「裕太くんて、甘いもの好きなの?」
「へ」

きつい朝練後のこれまた拷問のような4時間分の授業をなんとか薄目で乗り切って、 いつものように学食でランチをさっさと済ませて席についたら今の言葉が降ってきた。 不意をつかれて裏返った声に自分で恥ずかしくなってしまって、思わず首をもたげるとガタン とイスがひかれる音がして、同時にふわりと甘い香り。

「何だよ突然」
「あ、うん、ごめん…ちょっと、気になっただけなんだけど」

彼女の顔がまともに見れないのと、無駄に突っぱねるような口調になってしまうのはいつもの事だった。 ついでに、そんな俺の態度に対して彼女が寂しそうな傷ついたような顔をするのもいつもの事で。 やってしまったと思うのは後の祭りってやつで、 それでも中々態度を改められないのは彼女を意識しすぎるからで。 まったくどうにもこんな自分の性格が憎い。

「ほら、今日もミルクティー飲んでるし」

彼女の視線が机の上の缶に注がれるのを見て頬が染まる想いだった。
だって男が甘いもの好きだなんてちょっと格好悪いじゃないか。

「悪ぃかよ(また、何で俺はこういう返事しか出来ないかな)」
「ご、ごめん…悪くないんだけど…何かごめん」
「あ、謝んなよ!」
「ご、ごめん!」

何でこんなもどかしい会話になるのかまったく頭が痛くなる。 でもだからと言って鬱陶しいと思ってるわけじゃなくて どちらかというとこんな会話でもずっとしていたいというか、要は惚れた弱みだ。片思いだけど。

「………………」
「………………」
「………………」
「「あの(さ)、」」

ちょっとの沈黙があって、そして口を開いたのは同時だった。 お互いまた気まずくなって黙り込む。 昼休みの騒がしい教室の中で俺達だけが異様な空気を放っていたに違いない。
だけどそんなの関係なくなるくらいに俺はの事しか見えなくて、 ついでに丸聞こえなんじゃないかという程に煩い心臓にばっかり意識がいった。
それから、の方から香ってくる誘うような甘い香りにも。

からどうぞ」
「あ、うん。これ、良かったら食べないかなーって」

そう言って机の上に差し出されたのは小さな紙袋だった。 どうやら先ほどから俺が意識していた甘い匂いはここから漂ってきていたようだ。 酷くそそられる甘い香り。

「これ、
「あの、うちのお母さん最近ケーキ作りにはまっててうちの家族だけじゃ食べきれないっていうか、 それで裕太くん甘いもの好きなのかなーってその、思ってたからじゃあ裕太くんに あげたら喜んでくれるかなっていうかそれで、あ、でもそれは私が作ったんだけど…い、いらなかったら 全然捨ててくれていいんだけど!!!」

ひどく饒舌で、彼女らしくない文脈の長台詞と言い訳めいたその言葉に思わず顔がにやけるのを 止められなかった。 だってまるでバレンタインにそわそわしながらチョコレート渡す女の子みたいだったから。 脈アリなのかなーなんて思うと妙に胸の奥がむずむずしてしまって、そんなにやけ面を彼女に 見せないようにと態と頬杖をつく。

「ありがたくもらっとくよ。…甘いもの、好きだから」
「そっか…うん、ありがと」

顔を上げると彼女の安堵したような優しい顔があって、くすぐったい気持ちは一層増していく。



そのあと彼女の目の前で食べる事になってしまって、 あまりの緊張に伸ばした手は缶を倒し二人でクラス中の視線を集める事となる。 彼女の作ったチェリーパイを味わうどころではなくて、 何て勿体無いことをしているんだと心の中で自分自身を叱責しながら 「また作ったら持ってきてもいいかな」なんて 控えめに笑う彼女に、顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに 「その度胸があったらな」なんて喧嘩腰の口調で返すのが俺の精一杯だった。


食べかけのチェリーパイ、こぼれ出したミルクティー