休日の部活動、熱くて大変だろうと珍しくオサムちゃんが「アイスでも食え」と差し入れ代をくれた。
満面の笑みから察するに、きっと競馬かなんかで儲けが出たのだろう。 ありがたく受け取ってそれを白石くんに伝えると、 「ほなそこで暇そうにしとるユウジでも連れて買出し行ってきてくれるか」と心なし嬉しそうにそう言ってきた。 (どうせなら謙也くんとかの方が楽しいだろうなあ)(買出し中のおしゃべりも) と心の中で若干残念がる。 何せ、今日のユウジくんは特に不機嫌そうでちょっと怖かった。 それは試合形式の今日の練習で小春くんと別々にパートナーを組まされたからで。 あんまりやる気も出ないのか、つまらなそうにコートの隅に立っていて、 きっと白石くんはそれを見かねたのだろう。 部長からしてみればユウジくんの気晴らしに、という気持ちだったのかもしれない。 仕方無しに「ユウジくん、うちら買出し組みやって」と声をかけると思ったとおり舌打でもしそうな位嫌そうな顔で返される。 私がびくっと肩を揺らすと、ちょっと気まずそうな顔をしてそれからため息を吐いた。 それからラケットをベンチに立てかけて早々にコートを出て行く。 困惑して立ち尽くしてた私に気付いたユウジくんは「何してん置いてくぞ」とひらひらと手を振った。 「で、何買うねん」 ポケットに手を突っ込んで歩く様はちょっとガラが悪い感じがするし、 相変わらず表情は不機嫌そうだったけれど掛けて来る声にそんなにトゲは感じなかった。 「アイス。オサムちゃんがポケットマネー奮発してくれてん」 と微笑んでみると、「ふうん」とユウジくんは私から目を逸らした。 「あのオッサンめんどい事してくれんな」 「ええー、アイス食べられんねんで?」 「ああ、まあ。それはええけど買出しがめんどいて」 「それは白石くんの指示やってん」 「………あいつ世話焼きやからなあ」 ピクンと眉を一瞬動かして何かを考え、そしてまたため息を吐く。 何に対しての言葉なのかはよくわからなかったけれど、 自分がカリカリしていたという事に気付いたのかユウジくんは一つ伸びをして「ま、ええわ」と笑った。 その顔に不覚にもどきっとして、 (謙也くんがいいなあとか思ってごめん)と心の中で謝った。 (私もげんきんやなあ) 「にしても、」 「あっ」 「は?」 何か言いかけたユウジくんの言葉を遮った私の目の前を、黄色いボールが転がっていく。 道路に飛び出しちゃう!と思って反射的に手を伸ばしたけれど間に合わず、 それを目で追ったユウジくんがすかさず止めてくれた。 それから「ほれ」と何でか手渡される。 とりあえず「ありがとう」と言って受け取ってきょろきょろと辺りを見渡すと、 近くの公園で子供達が遊んでいるのが見えた。 「ちょっと行ってくる」と言い残して公園に入ったまでは良かったんだけれど、 「投げて〜」という子供達に向かってボールを投げると再び私のところへ返ってきて、 何だか普通にボール遊びに参加させられてしまっていた。 元々子供が好きだった私は、嬉しくなってしまってちょっとの間ボール遊びに興じてしまった。 「おい、何してん」 「わ、ごっ、ごめんつい」 「寄り道しとる場合ちゃう、痛っ」 私の腕を掴んだユウジくんに向かってボールが飛んできて、 それがユウジくんの頭にヒットした。 児童が使う柔らかいボールだし、きっと痛いというよりは驚いて咄嗟に出た言葉だったのだろうが、 大袈裟にぶつかった箇所を掻いたユウジくんは般若の形相で子供達を見下ろした。 (いや、) 「ゆ、ユウジくん、暴力は、あかんで…?」 「暴力?はあ、正当防衛や。先にやってきたんあっちやしなあ…」 「大人気なーっ!」 「じゃかしいわ!俺かてまだ中3の子供やがな!」 ぎゃあぎゃあ言いながらユウジくんは子供達を追い掛け回し、子供達は楽しそうに追いかけっこをする。 (なんだ、楽しく遊んでるだけじゃないか)と安心しながら、 私の後ろにささっと隠れてきた子と一緒にユウジくんから逃げ回る。 みんな息が切れた頃、「何、やっとんのやろ俺ら」とユウジくんが膝に手を当てて額の汗を拭った。 「もう終わりー?」とユウジくんのジャージの裾を引っ張ってくる子供達の頭をくしゃりと撫でた彼は、 「終わりや終わり」と気だるそうに言い、私の腕を掴んで「行くで」と公園を後にした。 ばいばいと手を振ると、みんなが同じように笑顔で手を振ってくれてまた嬉しくなった。 「しんど」 「ユウジくんが一番本気やったね」 「俺、子供嫌いやからな」 「嘘やん!意味わからんわあ」 「一々こんなしんどいんめんどいやろが」 「ちょお、矛盾矛盾。それやったら好きなものに対してはめっちゃそっけないて事になるやん」 「なんや。ようわかっとるな」 「ええ、やっぱ矛盾してるやん。小春くんにでれでれやし」 「小春は好き嫌い超越した聖域やからな」 (納得できないような出来るような) 曖昧なラインを引いてきたユウジくんは、掴んでいた私の腕を解放して再び手をポケットに突っ込んだ。 (ユウジくんの嫌いて何や文字通りの意味と違う気がするけどなあ) (好きか嫌いか分かれるとしたらそれは彼の興味のあるものであって) きっと本当に嫌な物に対しては、『全く興味のわかないもの』としての分別がある気がする。 「深いんやなあユウジくん」 「が浅いんやろ。どうせ、何で俺がわざわざ…あ、やっぱ今のナシ」 「何?」 「あー、俺ダッツがええなあ」 「みんなガリガリくんやで」 「白石の分いらへんからその分で俺のをリッチにすんねん」 「それでも足りんわ」 「ほな謙也の分もいらんやろ」 結局、人数分を買ってあまったお金で一つだけユウジくんが食べたいと言ったハーゲンダッツを買った。 それを公園のベンチで二人で分け合って食べながら、 みんなに後ろめたい気持ちになった。 けれど、「買出し班の特権」だとか「駄賃や」と言うユウジくんに、 (私にとっては今こうしてる時間の方が儲けもんだったなあ)と。 言い出せなかったけれどただ、微笑んだ。 |