昼休みが終わりに近づいた頃、私は友達の輪から離れて一人机に向かって本を読んでた。 ざわざわとした教室の中で、色んな声をキャッチしながら勝手にその会話にレスポンスする。 本の中身なんてちっとも入ってこない、けどそれが楽しくてたまにこうして本を読んだふりをする。

しばらくして、やかましい声が教室に入ってきて入り口付近で占いについて盛り上がってた女子グループに捕まった。 ちょっとの間わいわいと楽しんでいたようだけれど、私の隣の席にそいつが着席した頃には、 彼はすっかりとくたびれている様子だった。
「俺と小春の相性があんなに悪いわけないやろが、あの本おかしいわ」 とぶつぶつお経のように唱えるので、私が「うるさいわ」と文句を言うと彼はふとこっちを向いた。

「なんや、おったんか」
「おったわ。視力検査しなおしや」
「空気んなっとってわからんかったわ」
「言うとれ」

興が冷めてパタンと本を閉じて、窓の方に視線を送る。
外に居た生徒がのそのそと校内に戻ってきている様が目に入った。

「ところで俺、お前の誕生日知らんわ」

後ろの方からそんな暢気な声が聞こえて憂鬱になる。
大方さっき女子に捕まった時に誕生日占いでもやったのだろう。

「別に、知らんでも一氏くんに問題ないやん」
「うわ、お前おもんないなあ。乗れや。ちゅうか誕生日聞いてそんな捻くれた返事すんのお前くらいやで」
「でも、そういうもんやん」
「女子やったら、当ててみーとか可愛く言うてみ」

一人百面相する一氏くんをちらりと見て、私はため息を吐いた。
(誕生日は、自分にとっては凄く大事な日だけれど)
(他の人にとっては、なんでもない、ただの一日だ)
魅力も無く、意味もなく、些細に過ぎていく一日でしかない。

彼は知ってどうするんだろう(どうせ、へえ)とかで終わる。

「一氏くんは世界の総人口て知っとる?」
「は?急になんやねん」
「大体68億人。これってどういう事かわかる?」
「いや、どうもこうも68億なら68億ってだけで」
「総人口68億人として数字だけで考えると、一日におよそ2千万人が誕生日なわけや」

一氏くんは眉間に皺をよせて、しばらくした後「…あー」と面倒臭そうに相槌を打った。

「日本だけで考えるなら、およそ一日に3千人が生まれとるらしいで」
「ほう」
「そのうちの、たった一人が私なわけ」
「やから?」
「やから、一氏くんにとって大した事やないやろ」

喋り終わった私は、一仕事終えた気分で「はあ」ともう一つ息を吐いて黒板の上にある時計を眺めた。 丁度、カチと長針が動いて予鈴が鳴る。
私と一氏くんは静かにそれを聞いて、余韻が消える頃頭にビシッとチョップが振ってきた。

「いたっ」
「アホか」
「何が」
「残りの千九百九十九万9999人に比べてが俺にとってそのたった一人やから、 聞いとるんやないかい」
「…いやいや、明かさっきノリで聞いたやんか」
「誕生日なんてノリで聞くもんやろが」
「まあ」
「ええからはよ言えや。何かそこまで屁理屈言われると俺も納まりつかんわ」

(やっぱり何にもわかってないんだなこの男)

誕生日を聞かれるって事が、どんな気持ちになるかなんてわかってない。
(期待とか、そんな淡い気持ちとか)(何気ない一言に一喜一憂する事とか)



答えるまで目を逸らさないぞをいう雰囲気をふつふつと醸し出す一氏くんに向かって、 私は「じゃあ当ててみてや」と呟いた。


逃げ口上に混ぜた恋