空を飛んでた。雲は、綿菓子の味がした(ような気がした)。 ふわふわと気持ちがよくて、ああこれは夢なんだとわかってからも私は幸せな気持ちだった。 (まあ実際、その感情を持ったのは目が覚めた後なんだけれど) 久々に楽しい気分になった気がするなあなんてきっと私は寝ながらにやにやしていて、 けれどその私の安眠を妨害しくさってくれたのは、悔しくも大好きな恋人だった。 ピンポーンという音が遠くの方で聞こえて、私は眠りの淵に戻ってきた。 夢と現実の境目に立ちながら、うっすらと目を開けるつもりで現実世界の環境音に耳をそばだてる。 するとやはりピンポーンというチャイムはたった今発せられている音らしい。 誰だこんな非常識な時間に、とむくりと起き上がって目を擦る。 時計を見るより先にこの迷惑な音源を確かめようとドアの覗き穴から外を見ると、 そこには物凄く不機嫌な顔のユウジが立っていた。 (ああ、今すぐあけないとその方が面倒そう)と考えてガチャリと鍵を回すと、 私がドアを押すよりもはやく重たい扉がぐんと開いた。 「遅いわ!何しとったんじゃ!」 「…………なに、て、見て、察して、ほしい」 「ああ?髪の毛ボサボサなんも目開いてんのか開いてへんのかわからんのも涎垂らしとんのもいつもの事やないかい」 (この男)一体私の何が好きで付き合っているのだろうか。 乱暴に靴を脱ぐなり荒々しい足取りで真っ暗のままの私の部屋に向かったユウジは、 鞄を放り投げてばふっとベットにダイブした。 思考回路はショート寸前(って歌あったよね)の私としては、 もう彼が何をしようがどうでもいいのだけれどとりあえず一言でいいから謝って欲しいものだ。 とぼとぼと部屋に戻ってベットに入りたいものの、そこにはうつ伏せになってベットを占領する諸悪の根源がいるわけで。 「何かやなことでもあったん」 「………………」 「ねえ」 暗闇になれた目で彼を見下ろすと、なんだかいつもより小さくて頼りなく見える背中に心が擽られて。 どうしようもなく甘やかしたい気持ちがわいてくる。 正直そういう風に私が彼を許しすぎるから、彼がどんどん我侭で強引で自分勝手になっていくのだろうと思うのだけれど。 手を伸ばして頭を撫でる、しばらくそれを受け入れていたユウジが突然起き上がったかと思うと、 私の腕を引っつかんでベットに縛り付ける。 「何かあったって言うたら、慰めてくれんのんか」 「私に出来る範囲ならしたってもええけど」 「お前、ちょっとは怒れや」 「ほな、まず謝ってや」 「何で俺が謝んねん」 「安眠妨害と不法侵入の刑」 「そら、寝てたお前が悪いし鍵開けたお前が悪い」 「じゃあ何なら怒ってええねん」 「お前、俺がこんな時間までどこで何しよったかとかをまず聞け」 ユウジがぺたんとベットに座り込んだので、私も彼の下敷きから解放されて一緒にベットに蹲る。 「別に聞きたいと思わへん」 「何でやねん」 「何があったかしらんけど、そもそも自分から言い出さへん事無理強いしようと思わへんし、 それでも何かしら救いが欲しくて私のとこに来たんやったらそれだけでええし」 「それに、眠いねん」と欠伸をすると、ユウジは「お前、大人やなあ」と呆れたように呟いた。 (誰のせいで)と若干思ったけれどそれは言わなかった。 彼の満足する答えを与えられたのかはわからないけれど、「冷めた」と言ってユウジは再び横になった。 ぽんぽんと布団を叩いて彼が手招きするので、そこに向かってばふっと体を横たえる。 すると唇が額に押し当てられて、その後「なあ、キスしてええか」とユウジが言った。 「何、それ」 「紳士やろが」 「いや、何かちゃう気ぃする」 「うっさいわ」と言って結局私の答えを聞く前にユウジは自分のそれを私の唇に押し付けてきた (どうせ、やだって言ったってしてくるくせに、何のための確認なんだろうか)。 しばらくただユウジの好きなようにさせていると、するっとパジャマの裾から熱いてのひらが侵入してきてびくりと肩を揺らす。 「ねえ、私ねむたいねん」 「寝とったらええわ。何や俺、今ごっつお前を気持ちようしたりたいねん」 「それは、ありがたいんやけど、そう思うんやったら普通に眠らして。したら簡単に気持ちようなるから」 「お前俺と睡眠どっちが大事やねん!!」 「いや、それ聞く?ちゅうか今さっき自分も寝とったらええとか言うたやんか」 「本気で寝たらお前の首絞めたるぞ‥」 「冗談に聞こえへんからそれ」 「冗談ちゃうわ」 わき腹をするすると往復する手が、くすぐったくて。 ユウジが触れたところがじんわりとあったかくなって。 (私が窒息死でもしたら、どうせ困るのはそっちのくせに)とか (でももし、悲しんでもらえなかったらどうしよう)とか色んな事を考えて。 すっかり自分の目がさえてしまったことに気付く。 「さっきまで見とったすっごいいい夢よりもいい気持ちにさせてくれるんやったら付き合う」 (あくまでも私は仕方なくあんたに付き合ってあげるだけなんだから)と自分の気持ちを遠くに隠してそう言うと、 ユウジは「それは俺への挑戦か。ヨすぎて泣いても知らんぞ」と口の端を吊り上げて笑った。 |