丁度お互いの講義が同じ時間に終わった日、私はそのままユウジの家に行ってレポートを書いた。
机の向かい側で、自分家帰ってからしろとぶつくさ文句を言うユウジもなんだかんだプリントを広げて、 お互いのそれが終わった頃雪崩れ込むようにベットに寝転んだ。
(だらしない日常だなあ)なんて遠くで思いながら私はユウジの唇に応えてた。




「ねえ、おなかすかん?」

だるい体をこてんとひっくり返して机の上の時計を見ると、22時を回ったところだった。
日が沈む前にここへ来て、レポートをやった後だらだらしていたせいですっかり夕飯を食べ損ねていた。
私の髪の毛をいじっていたユウジも気だるげに「あーそやなあ」なんて言う。

「私ハンバーガー食べたい」
「お前この状況でよう高カロリーなもん食いたくなんな。俺パス」
「深刻なほどお腹空いてるんやもん」
「あっそ。ほな俺ジンジャエールな」
「…私に買って来いゆうてる?」
「食いたいヤツが行け」
「普通こういう時、気つこて男が行くもんやろ」
「人生そんなに甘ないで」
「ユウジのアホ」

上体を起こしてユウジの鼻を抓んでやったが、そんなの痛くも痒くもありませんという顔をされたので、 私は構うのをやめてベットの上やら下やらに散らばってた服を拾い集めてさっと着た。
本当は出かけるならシャワーの一つも浴びたいものだけれど、 夜だしファーストフード店にふらっと行って帰ってくるだけなら後でいい。
(何より私は今、むしょうにハンバーガーが食べたい)

財布と携帯を手にとって玄関に向かって靴を履く。

「ほなうち、ちょっと行ってくるけどほんまに飲み物だけでええの?」

パチンとサンダルのボタンを留めながらそう言うと、後ろの方でギッとベットが軋む音がして。 それからドスドスと不機嫌な足音。
振り向くと至近距離にユウジが居て、「なん」と言うと頭を軽くはたかれた。

「ちょお、痛いやんか、何すんの」
「アホかお前、なんちゅう格好で行こうとしてんねん」
「なんちゅうて、なんも今日着てきた服やんか」
「上、羽織っとったやろが」
「今体ベタベタやから羽織りたくないねん」
「変態に襲われても知らんぞ」
「変態てユウジの事やんな」
「真面目に言うてんねん」

夏だし、キャミ一枚なんてそのへんいくらでも歩いてる。
ユウジは別に恋人のファッションにケチつけてくる性質でもない。
だから意外だった。

ガバッと上から私が今日着てきたシャツを無理やり被せられて、私はそれがいやでジタバタと抵抗すると、 ユウジは小さく舌打をして私の腕を引いて部屋に引き返した(土足で)。

「何なんユウジ!」
「待っとれ」
「は?」
「やっぱ俺が行くわ」
「ええ…なんや優しさが気持ち悪い…」
「お前今色気やばいわ」
「はあ?」

私は部屋の中でサンダルを脱ぎながら、Tシャツを着込むユウジの背中をただ眺めてた。
小さな引っかき傷がいくつかついてて、それを見てちょっと恥ずかしくなる。
(ああ、そういう事か)

「何が食いたいねん」
「…てりやき」
「それだけか」
「うん」

玄関に消えて行くユウジが、「俺が出たらちゃんと鍵閉めとけよ」なんて過保護な事を言ってくるので、 「そない心配やったらはやく帰ってきてや」と壁からちょっと顔を出していってやると、 ヤツは右に口角をニッと吊り上げて「りょーかい」と言った。



あーあ、もうハンバーガーなんてどうでもいい。


冗談じゃ済まなくなった。
(はやく、あの変態が帰ってくる事をひとりぼっちの部屋で願う)