、帰りやけど」
「あ、うんわかった。私も今日みっちゃん達と寄り道して帰るから」
「…さよか」
「うん。部活頑張ってな」

昼休み、廊下で彼女とたまたますれ違って声を掛けた。
本当は「帰りやけど、(一緒に帰ろうや)」と言いたかった。
けれど言い出すより前に彼女が先手を打ってきた。 用事があるんじゃしょうがない(きっと「一緒に帰ろうかと思ってんけど」、 と言ったらは俺を優先するだろうけれどそこまで傲慢になるつもりはない)。
ニコッと笑って俺の横を通り過ぎる、残り香をすんと嗅ぎながら俺は振り返って彼女の後姿を見ていた。

(何が、アカンのか)
付き合いたての頃、正直彼女よりもテニスの方が大事で上へ上へと行く事に必死だった。 小春と一緒に居てシンクロを会得する方が重要だったし(小春と一緒に居りたいって気持ちも強かったし)。
彼女はそれをわかってくれたし、だから自分よりも小春が優先なのだというのを大前提に会話をしてくる。
(ああ、元はと言えばそんな時期に彼女を作った俺が悪かったのか)
それが今のすれ違いの原因だろうか。

(でも今更)
テニスにおいての自分たちのポジションが安定してきたからって、 長い間ほっぽっておいた彼女にあれやこれを求めるのはずるい気が、してた。






(『部活頑張ってな』って言われたから居残りをしたわけではない。断じて)
けれど俺はぞろぞろと皆が上がっていく中一人残って壁打ちをした。 (煮え切らない想いが心の底でふつふつと音を立てていたから)その音を掻き消すために、 壁に当たって跳ね返るボールの音を必死で追う。

「ユウくん何やっとん」

ふいに背中に聞こえた愛しい人の声に振り返ると制服に着替えた小春が立っていて、 俺はパシッと帰って来たボールを片手におさめて額の汗を拭った。

「上がりから見当たらんなあと思っとったけどこんなところで」
「もうちょっと何ややってきたかってん。小春がおらんくって寂しいけどな!」
「いややる気あるのはええんやけど早く上がりや。ちゃんがユウくんがおらんで寂しがってんで」
「は?」
「いや、は、やのうて女の子待たせるとか最低やでユウくん」
「いやいや、小春、そんな嫉妬で嘘つかんでええって、一番はいつも小春やで!」

恋人が出来た、という事は勿論一番に小春に報告した。
自分の事のように喜んでくれたし(それも若干複雑だったのは内緒だが)、 何やかんやと世話を焼いてくれるし気にかけてくれていたのだが、 が学校に残っているはずのない事を知っている自分としては小春が嘘をついているとしか思えなかった (ドッキリ、的なな)(「ユウくんアタシの事も大事にして!」みたいなな)。
両手を広げて小春に向かってダイブすると、顔面をぐわっと掌で押さえつけられる。

「鬱陶しい、はよ行けやこのダメ男」
「こは、こはるぅーーー!」
「はいはい、わかったけどほんまやから。早よ着替えてキリッとした顔で昇降口行き」




訳のわからない事もあるもんだが、 小春の言う通りに謙也も真っ青な速度で着替えをして昇降口へ向かうと、 確かにロッカーを背にぼうっと外を眺めるが居た。

(何、しとんお前)」
「あ、お疲れ」
「いや、(お疲れやのうて今日は)」
「ごめん、何や顔見たくなっただけ。小春くんとの帰り道邪魔せんから。ほなまた明日」
「ちょお、(待てって)」

昼休みのようにニコッと笑ったは一体いつからそこに立っていたのか、緩慢な動きで外へと向かって歩き始めた。 その腕を咄嗟に掴むと、彼女はただ、立ち止まった。 それから「ほんまにごめん、ちゃうの、ほんまにちょっと顔見たくなっただけ」と謝った。

「ごめんやのうて、今日友達と帰ったんちゃうんか」
「あ、うん、そのつもりやってんけど、お昼にユウジくんに会ったら何やもっぺん顔見たなってそれで」
「わざわざ遊び行って戻ってきたんか」
「ううん、ずっと居た。テニスコート、遠くから眺めたりしてた。 うわ、なんやストーカーぽいな今の。やっぱ聞かんかった事にして欲しい、ごめん」
「お前何をそんなに謝っとんの?」

「はあ、」とため息をひとつつくと、彼女の小さな肩がびくりと揺れた。
今のため息は自分自身に吐いたものだったのだけれどどうやら彼女は自分がとてもいけない事をしたように考えているらしい。

「やって、ユウジくんは私にそういうの求めてへんやろう」
「何が?」
「我侭言ったらアカンて、ちゃんとわかってるけどたまに、たまにな、ちょっと不安なって、それでなんやごめん、」

(ああ)
もしかしてお互い同じ事を考えて遠慮しすぎていたのか?

「いや俺、怒ってるんちゃうねん、すまん。こんな風になったん俺のせいやんな。 何や今更おこがましいっちゅうか格好つかへんくて小春にやるみたいにお前に態度に出せへんかったけど、 俺かての顔見たくなるで、しょっちゅうな。よく眺めとるし。ほんで俺、ちゃんと求めとるからそういうの」

しばらくの沈黙があって、うんと小さな声が「ほんまに?」と呟いた。
「ほんまに」と相槌を打つとやっと彼女は振り返って俺を見た。それから視線を逸らして、頬を赤く染めた。

「あり、がと。今日はええ夢見れそう」
「大袈裟や」

が掴まれていない方の手でもじもじとスカートに皺を作っていたので、 いじらしいその手も絡めて軽く抱きしめた。「わ」と小さな声が耳元にこだまする。

「なあ、これからはちゃんと言いたい事言うてやりたい事もやってくわ。嫌や言うてももう無理やで止まれへん。 スイッチ入ったしな。俺の愛はマグマより深いで」
「マグマて。何や怖くなってきた、私に対しても小春くんみたいになんの?」
「アホ、それ以上や」
「うわあ、」
「ほな、帰ろか」
「ええの?小春くんは?」
「今日は初めからと帰るつもりやってん。誘う前に先に振られただけやで」
「ええ、ほんま」



帰り道で手をつなぎながら、「これからは自分よりも小春が優先とか思うなよ」と脅しのようにそう言うと彼女はいびつに笑って 「何や複雑や」と言った(女心って難しいな)。


とかげのしっぽみたいな愛情