好きとか嫌いとか、そんな単純に声に出してしまえるものではない (だから俺はその言葉を簡単に声に出すやつが嫌いだった)。
覚悟とか、勇気だとか。
これからの事とか、色々、あるだろうが。





「あー、きたナイスガイ。遅いで〜謙也、コートで待っとるよ」

担任に捕まってぐだぐだと説教(授業中の態度について)くらわされて遅れて部室へ入ると、 そこにはさんがいた。 ホワイトボードに明日の予定の事を書き込んでいる。 多分今日の活動後ミーティングに使うのだろう。
「っす」とだけ小さく呟いて俺は自分のロッカーに向かった。
「相変わらずそっけないなあ」なんて苦笑が聞こえる。

「折角ええ顔に産んでもろたんやから、笑えばいいのに」
「好きでこの顔に云々言うつもりあらへんですけど、感情表現はその人の自由すわ」
「うわあ…まあ、確かにそやけど」

キュッとマジックペンの蓋が開く音がする。
微かに、シンナーの匂い。

「財前くんのそういうところに惹かれる子もようさんおるもんね」
「はあ、何や今日はよう突っ掛かりますね」
「あはは、うん、ごめん。今日な、財前くんが告白されてるとこたまたま見てもうて」

ロッカーに伸びた手が、ぴたりと止まった。
振り返ることもせずに、背後から聞こえる声に耳を傾ける。

「頬、ええ音しとったけど大丈夫やったん」

今かけられた言葉を何度も何度も頭の中で反復する。
あんたみたいのを何ていうかわかるか。
(無神経って言うんだ)

大声を出して叫びたい衝動が俺の中で渦巻いている。
(だけどそんなみっともない真似、するわけにはいかない)

「女って訳わかりませんわぁ」
「私らは付き合い長いから財前くんの事わかっとるけど、あの子にも冷たく言うたんちゃうの?」
「はあ、でもそれが俺なんで。それで逆切れされても理不尽っちゅうもんです」
「まあねえ…でもちょーっとは紳士ゆう言葉を知った方がええで。そのうち刺されるかも」
「なら、先輩が教えたってくださいよ」

握り締めた拳を振り上げて、ロッカーに向かって振り下ろした。
思いのほか大きな音を立てて啼いたそれは、少しだけ内側にへこんでいった。

黙り込んだ先輩の顔が、背後からでも感じられる。


きっと驚いた顔して、それでも当事者とは思わない。
(愚かだ)

「着替えたいんで、出てってください」精一杯の声でそれだけ搾り出すと、 さんは「ごめん」と言って静かに部室を出て行った。
それくらい簡単に、俺の心からもあの人が居なくなってくれれば楽だったのに。


溜め込んだ疼痛