3年生が部活を引退してから、部長に就任した財前くんはとても忙しそうにしていた。 茶々をいれにいく3年生に「ほんま目障りっすわ」と暴言を吐きながら 表情はどことなく嬉しそうで、ほっとしているようにも見えた。
財前くんは今まで3年生とばかり絡んでいたから、同級生や後輩とうまくやっていけるのか 不安に思っていた私もたまに部活に顔を出している。 後輩マネージャーとも仲が良かったし、手伝ってもらえると助かりますと 快く私を受け入れてくれるのでたまに部活に紛れ込んだりもしていた。

そんなこんなであっという間に新人戦が終わったり、気付いたら冬がやってきていて。 水道から出る水の冷たさに涙しながらマネージャー業やることも ないんだなあと思ったら急に寂しくなった。
そんな心細さから、帰りにまた部活の様子を見に行ってみようといつもドリンクを作ったりしていた 水道を通るとそこには財前くんが居た。 「おーい」とちょっと遠くから声をかけようと唇の形を「お」にすると、 あろう事かこんな寒い日に蛇口から出てくる水を頭から被り始めた。

「ひいーーーー!!!財前くん!!!」
「あ?」

想像しただけで冷たさにしばれる全身を無理やり動かして財前くんの元へ向かう。 私に気付いた財前くんはしれっとした顔でこちらを振り返った。
「何やってんの!!」と強引に蛇口をしめて、鞄に入れていたタオルでがしがしと髪の毛を拭く。
すると、タオルの影から見慣れた迷惑そうな顔がこちらをのぞいていた。

「ちょお、何するんですか」
「今何月だと思ってんの!風邪ひいちゃうでしょ!?」
「せやかて暑かったんですわ」
「暑いって、」

ひた、と確かめるように財前くんのほっぺたに手を当てると、 まるで鉄のタイルを触っているような気分になった。
もともと低体温なのは知っていたが、これは どう考えても水をかぶった後冷たい空気に触れた後の冷たさだった。

「何言ってんの、全然冷たいよ!」
「水被ったら冷えたみたいっすね」
「当たり前だよ!」
さんの手、あったかくて気持ちええ」

猫がすりよってくるように、私の手にすり、と懐いてきた財前くんが凄く可愛くて。 けれどびっくりして(彼が人に擦り寄るという行動をとるなんて、 考えた事も無かったし今まで想像もつかなかった)、私は固まった。

「…何ちょっと照れてはるんですか」
「い、いやだって珍しいなと思って」
「俺かて寂しいって思う事ありますわ」

ぶすっとして離れていった財前くんの、頬の冷たさが私の手に残った。
わいわいがやがや、うるさかった3年生がいない部室というのはどういうものなのだろうか。 もし自分が財前くんの立場だったら。 部長になって、まったく違った環境で色んな事への責任を背負わされて。 そんなの私だったら、耐えられないかもしれない。
けどこの子は、頑張ろうとしている。
誰にも頼れない、自分がしっかりしなくてはと。
もしかしたら財前くんを疎ましく思っている人だっているかもしれない。 そんな中、頑張ろうと寒空のしたでひとり冷たい水を頭から被っていたのかもしれない。

「しょーがない、今日だけ特別に私のあったかさを分けてあげよう」
「は?ちょっと、」

生意気で、けれどそんなところがかわいい後輩を、ぎゅっと抱きしめる。 濡れてぱさぱさになった髪がひんやりと頬に当たってきた。 財前くんは棒立ちになって、何も言わなかった。
しばらくして、ぽんぽんと背中を叩いて私は拘束の腕を解いた。

「どうだい、元気は出たかい少年」
「…はあ、でもそれ、他の人にはやらんでくださいね」
「やらないよ。他のみんなはそういうキャラじゃないしね。財前くんはかわいいから、特別」

そう言って笑いながら、また湿った財前くんの髪に手を伸ばすと。
財前くんは小さく笑みを浮かべていた。


「お願いやから」