「うわあ」

シャワーを浴びている最中、何だか沁みるなあとは思っていたけれど、 改めて鏡でその部位を見てみたらくっきりと歯型がついていた。 鬱血しているだけですんでいる部分もあれば、薄らと表皮が破かれている部分もある。
(こういうのって、見ちゃうと痛くなるんだよねえ)
肩口のそれをそっと撫でてみて、びりという痛みを感じる。
(ちくしょう)なんて思いながら一枚服を羽織った。



「お前、さっきなんか言うた?」

浴室から出ると、ベットに寝そべって携帯なんかを打っているユウジが片手間に私に声を掛けた。 どうやらさっきの「うわあ」が聞こえたらしい(地獄耳だ)。

「ユウジのあほ、て言うた」
「へえ」

肩にかけていた少し湿ったタオルをユウジの顔に向かって投げつける。
「ぷあ」という間抜けな声をききながら、私は床に座ってペットボトルの中身を少し胃に流し込んだ。

「なん、ご機嫌ナナメやなあ」
「だれのせいで」
「気持ちよがってたやないかい」

するりと伸びてきた指先に器用に首筋を撫でられてその腕をばしっと振り払う。
「おおこわ」と引っ込められたその腕を見ながら、もやもやと考えて身を乗り出す。 「お?」と声をあげるユウジの指先をすくって噛み付いた。

「いった」
「ふん、痛いやろ」
「ええーチャン何やの」
「ユウジ、噛み癖なおしてやもう」
「いや、噛んできたのお前やろ」
「どの口が言うねん、これ見て、」

服の首周りを少し広げて歯型を指差して見せれば、ユウジは「うわすご」とまじまじそこを観察した。

「どないしてんそれ」
「やから、どの口が…はあ、もうええわ」
「いや、わかっとんのやけどな」
「これ、けっこう痛いしじわじわくる」
「すまん、無意識やねんもん」

(無意識、そんな言葉で簡単にすまされるくらいの事ならいいけどね)
ユウジの噛み癖は昔から知っていた。そういう行為を、する前から。 爪を齧ったりシャーペンの先を齧ったり、そういうのを見ていたけれど。 まさか私にまで噛み付いてくるとは思ってなかった(しかも容赦無い)。
気持ちいいからそうなっちゃうんだろうなとは思うんだけれど、 本当に痛い(まあ痕が残るとかそういうのを気にしているわけじゃないけど)から止めて欲しい。

「しかし派手やなあ」そう言ってユウジは私についたユウジの痕跡を指でなぞった。

「いたい」
「かわいそ」
「そう思うなら止めてって」
「いや、何や今えらい優越感」

かし、と短く切りそろえられた爪が傷口を引っかく。

「変態」
「けっこうけっこう」

私はやっぱりその腕を掴みとって指先に噛み付いた。
は優しいからどうせ本気でやらん」とユウジは目を細めて私を見て、 あいている方の手で湿った私の髪を撫でた。
(そんなの、当たり前だ)
この男のからだがなくなったら困るのは私の方だもの。
怪我をされて痛い思いをするのも私の方。
(そんなユウジ見たくない)

「あーあ」
「終わりか?」
「どうでもよくなった」
「あっそ」

未だに太陽の光を遮っていたカーテンをシャッとあけると、外の眩しさに目がくらんだ。

「ねえ、今日何しよう」
「昼寝」
「さいていや」

カーテンを弛ませながら振り返るとユウジはもう携帯の画面に魅入っていた。


ひびの入ったガラスの靴
(いくら歪んでもすべて赦せるくらいにはこの男が好きなのです)

ユウジに噛み癖あったらかわいいなあ(この話の噛み癖は限度をこえてるけど)と、ふと。