道徳・正義・人権

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道徳の起源・人の心の形成期に道徳はなかった。

道徳の起源・人の心の形成期に道徳はなかった。

1 道徳や倫理は人の心の外にあるということ

 道徳、倫理は、社会規範というカテゴリーにあり、人の心の外に存在します。人の心の外にある道徳などに照らして人の心を評価したり、行動を制限したりするものです。例えば文字などに道徳の内容が書き込まれているだけでは道徳が存在するとは言いません。多数の人間が道徳の存在を認めて、道徳に従わなければならないという意識を持たないと道徳という社会規範があるとは言えません(H.La.Hart)。
 感情的な行動が道徳によって抑制されるということは、ヒトが道徳の抑制に従うということですから、「自分がこれからしようとすることが何らかの道徳に反しているのだろうか、こういうことが道徳として禁止されているだろうか。」という抽象的な思考をする必要があります。抽象的な思考のためには、思考ツールとしての「言葉」が存在していなければできないだろうと私は考えます。
 道徳については、言葉が不可欠だとすると、人間の心が形成されたとされる約200万年前には道徳は存在しないということになります。せいぜい、今から2万年くらい前になってようやく道徳が形成され始めたということなのだと思います。農耕社会の成立かその前夜のころということになると考えます。
 多数の人間が道徳であるから従わなければならないと承認しなければならないことから、道徳は誰かが単独で作るものではないことになるでしょう。また、そのすべてを知らなくてもそれが道徳的であるということを理解できなければならないという特徴があるということになります。このため、道徳が心の外にあるといっても、心が不承不承でもそれを受け入れられるものであることも必要となります。権力者の存在というよりも、道徳がヒトの本性に寄り添ったものであることが必要で、ヒトの本性を反映したものが道徳して意識されるのであれば、とても都合良く道徳が存在することになると思います。 

2 道徳が始まる前、道徳なしで人間は群れを作った。その方法

現在のヒトの心が形成されたのは、今から200万年前だと考えられています。当時は狩猟採集時代で、ヒトは数十人の群れを形成していたとされています。進化心理学者たちは、この時から道徳が形成されたと主張しているようです。おそらく進化心理学者たちは、道徳がなければ人間が群れを作ることができなかったはずで、弱肉強食の無秩序状態になり、強い者が弱い者を食い物にしたはずだ、そうなると群れが維持できなくなると考えているようです。つまり、進化心理学者の多くは、人間は自己の利益のために他人に損害を与える性質があると考えているようです。

対人関係学は、この点が初めから違います。

対人関係学では、200万年前当時の人間は、道徳がなくても群れを形成できたと考えています。当時のヒトの心は以下のようなものであったから人間のこころの外に道徳が存在する必要はなかったと考えています。
・ 群れの仲間と自分の区別があまりつかなかった。
・ 自分の利益を図るために仲間に損害を与える行為をする発想がない。「自分が」という考えではなく、「自分たち」の利益という発想だった。
・ 仲間が困っている姿をみると、自分が損をしても仲間を助けたくなる。
・ 仲間の中で一番弱い者を大切にし、保護しようとする。
・ 自分が上記の仲間の扱いを受けないと、恐怖を伴う危険意識を持つ(対人関係的危険)
これらの心を、群れを作るための「共感モジュール」と呼びます。
当時の人たちがこのような都合よい心をどうやって手にしたのかということが問題になるでしょう。しかし、それは案外簡単なことです。要するにこのような共感モジュールを持ったヒトたちだけが群れを形成することができ、その結果として子孫を残すことができたということです。環境に適合することができたということですね。逆にいうと、このような共感モジュールをもっていないヒトたちは、群れを形成できないため、飢えたり肉食獣の餌食になったりして死亡してしまい、子孫を残せなかったということです。もっとも、その当時のヒトも個性があったことでしょう。共感モジュールをもてなかったり、弱かったりした個体もあったはずです。ただ、ヒトの力が弱い子どもの時期に、大人の共感モジュールに反した行動傾向に対してはなんらかの教育を施したと思います。それでも群れに適合しない個体は子どものうちに淘汰を受けた可能性があります。群れから追放されたのだと思います。こうやって環境に適合した個体群が生き残り、適合しない個体群は消滅し、ヒトという種の性質が形成されたのだと考えます。
 
約200万年前から抽象的な思考のツールに耐える言葉が確立するまでの約200万年間、群れを形成するためには道徳というヒトの心の外にある規範があったという見解には、言葉がない中で道徳という外部規範が存在したという点に無理があると思います。これらの見解は、共感モジュールの存在を思いついていないということがありますが、環境によって心も形成されるという点を十分考慮していないものではないでしょうか。当時と環境の違う現在の環境のもとにある私たちの心が200万年前も存在したという結論になっていることに気がついていません。
200万年前と現代での環境の最も大きな違いは、200万年前は、基本的に生まれてから死ぬまで一つの群れで生活していたということです。これに対して現代は複数の群れに同時に帰属しているところにあります。家、学校、会社、地域、社会、国家等複数である上に、多元的な帰属の形態になっています。さらに、群れの絶対性が無くなり、基本的な群れである家族でさえも代替性が効くような存在になってしまっていることは根本的な違いと言えましょう。また、200万年前は四六時中群れの仲間と一緒に行動をしていたけれど、現在は同じ群れとは言っても共有する時間は大変短いということがありそうです。
当時、同じ群れの仲間の気持ちは、言葉がなくても十二分に理解することができます。仲間が困っているところを見ると、自分が困っているような感情をもち、自分の痛みを解消しようとする気持ちとほとんど同じ気持ちで仲間の苦しみを解消してあげたいという気持ちになったことでしょう。自分が利益を得ても、それによって仲間が不利益となるのであれば、仲間が苦しむのであれば、そのような行動をしなかったはずです。他方、仲間を助けることは、自分のこととして喜びを感じたのでしょう。

狩猟採集時代の共感モジュールの合理性
  今から200万年前、動物を狩ったり食物を採取したりした時代、共感モジュールは極めて合理的でした。
・ 自分たちの利益を目的とする、仲間の困りごとは自分の困りごとと区別できずに解決しようとする。
  厳しい自然環境と貧弱な蓄積システムにおいては、強い者が食料という富を独り占めしていたのでは、弱いものから順に死んでいったことでしょう。群れの誰かが肉食獣に襲われても助けなければ、脂肪をため込んだヒトの体は肉食獣の食糧庫となり、真っ先に好物のとして死滅するまで襲われ続けたでしょう。ヒトはあっという間に死滅していたはずです。自分が反撃を受けることを考えないで、誰かが襲われれば、咄嗟に怒り狂って反撃行動に出たことと思います(袋叩き反撃仮説)。
・ 弱い者を守るということは、自分では何もすることができない状態が続く赤ん坊と、出産に体力を使い果たす母体を守るためにはとても都合の良いことです。人間とサルの決定的な違いは、人間は母親以外も子育てに参加するところにあると言われています。2歳くらいになると子どもも、母親以外の大人に共感を覚えるそうです。母親しか子育てをしないサルは母親以外に共感を示しません。母親以外に共感を示すことは人間の性質であり、ヒトが子どもを母親だけでなく群れが育ててきたことの裏付けになると思います。
飢えにしても肉食獣からの襲撃にしても赤ん坊や病人、運動機能の劣るものから命を落としていくことになるでしょう。これを群れで支えることはメリットがあります。最大の利益は、群れの頭数を減らさないということです。動物を狩ることはできなくても、食物を採取することはできるならそれは飢えを回避する強力な貢献ができます。最終的には、暖房のない時代ですから人ひとり分の体温で群れの仲間を温めるという貢献も今とは比べられないくらい大きなものだったはずです。
さらには、群れの仲間の中にいれば安心だというメンタルに対する貢献も計り知れないものだったと思います。仲間が大切にされるならば自分も大切にされるはずだという相互作用が仲間とともに生きるという原動力だったことでしょう。
  このように考えても、誰かが自分の利益のために仲間に隠して食物を摂り続けるということはなかったはずです。自分の食欲が満ちることと仲間が腹を空かせていることを見れば、深刻な罪悪感を感じたと思うのです。その前に、仲間に食べさせたい、弱い者に食べさせたいという気持ちの方が強くあるために、自分だけが得をしようというフリーライダーは現れなかったと思います。あるいは、そういうフリーライターの資質を持つ個体は子ども時代という猶予期間の中で淘汰されたのでしょう。
また、対人関係的危険の意識は、群れから追放されないために、自ら行動を修正する契機になったということなのでしょう。
200万年前は、基本的には一つの群れで過ごしましたし、群れ以外の人間とは基本的には出会わないのですから、人間は群れだと考えても不都合はなかったはずです。およそ人間に対しては共感モジュールを働かせてしまっても特に不利益はなかったと思います。ところが、例えば食糧難で他の群れを襲うような場面があった場合は、見ず知らずの人間が見ず知らずの風貌で襲ってくるので、仲間という感覚を持ちにくく、どちらかと言えば同じ人間というよりも肉食獣と同様に容赦のない攻撃の対象としか見なかったと思います。これとは異なり、連携をしている群れ等の場合は、相互に共感モジュールが発動しますので、相互に攻撃対象とはならなかったものと想像しています。

3 現代社会に共感モジュールは引き継がれた

 共感モジュールが作動したため、道徳が存在しなくても、群れは作れたのです。しかし、今度は逆に、そのような共感モジュールは、現代ではどうなってしまったのかということが疑問になることでしょう。そのような共感モジュールを持った人間がどうして、いじめやパワハラ、虐待あるいは戦争を行うのでしょう。ヒトの心は変貌してしまったのでしょうか。
 この点、ヒトの心はいぜんとして共感モジュールを持ち続けているというのが私の主張です。
 その裏付けの一つは、自分が共感モジュールの対象となっていないことを知ると、危機感を感じてしまうということです。その結果、極端な場合は精神疾患を発症し、自死に至ることもあります。共感モジュールの対象になっていないということは仲間として扱われていないということです。パワハラを受けた労働者やいじめを受けた子どもが傷つくのは共感モジュールを持ち続けている証拠になると思います。
 別の観点からすると道徳や宗教の存在が共感モジュールを裏付けていると考えています。人間は、道徳の全容等の勉強をしなくても、なんとなく何が正しいかゆっくり落ち着いて考えると理解できます。特に法律を知らなくても、他人のものを盗みませんし、他人をいたずらに傷つけることはありません。また、正しいことを、困難を打ち破って人が努力して行ったということを聞いた場合や、人と人が助け合っている姿を見て感動を覚えることがあると思います。これらの心が存在するのは、共感モジュールに照らし合わせ、あるいは、共感モジュールが作動して心が動くのだと思います。

4 なぜ、ヒトは他人を傷つけることができるか

それでは共感モジュールを備えている現代の人間が、他人を傷つけたり、わが子を殺したりできるのは、どういう仕組みなのか共感モジュールは作動しないのか、本当に現代でも引き継がれているのかということが疑問となることだと思います。
この点、一言でいえば、ヒトのこころを取り巻く環境が変わったため、共感モジュールが存在するけれど歪みが生じていて、オリジナルの形での発動ができない状態となっていると考えています。変化した環境の中でも、群れの複数帰属、群れの多源性、群れの希薄性、群れの相対性が大きな環境の変化だと考えています。もう一つ大事な環境の変化は、ヒトが出会う他人の人数です。

ⅰ 一つの群れの利益は必ずしも別の所属する群れの利益にならない

 群れが複数あると、一つの群れの利益と他方の群れの損失とセットになっていることがあります。例えば水利の問題があります。限られた水量(例えば100)を用いて農業を行う場合、Aという群れが80の水量を使い通常通りの収穫量をあげようとすると、Bという群れは20しか水量を使うことができず、大打撃を受けることになります。Aの構成員は、自分たちの群れの弱い病人やけが人、赤ん坊や妊産婦のために食料を確保したいと思いますし、飢えて苦しむ仲間の表情を想像して何とかしなければならないと頑張るわけです。
 Aという群れの構成員にとって、自分たちの仲間に対してはこのように共感モジュールが強く働きますが、Bという群れの構成員と親しくない場合は、Bの構成員の不利益は限りなく抽象的な話になってしまい、共感モジュールが湧きにくくなります。だから、他の群れの利益を害しても、自分の群れの利益を図ろうとすることができるのです。
 逆にAの群れとBの群れの構成員が相互に交流がある場合は、Bの構成員の苦境も容易に想像することができますから、他者の損害を気にかけないで自己の利益を図るということが相対的には難しくなるわけです。
 群れが複数あり、相互の交流が希薄である場合、ヒトはヒトと敵対することができるようになるわけです。
 Bという群れが、Aという群れの水利に関する一方的な利用に対して、群れを守るためにA群れに対して攻撃を仕掛けてくると、Aという群れにとってBという群れは、はっきりと利害対立をする敵となりますから、怒りに対して怒りの感情が大きくなり、怒りが持続している間は、相手に対する共感モジュールが一切遮断する事態も生まれます。

ⅱ 複数の群れの存在と競争の意識

 一つの群れの中では、平等取り扱いが貫かれていることはそれほど困難ではないでしょう。ところが、群れ相互の間では、格差が生じることが起こりうることです。群れを超えて平等を図ろうとすることは起こりにくいでしょう。例えば食料を他の群れに分けるということは迅速に行われる保証はなかったはずです。但し、技術の交流はありうることだと思います。模倣や指導という形ではあったと思います。それまで生きることが目標であったのに、他の群れの情報が入ってくるようになると、他の群れと同じレベルでの生活ということが意識されるようになるかもしれません。自分の群れの構成員に対しての要求度が上がってくる可能性があるように思います。

ⅲ 群れの構成員相互の希薄化

 複数の群れが交流を始めると、群れの外のヒトとの結びつきが強くなり、群れの絶対性が薄れていくことになったでしょう。いざとなれば、他の群れに移籍するという選択肢が生まれたわけです。繁殖行動の中に群れの移籍が起きるきっかけがあったかもしれません。感情的には、自分の群れではなく、他の群れに共感モジュールを作動させることがあったでしょう。そうすると、他の構成員は、自分に対する共感モジュールが希薄になったという感覚、疎外の感覚が芽生えたかもしれません。群れの構成員から自分を守る必要性、他の群れの構成員から自分を守る必要性を感じることの芽生えや疑心暗鬼というものが生まれ始めたかもしれません。

ⅳ 絶対数による希薄化

 ロビンダンバーのダンバー数は、大脳皮質の大きさが霊長類の個体識別の数の大きさと関連があるという学説です。ヒトの場合は50人から200人くらいの人間は個体識別が可能だということらしいです。
 群れの数が数十人であれば、個体識別をして共感モジュールを発動する能力に不足はありません。あるいは数個の群れが緩やかな上部組織を形成していても個体識別が可能で、共感モジュールを発揮させて調和的な生活が可能だったかもしれません。
 しかし、農業の発明により、人口が爆発的に増えてしまうと、関わり合いのある人間の人数が飛躍的に増えてしまいます。おそらく群れ自体が100名かそれを超える集落となり、集落相互間にも交流があったとすれば、人間の能力を超えた人間との交流が不可避になって行ったかもしれません。
 そうすると人間の脳は、多くの人たちに平等の気配りをすることができなくなってしまうのでしょう。限界を超えるということですね。何らかの特別なつながりを求めて、血縁を中心とした家族が生まれてきたのかもしれません。群れの中に家族という異質の群れが形成され始めてきたのでしょう。
 徐々に群れの中に、自分に近い人たちと自分から遠い人たちという、親密度の違いが生まれてきたことでしょう。一人一人による結果の平等から、付き合いやすい、わがままが効く人間関係が形成されていったことだと思います。
 自分が共感モジュールの対象と認識していた人からぞんざいに扱われ、防衛意識が高まる出来事が増えていったと思います。
 ちなみに、出会う人間関係が増大してしまうと、その人を他のヒトと完全に区別した個別のヒトという認識が怪しくなります。つまり、こういう人、ああいう人という過去に交流のあった人たちをグループ分けをして、それに当てはめようとするようになるでしょう。それは無意識に行われているようです。過去に攻撃された人とどこかが似ているだけで、不吉な人間だと感じる防衛意識が生まれるようになったのもこのころからでしょう。現代でも「なんとなく気に食わないやつ、相性が合わないやつ」というくくりで存続しています。類型化という表現をしましたが、それは抽象化という表現でも説明できるかもしれません

ⅵ 敵と味方の存在

 人間関係が希薄化されると、「自分たち」の利益を追求することから解放され、「自分の利益」を観念できるようになります。群れが複数あり、また、出会う人間の数が多すぎると「自分たちの」利益を考えるときりがなくなってしまうからです。それでも、自分の身の回りの者については、単純接触効果により共感モジュールが作動しやすい状態になりますので、仲間が特別な存在になります。そのため、人間関係の中で、自分、仲間、仲間ではない人間、自分の利益を損ねる敵としての人間という種類が出現することになります。これは、それ以前の仲間と自分の区別がつかない濃密な群れの人間関係ではなかった分類です。
敵とみなした人間とは闘うことができる、つまり自分を守るために攻撃することができるようになったのでしょう。また、共感モジュールがあるために、自分の仲間を守るために、仲間の敵を怒りをもって攻撃するということもできるようになったのだと思います。
人間関係の希薄さによって、ヒトはヒトを攻撃できるようになったのです。

5 道徳の必要性と可能性

私は、文字を用いた言葉が生まれたのは、この農業革命によって、人間関係が希薄化し、利害対立が起き、抽象的な概念が成立したころなのだろうと思っています。このことはいずれまた考えましょう。

共感モジュールが作動しにくくなる時期と同時期に抽象的な思考ができるようになり、道徳が形成されていったと考えます。

つまり、道徳は人間関係の希薄の中で、人間同士の対立を理性的に食い止めるための道具だったというのが私の立場です。道徳が形成された背景としては代替性が無い人間関係の密接な群れが崩壊し、共感モジュールの発動がむしろ他の構成員への攻撃や迫害、利益を得られないことによる苦しさ等の無視につながるようになったという事情があったことになります。道徳がない状態では、共感モジュールは他者を傷つける原因とさえなったのでしょう。共感モジュールを抱きながらも、他の群れや能力を超えた多人数の他者と共存する方法が道徳ということだったのでしょう。

このまま弱肉強食の世界にならなかったことが人間の救いでした。どうして弱肉強食にならなかったのでしょう。根本的には共感モジュールの存在だと思います。
利害が対立して相手を攻撃する場合、あるいは自分を守るために相手を攻撃する場合、攻撃中は怒りのモードになりますから、思考的な制約を受け、複雑な思考ができなくなる、二者択一的になる、思考の修正ができにくくなるということで、危険が消滅するまで相手を攻撃し続けることができます。この時相手は仲間ではなく、人間ですらない、敵としてしか把握できませんから、容赦はありません。
ところが、戦いが終わって、例えば相手が無残な死体となった場合、あるいは落ちぶれて廃人になった場合、あるいは肉食獣の跋扈する荒野に放逐されてしまった場合、怒りモードが消えていますから、つい共感をしてしまうことになります。自分が死体になる場合の無念、廃人の疎外感、独りぼっちにされる恐怖、絶望感を追体験してしまうわけです。相手も人間ですし、既にこちらに害をなさない状態になっていますから、共感が起きやすくなるわけです。ところが相手には仲間として再び尊重されるチャンスがないということが現実として突き付けられます。絶望を共有してしまうことになります。これは人間にとってすさまじい打撃になるようです。これを回避する心理的メカニズムも多数準備され、私たちは無意識に絶望を回避しようとしています。
このような絶望回避の集団的システムとして、争いを激化させない方法、争いを予防し、心の平穏を確保する方法が道徳だったのだと思います。
道徳は、誰かが決めるものではなく、人々が容易に理解が出来て、かつ、従おうという気持ちになるものでなければなりません。人々が抱いていた共感モジュールがその基盤になっていたと思います。本来、共感モジュールが働かないかもしれない希薄な人間関係においても、その人と仲間であったらどのように対応したのかというフィクションを挟んで、道徳が形成されていったのでしょう。そうして、共感モジュールの作動の結果である仲間を尊重し、尊重されることの喜びを、人間関係の希薄な人との間でも形成することができたのでしょう。
道徳は、群れ相互の関係も定めたのでしょう。群れと群れの間にも道徳に従って調整するということであれば、自然には作動しない共感モジュールも理性で発動させていたのでしょう。「こうしたい」という行動原理から、「こうするべきだ」という行動原理の導入ということになると思います。
このため、何が道徳なのか、道徳的にはどう判断するべきなのかということについて、高度な文明がなくてもある程度は人々は判断することができたのだと思います。

6 現代社会

今から200万年前からの人間関係が極めて濃密だった狩猟採集時代は、仲間と自分の区別がつかないといえるほどヒトは群れと一体の存在でした。今から1万年から2万年前の農業革命によって、ヒトは群れの多元化と交流する人数が能力を超えたところから、人間関係の希薄が起きました。もはや共感モジュールでは解決ができず、逆に紛争が激化する事態になり、ヒトが一つの群れの仲間だったらどうするべきかという観点から調整のための道具として道徳が生まれました。
その後今から数百年前に産業革命が起き、最近はIT革命やグローバル化の時代になりました。人間関係はますます希薄になり、かかわる人数は数えることすら難しい莫大な人数になりました。もはや共感モジュールを基盤とした素朴な道徳では調整しきれていない状態なのかもしれません。それにもかかわらず、ヒトは、共感モジュールを作動し続けています。それは、他者の幸福に貢献することが見返りがなくても生きる喜びになるという形での発動の仕方ではなく、自分に共感モジュールが向けられていないという疎外感を与える形、危機感や不安感を与える形で作動していることが多くなったのではないでしょうか。
今後の人類がどのような文化を作出していくかが大変興味深いところです。いずれにしても、誰かが苦しむことを放置することは利益を得た者も苦しみになるでしょうし、それでも苦しまない者が文化を支配するのであれば、人類は早晩滅びることになるでしょう。これまで道徳は、一定程度の文化的共通要素を強く持つ者の中で生まれ、よりよく守られてきました。しかし、産業や文化のグローバル化はもっと大きな利益を目指し、もっと大きな人類の共通項に基づいた道徳規範を確立する必要があるのだと思います。それには人間の共存という価値観を共有し、人類普遍の原理に対する探求の持続による理性的かつ創造的な思考作業が必要になるのでしょう。

道徳がいつ生まれたのか、どうして生まれたのか、どうしてそれを道徳的だとわかるのか、現代社会はどうして不道徳なことばかりが起きるのか、人間の本質とは何なのかということを考えています。


正義という言葉には用心しよう

正義を肯定的に語ることは金輪際やめよう

正義を肯定的に語ることは金輪際やめよう

「正義」とは何かと質問されて
「正しいこと」以外の答えはあるのだろうか。
正義の一番の特徴は概念が曖昧であるということ。
少なくても、万人が同じものを正義と言わない可能性がある。

ヒトによって、立場によって
正義と悪で意見が分かれることはしょっちゅうある。

正義ということで弱い者を守るという意味であれば、
正義を実現しようと言わないで
弱い者を守ろうといえばよい。
何も曖昧な正義のためにという必要はない。

正義ということで公平公正を貫くというならば
それもそういえばよいはずだ。
会社にとっての正義と労働者を公平に扱う
ということが必ずしも一緒ではない。

正義は利用される。
戦争では子どもたちや女性を中心に人が死ぬ。
戦争は大抵正義のために行われるといって始まる。

正義は、思考を奪う。
正義が踏みにじられているというと
ヒトは簡単に怒り、
「悪」と戦おうとする。
それは本当に正義なのだろうか、悪なのだろうか
ということを落ち着いて考えることができなくなる。
その結果、他国が悪で自国の正義を守ろうという挑発に
簡単に乗っかってしまう。

正義という概念が曖昧なことが
何も考えないで行動だけをする怒りモードを助長させる。

正義は仲間を攻撃する時にも使われる。
何が悪なのかは時代によって変わる。
現代は、精密な作業、緊張の持続がなければ
こなしきれないほどの課題が与えられる。
鉄のハートを持たない人間は、
どうしても休みたくなる。
それは正義ではないと非難される。

「今日は勘弁してください」ということは
正義の名において許されない。
正義は、ヒトを厳しくさせる。
可愛そうだから勘弁しようかということも
正義の名において許されない。

正義を語る人は
たいてい鬼の形相をしている。
しかし冷静に評価すると
子どもじみている。
大人のくせに子どもじみているから
困ったものだ。

曖昧な正義という言葉は
金輪際肯定的には使わないことにしよう。
これも正義か。

私のブログから↓

正義を脱ぎ捨て人にやさしくなろう


 

国や県の人権啓発活動を担当しています。人権という言葉を説明することがよくあります。人権という言葉はわかりにくくて、何が人権で何が人権侵害かということを知識がなければ分からないという印象を持たれてしまうことが、人権啓発にとって、足かせになっている印象を受けます。人権を略さず、人間の権利というと少し見えてきます。しかし、人間の権利と言われても、何が人間の権利なのか実感としてまだわかりにくいですよね。この「権利」は、Rightsの訳語です。これを権利と訳するから、何か国家等によって承認されたものというイメージがあり、知識が必要だとやはり考えてしまうのかもしれません。私は権利と訳さず、道理と訳すと少しわかりやすくなると考えています。人権とは人間の道理、つまり、人間としてあるべき状態、人間だったらこう扱われるべきだということが人権ということだと考えると、少しわかりやすくなるのだと思います。人間とは何ぞや、これが残されたテーマとなり、まさに対人関係学なのだと思います。

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対人関係学的人権解釈総論 権利が生まれる時

対人関係学的人権解釈総論 権利が生まれる時

人権という言葉は説明が難しいです。
人間が生まれながらに持っている固有の権利
なんていう特徴をもって定義にしているのですから、
分かりませんと言われればおしまいです。

特に子どもたちに説明したことにはなりません。

私が人権教室などで人権について説明する場合は、
「人間が長い時間をかけて作ってきた
 共同生活をするための工夫で
 それが認められないと生きていくことが苦しくなること」
という説明を最近はしています。

共同生活をするための工夫とは
それこそ200万年前の一つの群れで一生を終えていた時代は、
人権なんてものがなくても
共感モジュールがあれば
お互いを配慮して、楽しく生活することができた
という風に考えています。
相手の嫌がることをしない、してほしいことをする
という黄金律が実践されていたと思うのです。

ところが、農業をするようになり
かかわる人間の数が能力を超えて大きくなり、
あちらを立てればこちらが立たないという事態になり、
一人に対する共感や思いやりが
別の人に対する攻撃になってしまう
ということが生まれるようになってしまいました。

人間関係の希薄化によって
自分の利益を図るために
他人を食い物にすることができる人も出てきました。

弱肉強食の世の中になりそうなのですが、
そうなってしまうと紛争が収拾つかなくなり
皆が共倒れになりかねないために
最低限のルールを作り、
それは誰がどんな時でも誰にでも守らなければならず
まもられなければ
最高責任者である国家が強制的に守らせる
そういう工夫をする必要があって工夫をした
それが人権というどんな時も誰にでも
守り抜く対象を定めたといえるのだと思います。

この権利ですが、
多くの人たちが、なるほどそれが保障されなければ
生きていくことが苦しくなると認めなければ成り立ちません。
人間は、他者に対して共感を抱いてしまいます。
共感というのは、ああそうだね、賛成だねという
その人の意見に対する産生を意味するだけではなく、
その人が喜んでいたら、自分もうれしくなってしまうとか
その人が苦しくなっていたら、自分も苦しくなるというように
相手の立場を理解して感情を追体験することです。

だから、不合理なことを強制されている人を見れば、
自分も苦しくなるので、
その人を助けて自分も苦しさから解放されたい
そういう風に思うものです。

だから、他人の人権を保障することは
その人の苦しみを追体験できる人間全体の利益になるわけです。
もちろんいずれ自分も同じように人権侵害を受けないための
防波堤にもなります。

だけど
人権侵害がなされていることが分からなければ、
つまり他人の苦しみが知られていなければ
それが人権だと多数が気づくことはありません。
人権が生まれる時は、
自分の苦しみを多数に知らしめなければならないのです。
苦しんでいる人が助けを借りて
苦しみを主張することから権利が生まれます。

所有権の不可侵、法律行為の自由、人格の平等など
市民的自由権は、
教会や王政の恣意的な侵害から
新興の商業者らが、自分たちの苦しみを主張した
市民革命を経て絶対的権利となりました。

労働者が労働組合を作り
ストライキをすることが権利と認められたときも、
何度も弾圧されながら労働運動が繰り返されました。
特に、ストライキなどは
はじめは強盗や恐喝の一種として、あるいは
国家秩序を転覆するものとして
犯罪とされ、死刑まで課せられながらも
最終的には権利として認められました。

これは自分たちのやり方が正しいという確信
これが全体の利益につながるという確信が
表面的な禁止を打ち破り権利に結実したのです。
正当性の意識とか規範意識というような言葉で
表現されています。

過労死も労働災害と認められていますが、
昭和の時代の無権利状態の中
裁判をやっても認められなかったけれど
遺族が
自分の家族は働きすぎて死んだのだという確信を持ち
これを医師や弁護士を動かし、
マスコミを通じて世論となり、
最後は厚生労働省以外の役所も
労働災害と認めるべきだという主張を始める中で
過労死が労働災害として認められました。

まさに権利が生まれる時の条件が
整って生まれた見本のような成果です。

現在自死遺族の差別偏見を訴える
遺族たちが頑張っています。
ご自分たちの苦しみを伝えることが
自死予防を通じて国民全体の幸せに通じる
そういう活動をしながら
自死遺族の権利が考えられようとしているところです。
一つ権利が生まれる場面に立ち会えるような
そんな思いで見つめています。

もう一つは、
DVもないのに、子どもを連れ去れて
どこにいるか安否も分からずただ養育費を支払わなければならない父親
精神疾患だと言いがかりをつけて家を追い出されて
子どもと連絡を取ることも拒否されているお母さんがたが
その苦しみを社会に訴えています。

取り締まりや親子分離の政策に
待ったをかける運動が始まっています。
ここでも、ご自分の苦境を訴えるとともに
親から分離された子どもの権利を強く主張していきながら
子どもの健全な成長を図るという観点から
子どもの権利として
国民の関心を寄せることに成功されれば
また新たな権利が生まれることになるでしょう。

対人関係学は、
人の苦しみから目を背けず、
その原因を探究し、対策を作り出す
そういう学問であり続けたいと思っています。

対人関係学は自治体や国の人権啓発活動のツールとして活用されて、発展してきました。自死遺族の権利、親から引き離されない子どもの権利も、新しい権利として認められるよう応援する内容となっています。

弁解する権利 憲法31条、13条

弁解する権利 憲法31条、13条

憲法31条は、刑事事件における適正手続きを保障している。
色々な権利を含むが、
中核的な権利は弁解をする権利である。
これを単純に、えん罪を防ぐための権利だと
考えている法律関係者もいる。

もちろん冤罪を防ぐ重要なツールではあるが、
弁解をすること自体が人権なのだと考えなければならない。

刑事事件は、有罪になれば
自由を拘束されての強制労働をさせられるという懲役刑や
罰金の支払い義務が生じる罰金刑がある。
これらの刑そのものの不利益とともに
犯罪者と認定されたことによる、
社会評価が著しく低下するという
大きな不利益を受けなければならない。

刑事手続においては憲法31条が弁解権を保障し、
刑事手続き以外においては
国家や自治体との関係では
31条あるいは31条と13条などで保障されている
と考えられている。

なぜ、弁解の権利が人権なのか
それは、弁解がゆるされないままで、
一方的に不利益を与えられるということが
人間にとって著しい苦痛だからだということである。

弁解をしなくても
裁判所や行政が正しく当事者の行為を評価していても、
やはり弁解をさせることが必要だ。

刑罰だ行政処分だというとピンと来ないかもしれないが、
陰口をたたかれて、自分に対して嘘の評価をされて
知らない人から批判されたということはないだろうか。
多数派嘘を面白がって自分を批判する。
あるいは自分がしたことはしたことだが、
相手がそれを悪く受け取ってしまい、
誰かに助けてほしいと訴える。
誰かは、相手に寄り添い、誤解を真に受けて
相手を助けるという正義感に基づいて
こちらを批判し攻撃し、
場合によっては、いじめが完成していくこともある。

相手は感じたままを言い、
誰かはそれを真に受け
そしてそれが多数に広まっていく

弁解を聞いてもらえないということは
一種のいじめなのである。
つまり、
仲間として尊重されていないと感じるポイントである。
そして、相手が多くなり、大きくなれば
絶望が深まっていく。

人間の心理に大きな圧迫を与えてしまいます。
弁解ができないまま否定評価を受けることは
その対人関係の中で、
苦しすぎる状態になってしまいます。

弁解した結果、
誰も共感してくれないこともあるでしょう。
しかし、
弁解ができなければ
当事者は共感を受けるチャンスすらないと感じるでしょう。

すなわち絶望が生まれます。

私たちは、
大事な人、家族や恋人に対してさえ
しばしば弁解を聞かないまま
疑いを抱いたり、攻撃的な感情になったりします。

それが誤解であろうと正当な評価であろうと
それは仲間として扱っていないということですし、
自分が攻撃されていると感じる場合であっても
相手に強い葛藤を与えることになる
ということを頭に入れておいてください。

一風変わった憲法論を展開しております。国家との関係を外しても人権を考えていけると考えています。啓発としての人権、家庭の中の人権という仕事に長年携わってきたことの影響でしょう。

表現の自由 憲法21条 自分のことは自分で決める。

表現の自由 憲法21条 自分のことは自分で決める。

表現の自由というと、映画や絵画、小説などが念頭に浮かぶかもしれません。
それはそれで正しいのですが、
現代では表現の自由は、表現者の権利だけでなく
表現受け取る側の知る権利、コミュニケーションの自由など
幅広い概念として考えられています。

保障対象となる中核の表現活動は
政治的な表現です。
これは、自分たちのことは自分たちが決める
という原理からきています。

自分のことを自分で決めるというのは
生き物として当然のことです。
この欲求がないのは
赤ん坊くらいです。
赤ん坊は自分のことを自分で決めることができず
親等の大人にすべてを依存しています。

自分で歩けるようになれば
どこどこに行きたいとか
ここから離れたくないとか
おもちゃ売り場でいうようになるわけです。

幼稚園に行けば
親から指図されたくなくなり
自分が遊びたいことを遊びたい友達と決めたくなります。

思春期になれば
異性のことで親に何か言われるのは
激しい怒りが伴うくらい拒否的になるわけです。

大人になるということは
自分のことを自分で決められるようになる
ということかもしれません。

これが逆に、
自分のことを自分で決められないというのはどういうことでしょう。
典型的なことは、対人関係の中で
「お前は黙ってろ」といわれることです。
何か意見を言おうとすると無視されることも苦痛です。
発言を許されないことは、
仲間として認められていないということです。

同時に、
他の人たちにはいろいろ情報が与えられ
選択肢も多いのに
自分には大切なことも告げられない
その結果失敗して笑われる。
一人だけ損をさせられる。
これは強烈な心理的圧迫になります。

一人だけ仲間外れにすることは
差別ということにもつながりますが、
このように情報交流で差別されることは
大変な苦痛になります。

面倒くさくても
なんとなく気に食わなくても
仲間という立場の人に対しては
発言を許し、
情報を隠すことをしてはだめだ
ということになります。

こうやって考えると、憲法上の人権は国家との関係が中心ですが、できれば私人間でも人権が貫かれることが望ましいということになるような気がしてきました。

 

差別を受けない権利 人権とは人間として当たり前の状態ということ 憲法14条 1 「人権」とは人間のあるべき状態という意味と「人権感覚」の意味 2 人間とは何かのてがかり 3 200万年前に成立した人間の心 4 現代に残る200万年前の心 5 差別の意味 6 差別という人権侵害の深刻さといじめ

差別を受けない権利 人権とは人間として当たり前の状態ということ 憲法14条

1 「人権」とは人間のあるべき状態という意味と「人権感覚」の意味

「人権」とは何かということで、あちこちでお話しすることがあるのですが、なかなか興味自体を持てないという方が多いように思います。人権という言葉が難しいのです。文字も角張っていて画数も多いです。これをすこしひらたくして、「人間の権利」としても、すぐさまぴんとはきません。どうやら、「権利」という言葉が難しいようです。
こういったことが原因で、人権とは、何が人権か一生懸命に覚えなければならないのかとか弁護士や裁判所、せいぜいお役所の中で流通する言葉なのだろうというイメージが持たれてしまうのだと思います。
では、権利とは何か。大学では、国家概念を前提としてこれを習います。どうもここが、他国と日本の権利意識の違い、ひいては人権感覚の違いの問題の出発点のようです。
例えば、「権利」という言葉の元となった英語のRIGHTSは、通常は正義、筋道、正当という語感で使われるようです。日本語に直すと「理」という言葉が一番ふさわしいように思われます。この「理」をもう少しなじみやすい言葉にすると「道理」という言葉に置き換えることができるでしょう。そうすると人間の権利とは、人間の道理となり、言葉を整えると、「人間のあるべき状態」という意味になるはずです。
そうすると、例えば「それは人権侵害だ」という場合は、「それは人間のあるべき状態が妨げられている」という意味になるわけです。どうでしょう、少しわかりやすくなったのではないでしょうか。ある出来事が人権侵害だと感じることはなかなか難しくても、「それは人間があるべき状態とは言えないだろう」という方が言いやすいように思います。考えてみようという気持になるのではないでしょうか。人間として当然の扱いがこうだという感覚を持っていれば、人権についての法律の教科書や裁判例などを知らなくても、自信を持って言えるからです。
ただ、人権が人間としてあるべき状態だという場合は、人間としてあるべき状態とは何だろうという問題が残ります。人によって、何が「人間としてあるべき状態か」と考える内容には違いもありそうです。結局、その人の人間についての感覚によって、人権についての意識がずいぶん変わることになるのでしょう。これがいわゆる「人権感覚」というものだと思います。だから、人権感覚を磨くとは、人間とは何かということを考えるということになりそうです。

2 人間とは何かのてがかり

人権感覚、あるいは人権の意味は、人によって千差万別であると困ります。ある程度の共通理解が必要でしょう。このため、専門家の方々は日本国憲法や国連の人権規約などの学習をして、自分の人間のあるべき姿についてのイメージを補正する必要があるでしょう。また、人間としてのあるべき姿を踏みにじられていると主張する人たちの声に向き合うことも必要となります。
ただ、一般的に人間とは何かということを学ぶことも大切だと思います。人間とは何かという柱のようなものを各自がしっかりと持っていることによって、声の大きさや様々な利益によって左右されない人権感覚を持つことができるようになると思います。
この人間とは何かということについての研究に対するアプローチも、様々なものがあって良いと思います。多角的に考えることが有益だからです。対人関係学もその一つです。人類史、社会学なども有益でしょう。私は、この点については、認知心理学、進化生物学が、リアルな人間とは何かに向き合っている科学ではないかと感じています。ノーベル賞受賞者を輩出する等世界的に認知され、注目されている学問であること、比較的わかりやすい文献が増えているということもあり、お勧めできるという事情もあります。

3 200万年前に成立した人間の心

認知心理学は、人間の心を探求する学問ですが、人間の心がいつ生まれたのかについては、おおむね一致を見ています。それは、約200万年前、人間が狩猟採集をして生活をしていた時代だそうです。狩猟採集時代は今から約1万年前の人間が農業を開始した時期まで続きます。圧倒的に長い時代に環境に適応し続けたということになるでしょう。
当時の生活と形成された心についての詳細はこのホームページの対人関係学の概論のページをご参照ください。キーワードは、生まれてから死ぬまで一つの群れで生活していたため、群れから離れた独立した自分という意識がなかったのではないかというところにあります。
さて、そこで成立した心は、
<共感モジュール>他人と自分の区別がつかない。そのために、仲間が苦しくなれば自分も苦しくなり、自分の苦しさを解消するために仲間の苦しみの解消を援助した。
<弱者保護モジュール>特に弱い仲間を大切にするという傾向があって、抜け駆けするよりも、仲間を優先しようとした。
<袋叩き反撃モジュール>誰かが野獣などに襲われていたところを見ると、自分が襲われている以上に強い怒りを持って、次々に反撃に加わっていった。
この心の性質は、とても都合よいものです。狩猟採集という不確実な食糧事情、文明以前の自然的に生活が左右されていた環境、肉食獣が存在するにもかかわらず逃げる能力も、個体として戦う能力もない人間が生き延びるためには、群れを作って生活しなければなりませんでした。しかし、当時は、字も言葉もありませんでした。約束事などできるわけではありません。そうだとすると、感情のまま行動することによって、群れを作らなければなりません。ヒトのこころが、今述べた、共感モジュール、弱者保護モジュール、袋叩き反撃モジュールという性質が備わっているとすれば、その当時の環境に適合する都合のよい性質だったということになります。どうしてそんなに都合のよい性質を持つことができたかということ、それは単純なことです。こういう性質を有していた一群だけが環境に適応し、子孫を残すことができたということになり、こういう性質を持たない一群は死滅したというだけのことです。こうやって、人間の心を特徴づけるものが形成されたとこういうわけです。

4 現代に残る200万年前の心

このため、人間の心は、今でも、自分の人間関係の中で、自分が他人から、取り換えのきかないかけがえのない仲間として扱われたいと願っています。自分が仲間からどうでもよい人間として扱われてしまうと、暴力的な攻撃を受けなくても辛い気持ちになります。暴力的な攻撃は、この辛さをますます大きくするという関係にあるというべきでしょう。暴力を受けるということはどうでもよい人間だと評価されていることの具体的な表れだからです。
だから、その反対に、健康を気遣われるとうれしいですし、失敗や不十分なところがあっても、責めない、批判しない、迷惑がらないという仲間の態度は大変心地よいものです。その反対の態度を取られると、心に不具合が起きるだけでなく、体の健康面でも不具合が生じてしまいます。
ところが、私たちを取り巻く人間関係は、私たちを必ずしも大切な仲間として扱ってくれません。どの人間関係ひとつとっても、必ず死ぬまで一緒の仲間だという確信を持てる仲間はないようです。また、いろいろなグループに属していますので、どちらを大切にするかという問題が常に発生し続けます。別の仲間との関係で、こちらでは狡猾に行動しようなどということもあるわけです。さらには、人間が個体識別できる人数をはるかに超えた人たちとかかわりながら生きているということもあり、みんながみんなを大切にしようとしても、意外なところで損をしたり、害を被ったりする人が出ていたりするものです。
200万年前に作られた私たちの心は現代の環境にうまく適応しきれていないようです。このミスマッチが私たちの紛争や社会病理の根幹にあると思っています。

5 差別の意味

差別は、このような人間の心、人類として受け継がれてきた心を直接傷つけるものであることは理解しやすいと思います。
自分だけ食料の分け前を与えられないということは、「自分がそれで空腹になり、苦しい思いをすることはわかるはずだ。それにもかかわらず、自分には分け前を与えない。「自分が苦しむこと」で、仲間は苦しくならない。自分は共感されない。自分は仲間として認められていない。自分はいつ群れから追放されてもおかしくない。少し理屈っぽく言うと、こういうことになると思います。これでは、対人関係的危機感が強烈に発動されるでしょう。
食料が、情報だったり、サービスなどの待遇だったり、評価だったり、許される権限だったり、現代社会ではバリエーションが生まれているように見えますが、基本的には200万年前の対人関係とそれほど違いがないのかもしれません。
対人関係的危機感の表れ方が、生命身体の危機感の表れ方と同じだとすれば、差別を受けることは、生命身体の危険と同じ意味を心に与えてしまうということになるでしょう。仲間として認められていたいという切実な心があるとすると、差別は、かなり深刻な生命身体の危険と同じ影響を人体に及ぼすというべきなのだと思います。

6 差別という人権侵害の深刻さといじめ

差別が心を直撃する苛烈な行為ですが、それが深刻な理由は、差別された方が修正不能なところにあります。例えば、風呂入っていなくてだらしないと言われれば風呂に入ればよいですし、穴の開いた靴下をはいていると言われれば継ぎをあてるとか、新しい靴下を買えばよいわけです。しかし、例えば国籍であったり、障害であったり、あるいは親の職業であったり、そういう場合は、それを変えることはできません。人間の心は差別をされたくありません。それにもかかわらず、差別されている方は差別の原因をなくすことができません。そうすると、対人関係的危機感が持続し、危機解消をしたいという要求だけがどんどん大きくなっていってしまいます。これは人間の心も体も消耗させてしまいます。解決方法がない状態の継続とは、猛獣の檻の中に入れられて、いつ猛獣がこちらを襲うかという感覚が、何日も継続しているようなものです。しかも脱出できない状態だということなのです。これでは人間の心を破壊してしまうでしょう。つまり、生きる意欲が失われてしまうのです。これにも二つの意味があって、人間として他の人間と調和して生きるという意欲が失われてしまうことと、動物として文字通り生きる意欲が失われてゆき、生きるための覚醒、食物摂取、行動等の活動ができなくなってゆきます。
いじめは、差別の局限的状態であるという側面があります。仲間が特定の人間を攻撃する、ほかの仲間はそれを傍観して消極的に肯定する、いじめられている人間は、仲間の中での絶対的孤立を感じてしまいます。生きる意欲を失うことに直結するわけです。
多くの若者が、いじめを受けて、精神を破綻し、自死をするだけでなく、統合失調症として精神科病棟に入退院を繰り返しています。

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