遅く起きた朝のこと。
既に目を覚まして本を読んでたユウジがもそ、と動いた私の気配に反応して視線を投げて寄越し、 「寝ぼすけ」とベットの下から毒を吐いた。 その瞬間、ふと香った甘いパンの匂いに脳が刺激される。
「食べる」と一言寝起きのかすれた声で呟くと、ユウジは無言で私に自分の齧っていたパンを押し付けてきた。

「お前の神経が信じられんわ。寝起きで食えるか普通」
「おいしい」
「おい、ボロボロこぼすなボケ」

口に収まりきらなかったパンくずがぼろぼろとユウジの布団の上に撒き散らされて、 その様子にユウジは文句を言ったけれど特にベットの上のかすを払うでも無くふいに伸びた腕は私の口許を拭った。

「ほんまに女かお前は」

「汚い、もう食うな」と顔を顰めながらユウジは私からパンを奪い、幾分小さくなったそれを一口で口の中に詰め込んだ。 ごくりと喉仏が上下する様を「あー」と言いながら眺めていると、 のし、とユウジがベットに上がりこんできて私はそのまま彼の下敷きにされてしまった。

「重い」
「お前よりは軽い」
「失敬な」

体温で溶けた砂糖でべたつく私の指先をしゃぶるように舐め上げながら、 ユウジは私の胸の上にごろんと頭を投げ出して「まあ乳は一応あるな」と吐き捨てるように言った。 それから、「無いようなもんやから直に触らんとわからんけど」 と釣りあがった目の端で私をちらりと見て、それから緩慢な動きで起き上がって私に跨る。

「ユウジの神経の方が信じられん」

「なに?」

「せやから、」

ユウジから借りて寝巻き代わりにしてたTシャツの裾から、 あったかいてのひらが入り込んできて直に肌にぶつかった。 見上げるとすっかり欲情してるユウジの瞳が笑ってて、 「ポリセクしたい」と形作る唇が私が声を発するより先に降ってくる。

(なんで、朝から)

さっき食べたパンのカケラが胃からこみ上げてくるような感覚に陥りながら、 私は勝手に前戯を始めるユウジの表情をただ眺めてた。
酷くスローモーションな愛撫に時折反応を示しながら、私は思い出したようにユウジの髪に指先を絡め、 じっとりと撫で上げてくる指先にただ自分のそれを重ね、カチコチという時計の音を聞いた。

どれくらい時間が経っただろうか、継続する甘い痺れにいい加減疲れさえ覚えた頃、 自然と開いた私のなかにユウジがそれは大事に大事にはいってきて私はそれだけで泣いてしまった。
それに満足したようにユウジは笑い、ぎゅっと私を抱きしめた。


ユウジがこんな風にスローセックスを求めてくるのはめずらしいことじゃない。
ドロドロになって、お互いの境界線がなくなるような感覚を彼は好み、 性欲よりも精神的に満たされる感覚に溺れるている。 普段、汚い言葉で私を罵り顔を顰めているユウジが、この時ばかりは蕩ける様に笑い泣きそうな顔をする。
気持ちよくて、愛しくて、何度も何度もお互いにただただ名前を呼ぶ。

大人びた顔でひょうひょうとするユウジが、唯一子供に戻ったようにどうしようもなく『弱く』 なってしまう瞬間が、こうしてセックスをしている瞬間だと私は思う。 「ひとつになりたい」、きっと最中彼の意識はそこにしかなくて、 それ以外の事なんて知らないというように精一杯になる。

以前ユウジは言った、「何で俺ら、ばらばらなんやろな」と。 それは抑揚の無い平らな声で、冷え切った心の中で私はその言葉の鋭さに少しだけおびえ、 次の瞬間には何事もなかったかのようにその感情を忘れていた。
(たまに私はユウジについていけないと思う事がある)

(正直に言うと、気持ち悪い)のだ。



その感情がどうしようもなくヒトとして正しいのだと知りながら、 心の中では(ごめんね)とユウジに謝る私がいる。
こんな風に思うのはユウジが好きだからだ。

(私は、わかってる)
(もし、私たちがひとつだったら)
(ユウジは平然と言うだろうなと)

((何で俺ら、ひとつなんやろ))って。


まるでそれが当然であるかのように言う、その姿を想像して私は滑稽だなと一人笑いたくなる。
ユウジは私の知る中で誰よりも人間くさい。
(だからこれはきっと、嫉妬だ)




ただ、ぜえぜえと息をしながら、ああ人ってこんな風に生きてるんだとぼんやりと考えた。 じくじくと溶け出しそうな身体の一部をどこか遠いところで意識しながら、 たまらなく愛おしいこの気持ちをどうしたら伝えられるのだろうかと、ぼろぼろ泣いた。


何が違うのか分かりもしない癖に
(ひとつになったって、満足なんか出来ないよ、絶対)


不透明、不明瞭、境界線消滅