いつもはお弁当を持ってきている私だけれど、あの日はたまたまそれが無くて。 購買行ってくるねと友達と別れて昼食を見繕った帰り道、 クラスメイトの財前が一人でぽつんと紙パックを啜っているのを見つけたのだった。
「寂しく何してんねん」と、後先考えずに声を掛けて面倒くさそうに「昼飯」と答えられた、それが始まりで。 以来私は時折昼休みになると学校のあちらこちらを散歩して、 一人だるそうに簡素な昼食を食べる財前を探してしまうようになった。



(You love me,don't you?)



「あ、おった」

弁当風呂敷と、先ほど自販機で買った紙パックのイチゴミルクを片手に校内を歩き回り、 数分かかって屋上に通じる階段に財前を見つけた。 私の姿を捉えた財前は、あからさまに顔を顰めて嫌そうな顔で「うわ」と言った。
(まるでかくれんぼか何かのゲームをやっているみたいだ)

トントンと一段飛ばしで財前の近くに歩を進めて、確認を取らず (どうせ「ここ、ええ?」とか聞いたら「アカンどっか行け」とか言うに違いない)に私は彼の傍に腰を下ろした。
弁当の包みを開きながらちらりと財前の手元に目をやると、 固形のバランス栄養食が握られていて、床にはその外箱が転がっていた。

「またそんなん」
「どうでもええやろ」
「中学生からそんなんやったらもう背伸びひんで」
「うるさいわ」

この男、放っておいたら面倒臭いという理由でしばらく何も食べずに過ごしそうだなとふと思う。 元々食に対する執着があまりないのだろうか、たまにお弁当を食べている時はあるが大抵市販の固形栄養食を食べている。
更に朝のテンションのド低さから察するに、寝起きも最悪で低血圧。 きっと朝ごはんなんかも食べていないに違いない。
大丈夫なのか中学男子。

「うち、料理好きやからおいしそうにご飯食べる人が好きやねん」
「へえ」
「財前はアカンな。少食で無頓着すぎ」
「別に俺もお前の好みに合わせるつもりないわ」
「それもそうやけど」

朝からせっせと自分でつめた弁当の中身とにらめっこして、今の財前の発言で少し萎えた食欲に幻滅。
けど、そんなのはもう慣れっこで。 財前の毒に対する抗体なんかとっくの昔に出来上がっていて、 それでなお中毒みたいにこの男に惹かれていくのも事実で。
さつまいもの甘煮に箸を伸ばして私はそれを口に含んだ。
(おいしい)そう自画自賛しながら、何だかむしょうにこのおいしさすら理解出来ないであろう財前に勝手に腹をたてる。

「いや、むかつく」
「何が」
「なんや財前に食べる前から不味いて言われた気分や、今」
「はあ、被害妄想女」
「なんでもええけど、いちいちむかつくな」
「ほんなら来んな」
「今度からそうするわ」

(と、言いつつまた財前の居場所を探してる私がいる)
(きっと財前だって、それがわかってて毒を吐く)

変な無限ループ。
これって仲がいいって事なんだろうか、それもよくわからないけれど。

ずる、と財前が音をたてて紙パックの中身を啜る。 その音を聞きながら、(やっぱり一種の中毒性があるんやろな)と財前の顔を盗み見ると、 相手もこちらを見ていたようで目があった。
しばらく沈黙があって、先に目を逸らしたら負けのような気がしてじっと見つめていると根負けしたのか財前の方がふいっと目を逸らした。

それから、とんでもない事を言い出す。

「お前、俺の事好きやろ」

一瞬、何を言われてるのかわからなくて何度か瞬きをして、口の中に残るさつまいもの味を感じる。 数テンポ遅れて言葉の意味を理解した時は、口を開いてみたものの何も言葉は出てこなかった。

財前もそれきり何も言わないので(いや「突っ込めや」とか言ってくれたら楽だったのに)、 妙な沈黙が私たちの間を通っていった。
やっとの事で搾り出した言葉は、「このグラタンなんかホワイトソースから作ってん」だった。 どんな照れ隠しでどんな誤魔化し方だよと心の中で突っ込みながら財前の応答を待ったのだけれど、 やはり彼は何も言わず、こちらを見るでもなく、ただ私は変に心臓をばくばくさせた。

いや、好きとかちゃうし。
ただ、気になるだけやねん、何か、ただ。

けれど彼の言葉を全否定できるほど私の気持ちははっきりしていなくて。
しばらくたった後「俺、家庭的な女割と好きやねん。まあ、以外」 と再び毒を吐いた財前にやっといつもの調子の彼だと安心して「うちかてあんたみたいなん嫌や」 と震えた声でそう言った。


(ねえ、これからどんな顔してあんたを探せばいいわけ、私は)と、 やはりこれからも昼休みに彼を探すのだろうなと自問自答したのだった。



歴然たる事実と
(認めてしまえば、楽になれるのでしょうか)