席替えをして、隣になった。
その日、教科書を忘れた。
私は窓際だったので、当然頼れる相手は真新しい隣の席のクラスメイトしかいない。
机をくっつけて、教科書見せてとお願いしたら。 物凄い勢いで机を離されて「この席の距離以上近寄んな、ボケ」と罵声を浴びせられた。
びっくりしたのと、ショックなのとダブルパンチだった私の席に、 彼は自分の教科書を投げて寄越した。
(自分は教科書なんかどうせ開かんからええわ)とか何とかって。

意味、不明。


(Selfishly I'm in love with you)


隣の席になってから彼の様子を注意深く見るようになった。 それでわかった事がいくつかある。
彼は極端に女の子に冷たい(私だけ嫌われてるんじゃないんだとわかって、ちょっと安心) (でも、暴言吐いたりしない。それは私にだけみたい)。
それから小春くんにやたらべたべたしている(噂じゃホモだのなんだのって)。
結構人気者だったりもする。
それで、よく見ると横顔が格好良かったりする。

「…何見とん、キモイわアホ」

正面向いた顔は、こんな風に私に罵声を浴びせる時なため酷く歪んでいる (だからあまり格好いいと思えない)。



相変わらず、通路を挟んだ机同士の距離分私たちは離れている。
それが何だかひどくむずむずする。

そんなある日のお昼休み、裏庭の木陰で寝転がってる彼を見つけた。 (おお、珍しいところ発見)と思ってこっそり彼に忍び寄るとその瞼は固く閉じられていた。
(あ、正面から見ても格好よかった)

しゃがんでまじまじ普段見れない顔を観察していると何だか触れてみたいなという悪戯心がむくむくとわいてきて。 (どうなるんだろう)とか、(何で女の子が嫌なんだろう)とか、 そんな事をうっすらと考えながら私は彼のほっぺたを親指と人差し指で軽く撫ぜた。

「んん、こは…る……………?」

くすぐったかったのか、少し身じろいだ彼が私の指先に猫みたいに擦り寄ってきてそれから薄ら目を開けて。 数秒間ぼーっと私をただ、見つめた。
その後、マンガで言うと絶対に『サーーーッ』って効果音がつくような青ざめた顔になって、 バッと彼は飛び起きて私から離れていった。 いつもの距離の、二倍くらいあったかもしれない。

「おっ、おま、お前何しよんねんボケェッ!!!」

彼は制服の肩口で一生懸命ほっぺたを拭っていて、それが必死すぎて何だかおかしくて。 メチャクチャ怒っている彼の前で笑ってしまった。

「死なすどワレ…」
「ご、ごめん、あはは、何か新しい面見てもうた」

しばらくして、彼はほっぺたを拭うのを止めちょっと顔を赤くした。

「これやから女は嫌いや」
「でも私は、ユウジくんと仲良うしたい」
「…女はなあ、甘いにおいでやわっこくてずるいねん」
「………それ、私がユウジくんに仲良うしてもらえへん理由なん?」
「せや」
「何や、ようわからん理由やんなあ。なら私、ごっつくて汗臭くなればええんやろか」
「いや、お前がそんなんやったら俺引くけどな」
「ちょお、どっちなん結局私がアカンみたいやんか」
「お前やからアカンねん」
「ええ、ここでカミングアウト!?」

思ったよりも大ダメージを受けた私は思わず両腕に顔を埋めた。
何がそんなにダメだったのかわからないが(ああ、ちょっかい出しすぎがダメなのか?)、 彼にとって私は女である以上に人間としてダメらしい。
もうどうしようもない。

「おい
「うあ、私の名前知っとったん」
「お前俺の事見くびっとらんか…」
「せやかてユウジくん私の事嫌いやん」
「ちゃうわ、そやのうてお前、…まあええわ。とにかく俺に近寄るな」
「ええ〜〜〜意味わからん」

ユウジくんは立ち上がってお尻をはたいて、私に人差し指を立てて念を押して去っていった。 その背中に、小さな雑草がいっぱい張り付いているのを見て私は彼を追いかけた。
はらってあげようと「背中ついとる!」と彼の腕を掴むと、 「うわ」と声を上げて彼は顔を真っ赤にした。

(これ、もしかしてただ照れとるだけなんか)


とどめのゼロ
(わっかりにく!)

お互い距離がゼロになってみないとわからない事ってあるよね、っていう。
ユウジは女の子が苦手でもおいしいかなあと思って。