お昼休みになったら学校を飛び出して近くのコンビニに駆け込む。
それからいちもくさんに大好きな人のいる屋上へと向かうのだ。




「じゃーん」
「…………………何」

もしゃしゃとお弁当を食べる財前はまるでうるさいと言っているようにちらりとこちらを一瞥した (行き場を失った私の突き出した手をどうしてくれる)。

「何て、そんだけ?もっとこう、おお!とかもしかしてそれ俺に?とか無いん?」

「別に」としれっと言う財前はこちらをふりかえりもしない。 でもまあそれはいつもの事だ。格別私だけ冷たくされているわけでもない。 だから気にしない(うそ、本当はちょっと気にしてる)。
「はあ〜〜〜」とわざとらしくため息をつきながら隣に腰をおろした。 コンビニの袋から、適当におにぎりを掴んでびりっと包装を破る。 空腹の胃が満たされていく感覚にしばし酔いしれると、 隣で財前が「不健康」とつぶやいた。

「うちのお母さん今日寝坊したって」
「自分で作ったらええやんか」
「財前だってそれ自分で作ってないんやろ」

男の子サイズのお弁当箱はいつもおいしそうなおかずでうまっている。 なんていうか幸せ〜な家庭がすごく思い浮かぶ。 健康にすごく気をつかってそうだし。
「ふんだ」と言っておにぎりにかぶりつくと財前が無言になり、 何か地雷を踏んだんだろうかとちらりと横をむくと目の前にから揚げが突き出された。

「…なに?」
「これは俺が作った」
「え、ほんま?」
「義姉さんおっちょこちょいな人やから台所に立たせると危ないねん」
「ふうん」
「ぎゃあぎゃあ朝から騒いどったから代わりにやってあげたわ」

ふ、と財前の顔がやさしくなる。
(ずるい)
お義姉さんの話をする時、財前の顔はこうやってゆるむのだ。 それにどんな意味が含まれているかなんて私の知るところではないけれど、 その格好いい顔を見るたびに私の胸はチクリと痛む。

目の前にあったそれを、食べてもいいということなのかなあと齧りつこうとしたらすっと引かれて、 おいしそうなから揚げは財前の口の中に吸い込まれた。

「あげるとは言うてへん」
「そうですか」

涼しい風のふく屋上で私たちは無言になった。
ペットボトルのお茶を一口のんでから、足元に投げ出されたカップを手にとる。 さっき財前に向かって突き出し無反応を勝ち取ったものだ。 フタには『新発売!』という文字がでかでかと掲げてある。
(食いつくと思ったんだけどなあ)
ちらりともう一度隣を眺めると、お弁当を食べ終えた財前はどこか遠いところを見ていた。

「ねえ」
「…………」
「ぜんざい、好きや言うてなかった?」
「苗字にかけた冗談や」
「うそやあ、甘いもの好きなくせに」
「さあな」
「新製品やでこれ。食うてみたくないん?かわいくお願い出来たらあげてもええで」

財前は「はあ?」という態度のまま、こちらを見もしない。 挙句の果てには「新製品すぐ買うておばちゃんか」とつまらなそうに言った。
(ちくしょう、)ビッとフタをあけて小さな透明のスプーンをカップに突っ込む。 ふわんと香って来た香りに一瞬びびって中身をすくった手が止まる。
そしたら、横から腕が伸びてきて気づいたらスプーンの上は空になっていた。

「…かわいくお願いせえや」


横取りされたワンスプーンのぜんざい。
私の名前を呼びながらすごいしけた顔で私を見るざいぜん。
(たしかに苗字にかかってる)

「……なに」
「食うたことあるかこれ」
「…せやから、新製品やってゆうたやんか」
「…………はあ」

(うわ、溜息つかれた)
財前はまた、どこか遠くを見た。 私は(なんなんだ)とカップからそれをすくって口に運んだ。

「…………………はあ」
「溜息つくなや」
「さっき自分もついたやん」

それは何とも言えない後味だった。なるほど財前が溜息をつきたくなる訳だ。
(人に物をあげる時はあれだ、自分で試してからやるものね)
まだ残りのたくさんあるぜんざいのカップを眺めながら私はまた溜息をついた(大失敗だ)。
ひどく落胆していると、隣で「ふ」と笑う声が聞こえて驚いてそちらを振り返ると、 さっき見たやさしい顔の財前がいた。それは、一瞬だったけれど。

「俺も買った」
「え、何を?」
「それ」
「なんやあ考える事一緒やったん」
「好きやし」
「はっ、はあ!?」
「ぜんざい」
「あ、ああ」

「ぜんざいね…」と口の中で呟いた。財前は相変わらずどこを見ているのかわからない。
私は一気にカップの中身を口の中にかきこんだ。 財前の「うわ」と言う声が聞こえたけれど気にしなかった。

(口の中の味が財前と同じだと思えば、この味も悪くない)
(うわ、ちょっとそれは変態くさい考えかね)


うちら一心同体やん


財前くんはお義姉さんが結構好きだと思います。
それは若さ故の年上への憧れとか、家族への優しい愛情みたいなもので。
独特な青少年期の恋愛になりきれていない無意識な感情みたいな、ね。
あと財前家は総じてちょっとおっちょこちょいだといいなあと思います。
だから弟がしっかりしているイメージ。甥の面倒もみてあげてそう。