気になってる彼の誕生日が近くなってきた。
私は勝手にそわそわしながら、彼を注意深く観察していた。 友達に、「そんなに見たら気付かれるよ普通に」なんて注意されながらそれでも穴が開くほど眺めてた。

そんなある日、彼が男友達と欲しいものについて話してた。 誕生日が近いからそんな話してるんだろうなって察しがついて耳を澄ます。
『自分用のテレビ』なんて聞こえた時には一瞬で(それは無理)と思ったけれど、 『デザイン用のスケッチブックとペン』という現実的な回答があった時には私はしっかりとそれを心に留めておいた。
そしてふらりと街に出て、彼の事を考えながらプレゼントを選んだのだった。





「うわ、ほんまに買うてくれたんか!」

誕生日当日、割と大きな声が教室に響き渡った。
ガサガサと包みを広げる音がして、ユウジくんの笑い声。

「ありがとさん、大事に使うわー」という声は、私からは遠い場所にある。
(まあ、そうなるよね)
私は彼宛のプレゼントが入った鞄にちらりと視線を送って知らん振りをした。 (私が渡しても、彼は同じ事を言ってくれただろうか)そんな風に置き換えながら、 楽しそうな笑い声を聞いていた。

結局、誕生日おめでとうの一言すら言えないまま当日が終わってしまった。
友達から「バカじゃないの」と言われながら、私は何とも思わなかった。
こうなる事は最初から想定してた。
元々私が彼に欲しいものを聞いたわけでもなかったし、 プレゼントの中身が被るんだろうなと思って態と買ったし、 それでそれほど私とユウジくんは仲良くない。
(だからいいんだ)
彼が欲しいものを私も持ってる、まあそれでいい。



誕生日から数日。彼宛だったスケッチブックは未だに白紙、ペンは一応学校で使っている。 結構使い勝手がいいペンだったし、デザインも気に入っている。
彼だったらどんな風に使うのだろうか、ペンを握りながらぼんやりと考える。 そんな恋に恋するような毎日に浸っていた(私はそれで割りと満足だった)。

で、ある日教卓に置かれた面談サインアップ表に書き込みに行こうとペンを持って表と向き合う。 いつにしようかなあと空白と睨めっこしながらペンを遊ばせていると、 横から「お、」という声が聞こえた。
その声は(私が間違うはずがない、)ユウジくんの声で、内心(うわあ)とか思いながら振り返る。
やっぱりユウジくんだった。

「あ、書く?」
「いやええよ、それよりそっち」

彼の指さす方向に視線を持っていくと、私の手に握られたペンがあった。

「これ?」
「何処で買ったん?俺、そのメーカー好きで使っとったんやけど最近見かけんくて。 使いやすいよなあ書き心地ええし」
「あ、うん、そうやね、えと、そんで、ああ、うん」
「ちょお、自分大丈夫か」

(やっぱり、あげればよかったかな)
まさかの事態にちょっと、というかかなり私は混乱した。
「これ、誕生日プレゼントに買っててんけど」とか「よかったらあげる」とか、 色んな言葉が浮かんでは消えていく。
百面相する私を見て、ユウジくんは笑った。

「まあ落ち着け」
「うん、そうだよね」
「で」
「で?」
「何処で買ったん?」
「あ、秘密!」
「ええ、何でやねん」
「確かに」

咄嗟に口から出たセリフだった。
つかってないのあるからあげる、と言いたかったのかもしれない。プレゼントがまだ間に合うなら。

「ちょお、待っとって、あんな、明日教えるから」
「何でまた明日やねん。かわっとんなあ
「ユウジくんに言われとうないけどね」
「ぬかせ」

こつんと頭を叩かれて、私は過呼吸寸前だった。
(こんな事があってもいいんだろうか、とりあえず渡せなかったにしてもプレゼント買っておいてよかった) と震えがちな手で結局適当な場所に名前を書いた。 その横で、「やっぱ俺も書いてこ、ペン貸してや」と言うユウジくんに、 「お納めください」と両手で丁寧にペンを渡す。

すらすらと書かれていく文字(綺麗な字だった)を見ながら、 ああ、同じペンの同じインクで私たちの名前が書かれてるとちょっと変態染みた事を考えた。



(明日、遅めの誕生日プレゼントを渡そう)


ジュリエットの空想定理