九州編

●日の宮 幣立神宮●

創建 悠久の太古(約一万五千年前からの起源がある)
旧社格
祭神  神漏岐命・神漏美命・大宇宙大和神・大御中主大神・天照大神
鎮座地 熊本県阿蘇郡蘇陽町大野698

 天神の大神が幣を投げられた時に、その幣がこの地に立ったため幣立と言うようになった。九州のヘソ・地球のヘソとも呼ばれ、神代時代の伊勢神宮であり、高天原神話の発祥の神宮である。悠久の太古、地球上で人類が生物の王座に就いた時、この人類が仲良くならないと宇宙全体にヒビが入ることになるのを天の神様がご心配になって、地球の中心・幣立神宮に火の玉に移ってご降臨になり、その場所に芽生えた万世一系のヒノキ(日の木・霊の木 一万五千年の命脈を持つ日本一の巨桧)にご降臨の神霊がお留まりになった。

 この神霊がカムロギ(神漏岐)・カムロミ(神漏美)の命という神様で、この二柱を祀ったのが日の宮・幣立神宮である。大祓祝詞の冒頭にある「高天原に神留ります皇親(スメラガムツ)カムロギ・カムロミのミコトもちて…」という言霊の聖地の根本神宮である。通称、高天原・日の宮と呼称し、筑紫の屋根の伝承がある。神殿に落ちる雨は東西の海に分水して地球を包むという、地球の分水嶺である。太古の神々(人類の大祖先)は、大自然の生命と調和する聖地としてここに集い、天地・万物の和合なす生命の源として、祈りの基を定められた。

 その他、配神として大和国六始神(天・地・風・水・火・雨)、神代七代、天神七代、世界各国祖神が祀られ、末社として左手に八幡宮と大野神社がある。右手には天児屋根命(アメノコヤネノミコト)が祀られているが、この神は天孫降臨や天の岩戸開きの時に祝詞を奏上する重要な神として登場し、おもに祝詞・言霊を司っている。大祓祝詞は天児屋根命によって生みだされたものとされる。

 この地では、その末裔が幣立神宮の宮司を務めている春木家だと言われ、境内左奥を下ったところに天児屋根命と共に祀られた春木家の歴代神官の霊碑がある。その霊碑の隣には、古事記の最初に登場する天御中主(アメノミナカヌシ)大神・高御産巣日(タカミムスビ)尊・神産巣日(カミムスビ)尊という造化三神の神稜がある。(写真左-この左側に天児屋根命・歴代神官の霊碑がある。)




 神社拝殿のすぐ右手に上記の天神木(巨檜)がある。この巨檜には天照大神の和御霊(にぎみたま)が鎮まっており、愛と平和と調和の使命をもって鎮座している(写真左)。この天神木は上部が枯れても、朽ちることなく根元から次々に新芽が出て生き続けているという。全国の神社の檜は、この一本の天神木から発生したと言われている。この天神木の頂は高千穂と呼ばれ千本の穂が球体をあらわすような姿であったが、’91年の台風19号でその部分がご神殿の屋根に落下し、屋根が吹き飛ばないようご神殿を守ったという。現在でもその落下した部分は天神木の高千穂として拝殿右手に祀られている(写真右)。

 春木宮司によると高千穂が落下したのは、現代社会への警告だそうだ。繁茂し重くなった天神木の頂点・高千穂は繁栄の限りを尽くす物質文明を象徴し、それが折れたことで「もっと足元を見よ。根本に立ち返れ。」というメッセージを示したという。12月に行なわれる巻天神祭は常に物事の根源に帰って出発しなさいという古代からの伝承を祭りとしているものである。この神社は屋久島の縄文杉に次ぐ樹齢をもつと云われる杉をはじめとする多くの巨木に囲まれている。




 探険隊がこの地を始めて訪れたのは、’93年5月でした。それからというもの奈良の天河神社へ行っては熊本の幣立神宮へと向かい、まるで陰陽のバランスをとるかのように二つの神社を交互に訪れているような感じです。どちらも強力なパワースポットとしてスピリチュアルな探求をしておられる方々の間では有名ですが、この幣立神宮の歴史は長い間、隠れ宮とされていたせいか神社辞典等には載っていません。最初に興味を持ったのは、ある書物でこの神社に<五色人のお面>と古代ユダヤの秘宝である<水の玉>があるということでした。五色人(ごしきじん・いろひと)というのは、地球全人類のルーツとなった黄人(日本・中国・モンゴル系)・赤人(ユダヤ・アメリカインディアン・アラビア・エジプト等)・青人(北欧系)・白人(ヨーロッパ系)・黒人(アフリカ・インド等)という五大人種の総称のことです。そして、それぞれの人種を象徴する五色人のお面をここに奉納したのは、彼らの祖神でその中の一つの面はモーゼの面だとも言われています。

 私達は学生時代に日本最古の歴史書は古事記だと教わり、初代天皇は神武天皇だと習いました。しかし、この日本には驚くべき内容の古文書がいくつかあり、その一つに竹内文書(たけのうちもんじょ)というものがあります。この古文書は茨城県の皇祖皇太神宮神主である竹内家に伝わるご神宝のひとつで、宇宙創世から神々の降臨・人類の誕生・五色人の発生と各国への移住など三千億年前からの地球と人類の歴史が綴られています。現在の天皇は神武天皇から始まる神倭(かむやまと)朝・百二十五代ですが、竹内文書にはそれ以前に天神七代・上古二十五代・不合(ふきあえず)朝七十三代があり、その後に神倭朝が続くことが記されています。上古一代に紙や薬・船や飛行機・世界地図などが作られ、上古二代に五色人が発生し、この日本から世界各地に移住していったというのです。

 その名残として神社仏閣の祭りに使われる五色の幕や端午の節句の五色の吹き流しなどがあり、日本語の母音<あ・い・う・え・お>が五つであることも五色人のもとは日本から発祥したことの表われだ…という説もあります。この幣立神宮には太古の昔から五色人の代表がここに集い、御霊の和合をはかる魂の目覚めの聖なる儀式を行なっていたという伝承があります。世界中の五色の民族が参拝しており、モーゼ・キリスト・釈迦・孔子もここに訪れたそうです。'93年の8月に探険した富山県・御皇城山の皇祖皇太神宮にも同じような伝承があったことを思い起こします(惟神の旅 富山・岐阜編)。今もなお毎年8月23日に五色神祭が行なわれています。5年に1度大祭が行なわれ、その間4年は小祭が行なわれています。

そして、古代ユダヤの秘宝<水の玉>は長さが7cm・直径3cmの小さな一粒の水滴を内包したひょうたん型の透明な鋼玉石です。紀元前900年頃、古代イスラエル統一王朝十二部族は、サマリアを首都とする北王朝十部族とエルサレムを首都とする南王朝二部族に分裂しました。その後、北王朝十部族はアッシリア帝国に滅ぼされ、その国へと連れていかれましたが、やがてアッシリア帝国も滅ぶこととなります。この時に北王朝十部族が忽然と消えてしまい<失われた十部族>として知られています。

 専門家の方々の間でも未だに謎となっていますが、安住の地を求めてこの日本へやって来たという説もあります。その時に彼らは、旧約聖書の「イザヤ書」に記された樹木のことを幣立の<天神木>と確信し、この地にモーゼの神面と水の玉を奉納したといいます。モーゼがユダヤ人達をエジプトから脱出させる時に海を二つに分けて、海底を道にして救出したという話は皆さんもご存知だと思います。この時に火の柱・雲の柱が立ったと言いますが、それは二つの玉の霊徳だとされ、火の柱となったのが、この幣立にある<水の玉>だと言われています。もう一つの雲の柱となった玉は、アメリカのロッキー山中にある寺院に安置されているそうです。写真左は幣立神宮の東御手洗横にある水玉の池です。何故か真ん中の島はひょうたん型をしています。

 この池の隣にあるのが、東御手洗で神社の左手奥から200m程下ったところにあります。途中に東御手洗と神稜への分かれ道の看板が立っているのですぐわかります。ここは神代の昔に皇孫瓊々杵尊(ニニギノミコト)が、この神水で全国の主要地を清められ、中国の始皇帝は不老不死の霊薬をこの神水に求めたといいます。神社からここへ下って来るまでの山道は、歩かれてみるとわかりますが、とてもクッションが効いていて、私達を包み込んでくれているかのようです。この周辺で地震が起きた時もここ幣立では揺れがひどくないそうですが、逆に由々しき時に幣立のみに起きる地震もあるそうです。

 双子杉をはじめとする歴史を感じさせる木々の間を鳥達のさえずりやさわやかな風の音に身をまかせると本当に日本はすばらしい国だなぁ…とつくづく思います。春木宮司もとても気さくな温かい方で、御祓いやいろんなお話などをたくさんしてくださいます。奈良の天河神社が私達の眠っている意識の扉を触発するようなエネルギーがあるとすると、熊本の幣立神宮はいろんなものを統合するようなエネルギーの働きがあるように感じます。(写真左は東水神社-横に見える立札の下に御神水、右手には八大龍王などが祀ってある小さな祠があります。)

 昨年の8月23日の五色神大祭は、国内をはじめ海外からも参列者が集い「天地和合、万物和合」の唱和とともに執り行われました。参列者の一人である世界的なヒーラーであるジュディス・カーペンター女史(タスマニア大学講師)は幼少の頃に、いろんなお面がでてきてそのお面が世界各地からある所に集まり、セレモニーをするだろう…というような幻視体験をしたそうです。その後、女史はヒーラーとして世界各地を渡り歩き、神から啓示を受けた特別な地にその場所にふさわしい聖石を納め、繋いでいくという使命を果たしておられます。

 ある日、世界地図を眺めていると「次に石を納めるのは、日本の九州だ…」という神示がおり、様々な縁が重なり合ってこの地に辿り付き、聖なる石を奉納したそうです。この地で不思議な体験をする方も多いようですが、聖地といわれる場所には何も期待せずに真っ白な気持ちで向かうだけでよいと思います。阿蘇の雄大な景色を眺めながら、自然のエネルギーの中へ身を置くのは、これはまた格別です。機会があればぜひ訪れてみられてください。

【九州自動車道 御船ICをおりて左折(高千穂方面へ)-国道445号-国道218号沿いに幣立神宮の看板あり 御船ICから車で約50分】


参考文献 : 「青年地球誕生」 春木秀映・春木伸哉著 (明窓出版) / 「日本超古代文明の謎」 鈴木旭著 (日本文芸社)
        「竹内文書」 高坂和導著 (徳間書店) / 「古代ユダヤは日本に封印された」 宇野正美著 (日本文芸社)

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幣立神宮 追加情報
 (情報提供 : Daizoさん)


幣立神社の西方にかなり離れていますが、『西御手洗』というところもあります(熊本県阿蘇郡蘇陽町大字大野)。
その周りには田んぼがあり、農家の方はその水で、稲作をされています。そこの看板にかかれていることをここに記します。

<西御手洗の由緒>
太古の三大神勅の「稲穂の神勅」の出た所は、この源泉のほとりです。依って、大嘗祭の主基田の起こりとなっています。又、エジプトで研かれた「水の玉」 が、この池で清められたので 「玉洗いの池」と称え、この地 一帯を玉来と称し、日本の重大な聖地です。

鳥居には『西水神宮』と書かれています。


           

           

      (写真ありがとうございました。)

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