本論文では、携帯産業の成長の観点から「周波数オークションの導入」について検討する。前編では海外諸国のオークション導入状況を概観し、米国700MHz帯オークション(2008年)、英国LTEオークション(2012年)、米国600MHz帯インセンティブ・オークションについて説明する。後編では携帯産業の成長に関して問題となる「オークション導入の効果」、すなわち所得移転効果、携帯市場(価格など)への効果、携帯産業活動(パフォーマンス)に与える効果について述べる。最後に日本においてオークションを導入する際の課題と対策を検討する。
携帯産業、広帯域無線事業、寡占市場、(暗黙の)協調、高価格、新規参入、電波資源、比較審査、周波数オークション、携帯価格
・「周波数オークションと携帯産業の成長(後編)――携帯市場の競争と周波数帯「価格」
(2016年1月出版予定)・同上初校訂正後原稿
ワード文書 [PDF: 1,420KB] (2015.11.12)
・2015年11月12日
皆様のご議論を誘発するため、論文中の「刺激的ポイント」をいくつか述べておきます。
- 現在の携帯産業は暗黙協調下の寡占状態にあり、実質的には独占に近い。独占から生じる超過利潤の存在は、9月11日経済財政諮問会議の結果発表後に事業者株価が急落したことからも推測できる。
- 実質独占状態の結果、消費者・ユーザーは高価格と不便なサービスを強いられている。SIMカードや端末料金通信費上乗せなどの問題は、市場競争が働いていれば自然に排除されるものである。他方競争がなければ、今回これらの問題を規制しても、将来類似の不便が生じる可能性が高い。市場構造や事業者行動誘因を無視した直接規制は「もぐらたたき」になる。
- 携帯産業に競争を導入するためには、6-7程度の事業者数が必要ではないか。そのためには次回以降の周波数帯割当時にオークションを採用し、新規参入を実現すればよい。また、(現状のように全国免許だけでなく)地域免許の導入も有用だろう。
- 携帯価格を東京とニューヨークの間でそのまま比較することは不適切である。東京の電波価格がゼロに近いのに対し、(土地価格と同じく)ニューヨークの電波価格は極めて高い。
- MVNO事業者が多数存在することは、市場が競争状態にあることを意味しない。MVNOはMNOから電波だけでなく設備やシステムの供給を受けており、MNOの1ブランドに近い。MVNOは市場拡大に貢献しているが、しかしそれは「独占下の差別価格市場」である。かりに鉄鋼市場が独占状態で問題を抱えているとして、相対的に安価な鉄鋼製品を多数供給することが元の独占問題を解決するだろうか。
- 近年消費者・ユーザーの携帯料金負担が増加したことは事実である。しかしその一部は情報通信技術進歩の果実であり、全部が協調寡占の結果ではない。 (たとえば家計の自動車関係支出は半世紀前の0%から現在の7~8%まで増加している。 )
- 現状のように携帯事業者にゼロに近い価格で電波を供給していることは、事業者に多額の補助金を与えていることと同じである。その結果(他の問題点に加え)端末輸入代価の形で、日本人の所得が海外に一方的に流出している。これは財の(ここでは電波の)価値を無視した方策がもたらす歪みの一例である。
- 誤解を避けるために述べておくが、本論文は携帯事業者の行動を批判するものではない。営利目的の事業体(株式会社)が自身の利益のため自由に価格を設定し、サービス内容を選ぶのは当然である。そのための注力を中途半端に縛ることは、産業成長を阻害し、ひいては国民経済の成長も阻害する。
- つまり本論文で述べた携帯産業の問題点は、事業者の行動からではなく、競争環境ルールの不備から生じている。ラグビー試合が面白いのは、合理的なルールが整備され、ルールの範囲内で選手が全力を出しているからである。もし何らかの理由で選手がプレーを手控えれば、試合の興味は失われる。同様に考えて、価格・サービス選定に関する携帯事業者の「自粛」は望ましくない。プレーヤーである事業者が営利目的の追求を手控え、結果的にレフェリーの領分に手を出すことになる。また規制当局が事業者の「自粛、自主規制」を要請することはさらに悪い。ルールの作成・適用という自身の責務を放棄しているからである。
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Hajime Oniki