「いい香りやろ」 そう言っては蓋を開けた状態の紅茶の缶を俺の鼻に近づけた。 ツンと香るそれに思わず頬の筋肉を引き攣らせるが、 そんな事お構いなしには「当たりやったねーこの茶葉」と自身もそれを嗅ぐ。 それはこの間英国フェアに行った時にが店員と長々と話して買ってきたもので、 一緒について行った俺は盛り上がる二人についていけず暇を持て余したのだった。 簡易設置された店内にむせ返る紅茶の香りは軽くトラウマであり、 嬉しそうにしているを見ても複雑な気分になる。 「お湯出しにしてみたんやけど全然渋くならんかってん。ユウジはストレートとミルクティーどっちがええ?」 「何でもええわ」 「えーめっちゃおいしいのに」 大事そうに缶の蓋を閉めてキッチンに向かったは、 冷蔵庫からお湯出ししたと見られる紅茶のポットを取り出してグラスにそれを注いだ。 鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌で。 「メルローズは缶も可愛えよね。今はパックと同じ柄やけど、 前のタータンチェックの缶の方が可愛かったなあ。いや、どっちも可愛えけど」 「へえ」 「うわ、やっぱりめっちゃええ匂い。キーマン自体ええ匂いやけど、 やっぱベルガモットの香りが癒されるなあ」 二人分のグラスを手に戻ってきたは、注がれた後のアイスティーの香りもめいっぱい吸い込んでいる。 その様子を見てしゃーない付き合うたるかと俺もグラスに鼻を寄せて漂う香りを吸い込んだ。 (まあ、缶の中身をダイレクトに嗅ぐよりは、) 「…ええ匂いやな」 「やろー?」 肯定されたのが嬉しかったのか、へらーっと笑ったが一口アールグレイを啜る。 その様子を見ながら俺も一口それを飲み下した。 「タータンチェックと言えばな、日本てアーガイル流行ってるやんか」 「あー確かに近年な」 「歴史としては結構えぐいみたいやで。一族の争いがどうのとかって」 「元が家紋やとかそういう類か」 「んー多分」 「で、それが何やねん」 「別に?いや、何や物って歴史とかあるやんか、せやけどほとんど知らんなあて」 珍しく考えよるなあと少しだけ感心しながら、 先ほどから俺の指先を勝手に弄くってるの指先を眺める。 アーガイルのくだりあたりから、は近くの棚にあったマニキュアをおもむろに手にとって、 何をするのかと適当に会話しながら放って置いたらあろう事か俺の指先にそれを塗布し始めたわけで。 獣の血の色のように鮮やかな猩々緋色が自分の指先を染め上げられていくのを見て、 その毒々しさとラメの取ってつけたような可愛さに眉をひそめる。 「お前、誰の許可とって何しとんねん」 「大体、アールグレイ一つとっても中国茶葉を、」 「いや、聞けや」 ビシ、と脳天チョップをかましてやると、「痛っ」と声を上げた後に「あっ、ずれた」とが呟く。 見れば俺の指先が爪から血を流したかのような惨事に見舞われている。 「ええ加減にせんかい」と刷毛を取り上げると、今度は俺の足に目を付けてエナメルブルーを手に取る。 その様に呆れながら頬を掻くと、ふわっと薔薇の香りが鼻腔を掠めてびっくりする。 思わず「ああ?」とガラの悪い声を上げるとが背を丸めて俺にペディキュアを施しながら 「ええ匂いやろ〜?」とデジャヴを感じるセリフを捨て吐いた。 「アナスイは塗る時も乾いた後もバラの香りがするんやでー」 「………クサイわ」 「えーーーっ」 「どこに指から薔薇の香り出す男がおんねん。まさかとは思うけど足はちゃうやろな」 「ええ香りやけど」 「ほんま死なすど」 もう一つ刷毛を奪い取って俺の両手が塞がると、もそれ以上何かしようと思わなかったのか、 それとも刷毛が乾くのが嫌だったのか俺の手からしぶしぶそれを受け取って小さな瓶へとそっと収めた。 中途半端に飾られた手足が歪で滑稽で、可哀相に思える。 はあ、と深いため息を吐くとがぶうたれた顔で 「好きな人が自分の好きな匂いしとったら嬉しいなーって思っただけやん」と可愛く毒を吐いた。 (お前それ、要するに俺の匂いは全否定って事か) 「ほならお前、俺の体臭がバラやったらどうなん。どっかにあるらしいやないかい、 飲むバラ香水とかって、飲み続けると体臭が薔薇になるとか」 「……気持ち悪…」 「………何やそのほんまに嫌そうな顔」 「ええ、やってユウジ薔薇の匂いのキャラちゃうし…何やほんま残念やなと思って」 「………」 「何?」 「お前が今、……あーもうええわ、はそれでええわ」 「投げやりやなあ。言いたい事はっきり言うんがユウジのアイデンティティやんか」 「俺の体臭も立派なアイデンティティなんやけど」 俺の言葉は右から左に流れていくのか、は俺の指先を嗅いで「ええ匂い」 と褒め称えそれに飽きた頃紅茶を飲んでまた「んーやっぱええ香り」と、 何度言えば満足するのだろうと思う程同じセリフを連呼していた。 |