11月、冬の到来を迎えて肌寒さを感じる日だった。 しんと静まり返る夕飯時の公園で私は光と缶のおしるこなんかを飲みながらベンチに座ってた。 甘ったるい缶の中身をほとんど飲み下せず、私はただほっかいろ代わりに冷えていく指先をそれで暖めてた (帰り道、自販機におしるこを見つけて光が飲みたいというので私もあわせてそれを買っただけ)。 先ほどから何を考えているのか、光とは目が合わない。 ちらりと横目で彼の横顔を盗み見たけれど、光はどこか遠いところを見ていた。 (無理も、ないかもしれないけれど) 「ねえ、質問してええ?」 「ダメ」 「ケチ」 「ならまず質問してええか質問すんな」 だるそうにベンチの背もたれに寄りかかった光は、やっと私の方を一瞥した。 しばらくじっと見詰め合って、なんとなくキスをした。 「なんで、断ったん」 「何を」 「合宿、名簿に光の名前もあったやろ」 「…ああ」 「その事で、上の空になっとったんちゃうの?」 数週間ほど、前の事だ。 高校生選抜の合宿の誘いがあったのは。 夏の大会が終わって、部活の体制自体は1、2年生に引き継がれた。 もちろん先輩達は毎日のように顔を出してくれたし打ち合いだってする。 けれど実質、先輩達との楽しかった日々にはピリオドが打たれていた。 光は2年生でレギュラーだったし、3年の先輩たちと過ごした時間が長かったから喪失感を感じているに違いないと私は思う(だから)。 選抜の誘いが来て、そこには先輩達の名前があってそして光の名前があって。 その時私は、(また光が先輩たちとテニス出来る機会がやってきた!)と思って舞い上がった。 勿論光だって喜んで参加するものだと思っていた。 のに。 光の返事は「面倒だから参加しない」だった。 私はびっくりして、でも皆もびっくりして。 白石先輩は苦い顔してて、石田先輩も同じような困った顔してて。 忍足先輩は驚いてちょっと悔しがってて(最後にダブルス、出来なかったから)。 でも皆、何も言わなかった。 新体制の部活動を引っ張っていかなきゃいけない光に対する何らかの想いもあったのかもしれない。 (でも私は解せない、納得できない) 合宿の話を断ってからの光は心ここに在らずでちょっと脱力してるように見える。 その事を回りに聞いてみると、「そうか?」といつも通りじゃないかという返事がかえってきたけれど、 でも絶対にそんなことない。 「別に」 「別にって事ないやろ、じゃあ何かあったん、」 「何も無いわ」 「ならもっと笑ったらええやん、そんなに無表情にならんでもええやん」 「元からこうやわ」 「嘘ばっかり」 「何やねんお前、俺がちゃうて言うたらちゃうねん」 光は眉間に皺を寄せて、缶のおしるこを口に運んだ。 喉元がコクリと動くのを見ながら、私はどうしようもなく泣きたくなった。 (なんでそうやって何もかも自分の中に飲み込んでしまうんだろう) (なんで、私が) こんな気持ちにならな、アカンの? 「…何で泣くねん」 「やって、光が、泣かんから、」 「アホ、別に泣きたいとか思ってへんわ」 「それはそれで嫌や、光、絶対合宿行きたかったんやもん、先輩らとテニス出来んの、 これがほんまに最後かもしれへんねんで、」 「……そうかもしれんけど、俺はほんまに別に泣きたくはないで」 ぼろぼろと零れ落ちてくる目元を、光はセーターの裾でごしごしと擦ってきた(ちょっと、痛い)。 「お前泣くと不細工になるから泣くな」なんてベッタベタなセリフなんか吐いて寄越す。 「俺には、まだ来年の大会があるやろ」 「そやね、」 「せやけど、先輩らには無い。進路やってバラバラで、高校行ったらテニスせえへん先輩もおるかもな」 「……うん、」 「せやから、先輩らに譲ったったんや」 「………どういう事?」 光には来年の大会があって、先輩たちとはもうテニスが出来なくて、 高校だってみんな一緒になるかわからなくて。 だからみんなで出来る最後の舞台だったのかもしれないのに、 って私は言いたいのだけれど光はその事がわかっていないのだろうか、 淡々と喋りだしたものの私はその意図を汲み取れずにいた。 ぽかんと光を見つめると、光はひとつ白い息を吐き出した。 「選抜の枠、限られとんねん」 切なそうに笑うその顔が、瞼の裏に焼きついた。 (ああ、やっぱり、行きたかったんじゃないか) 「そう、やったん、」 「俺かて、先輩らの試合もっと見てたかったし一緒にやりたいとも思ったけどな。 一年の差はでかいねん。先輩らは先輩らで、最後かもしれん舞台に一緒に立ちたい思てたはずやし」 「遠山は、純粋に広い世界に行くべきやと思うしな」、そう言って光は前のめりに顔を伏せた。 その姿がいつもより小さくて、さびしく見えて私はまた泣きたくなった。 「あーあ、誰にも言うつもりあらへんかったんやけど言うてもうたな」 「ごめん、声に出すと辛いよね」 「別に、ほんまにめんどいと思った部分もあったしな」 「意地っ張りやなあ」 「お前、誰にもこのこと言うなよ。特に先輩ら」 「言わんわ。せやから」 (私の前では泣いてええよ) 泣きそうな頬に唇を寄せると、光が私をじっと見た。 (ああ、遠くに行っていた光が帰って来た気がする) ちゅ、と軽く唇をあわせた後、私は光の目元を片手で覆った。 「誰も見てへんから、泣いてええよ」 「………アホか。何かお前、ずれとるわ」 「でも、勘は外れてへんかった」 「まあ、でも別に、泣かんでもええわ」 光は私のてのひらを片手で外して指先にキスをくれた、 それから「ちょっとスッキリしたわ」と光はいつもの調子で小さく笑った。 |