜物であると思われる。アイリッシュ・フルートの旋律とそれを支え るアイリッシュ・ハープの音色、その底でたまゆらに明滅するイタリア・バロックのイディオム。その交錯は、たとえば2つのヴァージョンが収められている 《妖精の女王》のひとつ(トラック31)に顕著だ。また、今日ではまず知られていないものの、当時のアイルランドの名士たちとの交遊や関連、あるいは飲酒 (オキャロランはアイリッシュ・モルトの愛飲家だったという)といった生活に因んで生まれた音楽など、個々の曲の背景も多彩である。アイルランドに根ざし た多様な文化と音楽とのつながりを懇切に解題した文章や、日本発ながら英文を付して世界にむけ発信を試みているなど、ディスクにかける思いも熱く伝わって くる。虚心に、オキャロランに耳を傾ける人が増すことを願わずにはいられない。

評 皆川達夫 (レコード芸術2008年7月号 抜粋)

アイルランドの盲目の音楽家ターロック・オキャロラン(1670〜1738。アイルランドでは上記のように発音する由。『ニュー・グローヴ世界音楽事典』 はトュールロッホ・カロランとする)の作品33曲が、アイリッシュ・フルートとホイッスルの守安功さん、アイリッシュ・ハープの守安雅子さんによって演奏 されている。すでに昨年8月にご両人による『魂と肉体の別れ』(WAONCD6010)が刊行されており、今回は『オキャロラン全集第2巻』にあたる。
バッハ、ヘンデルよりも15歳ほど年長にあたるこのウィスキー好きの音楽家が残したものは、すべて素朴かつ単純なエアである。どの曲も1分ないし2分程度 の小曲ながら、特有の哀愁を秘めて聞く者の心の奥に語りかけてくる。『妖精の女王』というCDのタイトルは、言うまでもなく収録作品の曲名のひとつによ る。
守安功さんの粒立ちよい笛の歌いまわしが思いの丈を存分に伝え、それを支える雅子さんのハープの動きもすぐれ、祝福された楽興の一時をくりひろげてゆく。 聞く機会のすくない魅力あふれる音楽の世界が開示されたことを、守安ご夫妻の一途でひたむきなご努力の結果と評価したい。アイルランドへのふかい思い入れ をこめた、誠実で純粋な心の曲集である。