昼休み、うっかり忘れてきてしまった授業の教科書を借りようとユウジの教室まで足を運ぶと、 騒がしい教室の中でユウジは一人ポツンと本を読んでた。 その姿に苦笑しながら彼の元に向かうと、気配に気付いたのかユウジは本から視線を切り離してこちらを向いた。

「まだクラス慣れへんの?」
「はあ、別に慣れようとも思うてへんし」

きょろ、と辺りを見渡して、あいていたユウジの前の席に腰を下ろす。
「今日は何読んどるん」と本のタイトルをちらりと見ると、難しそうな経済学の本だった。 よくもまあこんな本を読む気になるな(どうせ読むならファンタジー小説とか読めばいいのに) と思いながらそこには触れずに置いた (どうせ何を言ったってユウジは何とも思わない)。


こんな風なユウジを知ったのは、高校に上がってからだった。 そもそも私がユウジと出会ったのは中学3年の時であり、その頃には当時のユウジが出来上がっていた。 小春くんと一緒にクラスのムードメーカーで、気さくで皆から好かれる人だった。
付き合い始めてから、彼の中には表向き見えている以上に内側に危うさを持ち合わせている事に気付いたけれど、 それが表面に現れ始めたのはやはり中学時代の仲間とばらばらになった先、 つまり高校に入学してからである。

入学してから2ヶ月が経とうとしているけれど、ユウジに友達と呼べる存在が出来た気配は無かった。 休み時間はいつも本を読んでいるか、机に突っ伏して眠っているかどちらかが多い。
この教室の生徒達にとってユウジはとても異端に見えるに違いない。
私は同じクラスと言うわけじゃないから、私が見ていないところでユウジがどんな風に過ごしているかなんてわからないけれど、 きっと中学3年の時に見ていたユウジとは180度違うユウジがそこには居るのだと思う。
(そしてそれが、彼が本来持っていた本質をあらわしているだけなのだとも思う)

私は別に、今のユウジが嫌いなわけじゃない。
けれど見ていて、悲しくなる。
本当はもっと皆に愛されるべき人なのに、楽しい人なのに、この教室の人はこの学校の人は、 そんなユウジを知らない。だから倦厭する。異様だって。自分達とは違うんだって。
何を考えて自分からそんな風な壁を作るようなことをしているのか、 ユウジに対しても疑問に思う事もあるけれどユウジはきっと昔から特殊だったんだろう。 周りとは、違うレベルで生きているんだ。ユウジもそれに気付いて態と周囲を遠ざけてる。

(だけど、それじゃ窮屈だよ)

「ユウジはもっと器用な人間やと思ってた」
「いきなり何やねん」
「私に接するみたいに皆と接したらええだけやん。昔みたいにはっちゃけろとは言わんけど」
「お節介か」
「やってユウジ浮きすぎなんやもん」
「そうやとしても俺は別に何とも思わん」
「本とは会話出来ひんやん。もっと会話楽しまんと高校生活楽しくなるで」
「……話振っても求めてる答え返ってこおへん。底辺にあわせて会話するとかそういうの面倒やねん」

パタンと本を閉じたユウジが頬杖をついてクラスメイトを眺め始めた。
(確かに、中学と高校では大きく違うかもしれない)
学区という壁があった中学時代とは違って、高校では広範囲の色んな環境の人間が入り乱れる。 ユウジはきっと、期待していたんだ。 小春くんに出会って、自分の思考についてきてくれる(わかってくれる)人間が居るのだと知って、 高校でも同じような人間に出会えるんじゃないかってきっと、最初は思っていたんだ。
(だから、余計に裏切られた気分になっているんだろうか)

それにしても、(ほんなら私は何やねん)。

「ユウジにとって私って何?」
「カノジョやろ」
「そういう事言うてるんちゃう、人としてどうなん?私は、ちゃんとユウジと会話出来てんの?」
「はあ?出来とるやろ」
「…私がユウジのカノジョや無くて、ただのクラスメイトやったら?」
「………そういうの鬱陶しいわ。たらればの話はするだけ無駄や」
「そうやって逃げとる事が私を否定してるって、ユウジは頭がいいからわからへんのやろな」

「ユウジのバカ」と捨て吐いて立ち上がると、「おい」と腕を掴まれる。 「何の用事やったんや」とちょっと不機嫌な顔をするユウジに、 「顔見たなっただけ」と言ってその手を振り払った。



(誰かが駄目や、って教えてやらんと、ユウジはきっと孤独になる)

世界は私たち二人のものじゃない。
ユウジ中心に回っているわけでもない。

一度心酔して、盲目になって、何をしても許されると思える相手を見つけて、 それで終わりでは駄目なのに。

「ねえユウジ、誰かと比べるときはその誰かがいての比べようなんやで」

そうやって一人絶望する前に、かつて自分を愛して赦してくれた人が居たことに気付いて、 そして自分を認める事が出来ていた事に気付くべきだ。 それが出来たならきっと、視野も広がるに違いない。

(ユウジはきっと、まだ自分の愛し方しか知らないのだろう)



「訳わからん事言うな」とユウジはそっぽを向いて、私はしばらくその横顔を見ていたけれど、 予鈴が鳴るのと同時にその場を去った。



マイルドセブンティーン



あまりに会話が噛み合わないと疲れるだけだって事を思ってしまうユウジ。
達観しているというか、恐ろしい子供です。
ムーミンの名言に、
「あんまり誰かを崇拝するということは、自分の自由を失うことなんだ」
っていうのがありますがユウジはこれだと思いました。
小春にしても恋人にしても、これっていう頂点を決め付けてしまったせいで周りへの意識が不自由。
でも固定観念で恋人を愛しているようなユウジは嫌だよね。
ユウジは一瞬で終わってしまうような危うい感情が嫌いだからこそこうなってしまうのかも知れない。
極限と比べずに、それはそれこれはこれ、で周りを見れるようになったらユウジも生きやすいかも。
と、どうしてもユウジを単純に気さくに見れない捻くれた私なのでした。