暑い夏の休日、だらだらとアイスを食べながらリビングでテレビを見ていた。
そこに一本の電話が入り、ディスプレイを見たらそれは「今日部活や」と言っていたはずのユウジだった。 ついでに時間も確認すると携帯のデジタル表示では10時半を指しており、 私の知る限りではその時間彼は熱心にコートで小春くんのお尻を追いかけ…違う、 ボールを追いかけているはずだった。
緊急な用事だろうかと通話ボタンを押すと、「ドアホ、出るん遅いわ!」という怒声から始まり、 「どうせ予定無いやろ、今すぐうち来い、10分で来い!」と言う乱暴な言葉で通話が終わった。
一方的に切られた電話は、呆然とする私をよそにツーツーと規則正しい電子音を鳴らし、 今さっきまで私たちが会話(するはずの道具だろうこれは)していたことを伝えてきた。

「はあ!?」

ようやく頭の中でユウジの言葉の意味を理解したところで私は一人大声を上げた。
幸いリビングには私しか居なかったので誰からも「うるさい」と注意はされなかった。

(ありえへん、ありえへん)そう思って携帯を放り投げて私はまたぼーっとしながらアイスを食べる作業に戻ったのだけれど、 万が一今の暴君の電話が彼のピンチや救いを要する急な用事のヘルプコールだったとしたら、 と考えると頭の中がユウジでいっぱいになってしまい、 結局私は残りのアイスを乱暴に袋に突っ込み冷蔵庫へとリターンさせた。
着ていた服は休日の自宅仕様でゆるい感じだったし、髪だって整ってなかったけれど、 私は自室に戻ってサイフをポケットに突っ込みチャリ鍵だけを持って家を出た。
炎天下の下、ユウジの家に向かってひたすら自転車のペダルをこぎ続け辿り着いたのは彼から電話を貰った30分後で。 汗はだくだく、息も切れ切れに彼の家のインターホンを鳴らすと無言の威圧感を醸し出しているユウジがガチャリと玄関を開けて出てきた。

「ゆ、ユウジ、何やったんさっきの、電話、」

全力疾走した後みたいに焼けつく咽から絞り出すようにそれだけ言った。
しかしユウジは何も言わず、ただ私の腕を引っ張って家に上がらせ (サンダルだったからすぐ脱げたけどスニーカーとかだったら絶対土足で上がってた)、 私を彼の部屋へ押し込んだ。
おっとっと、と入口付近に散らばっていた小物に躓いてよろける私の背後で、 バタンと扉のしまる無機質な音が聞こえた。

「ちょおユウジ、何やねん、ていうか今日部活やったんちゃうん」
「今日フリー練やったんけど小春急に来れんくなってもうたらしいねん。やから行くん止めた」
「へえ、で、私を呼びつけた理由は?」
「別に。暇んなったから呼んだだけや。どうせお前も暇やったんやろ」
「…はあ!?それだけ!!?アホちゃうか!!私、私まさかユウジに有事あったんちゃうかて、 必死こいて汗だくでここまで来たゆうに、暇やからって何やねん!」
「さりげなくつまらんギャグ言うな!!」
「あーーーもう損した、ほんま損した、アホ、ユウジのアホ、私のアイス返せ」

ずるずるとその場にへたり込むとユウジが傍を通り過ぎてベットに腰を下ろした。 謝罪の言葉は無いしたぶんちっとも悪いと思ってないし、 それどころかさんざんな私を見てちょっとにやにやしている。
せっかくの休日を無駄にしてしまった(と言ってもテレビ見てごろごろしてただけだけど)。

「帰る。何も無いんやったらうちでのんびりする方がよっぽど有意義や」
「はあ?俺と過ごした方がお前にとっても有意義に決まっとるやん」
「ユウジのその自信がどこから来るんか知りたい」
「お前、もっと俺のこと大事にせんかい」
「しとるわ!やなかったらこんな汗びっちょりでここまで来てへんわ!」
「何やもしかして俺、愛されてんのか」
「当たり前やアホ!ユウジの方がもっと私を大事にするべきやんか」

ユウジは嫉妬深いくせに、自分が大事にされることには疎いのだ。
それは相手により深い愛情を求めるが故の盲目と言えるかもしれない。
携帯出せ俺以外のメモリ全部消去しろだの、一週間分の予定は月曜日にきちんと提出しろだの、 俺以外の男と話すなだの、半径3メートル以内に入っていいのは俺だけだだの、 無理難題言いつけてくるくせに、精一杯応えようと頑張ってる私なんか目に入ってもいない。
一度本当に携帯のメモリを全部消去した事もあるし (その後友達をひとりひとりまわってまた交換してもらった)、一週間分の予定表だって作ってる、 よほどの用事がない時は男子には話しかけないし近づかない、 それがどんなに大変でどんなに私にとって重荷になっているかこいつはわかってない。
ついでにそれがどれだけ深い愛がないと出来ないかもわかってない。

そのくせ自分は「小春」「小春」って、 大体今日だって部活(=小春くん)優先で私はそれがキャンセルになったから呼ばれたわけで。
(私は二の次か)(それともユウジにとって都合のいい何かなのか)

「ユウジのアホ、ほんま、何で私こないけったいな男好きになってもうてん、」
「おい、何勝手に泣いとんねん、俺に許可取ってから泣けや」
「うるさいわアホ、ユウジなんかアホて名前改名せえ」

前髪は額に張り付いていたし、足は自転車の漕ぎ過ぎでふらふらしてたし、 全身はしっとりと汗ばんでいたし、服は適当だしで今日の私はどう考えても好きな人の前に居られるような姿じゃなかった。
(もっと可愛い女の子でありたいのに)
だけどユウジはそんなみすぼらしい私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「何や嬉しいのに嬉しない…もっと私のコンディションいい時にしてんか」
「天の邪鬼やなお前。しゃーないやろ、今こうしたかってんから」

扇風機の首のまわる音と、網戸の向こうから聞こえる蝉の声や環境音がうるさいぐらい耳に響いた。
しばらく私たちは無言で部屋の真ん中に立ちつくし、お互いのぬくもりを確かめ合った。

「アカン、何やムラムラしてきた」
「…もしかして愛されてるんかなあ、て感動を返して欲しい、そのセリフ」
「愛しとるから反応してまうんやないかい」
「私はもっと違う方向で表現してもらいたい」

(やっぱアホやこいつ、人がちょっとうるっときとる時に)、 そう思ったらやっぱり腹が立って来て私は両腕を彼の胸に押し当ててぐいっと引き離した。

「せや、携帯メモリ全部とは言わんけど、小春くんの写メとアドレス削除でええわ。 それで今のセリフと今日の事帳消しにしたってもええよ」
「はあ!?お前鬼か!!俺に死ね言うんか!!!!」
「前ユウジが私にやった仕打ちと一緒やんか!じゃあ私のアドレスでもええで、どっちか選ばしたるわ!!」
「え、ほなお前…」
「…もう別れる」
「はああ!!!?アホぬかせ!!冗談やて、ほんま、堪忍して、嫌や、、お前のことごっつ愛しとる、結婚しよう!!!」
「どさくさに紛れてアホ言うな!!ユウジの頭ん中ゼロか百しか無いんか!単細胞!勢いで適当な事言うな!!」

ギャアギャアと大声で騒いでいた私たちの声は家の中にも外にも丸聞こえだったかもしれない (実際丸聞こえで、帰り際ユウジのお兄さんに「痴話ゲンカは犬も食わんで」と呆れたように突っ込まれた (うるさくしてごめんなさい))。
けれどお互い白熱しきっていたこの時は、周りを気にする余裕なんて持っていなくて。 ドタバタともつれ合いながら床に転がって、荒い息を繰り返しながらもまだ罵倒しあって、 いい加減疲れたころにどちらともなくキスをした。

仕方ない、甘酸っぱいような恋もあれば、私たちみたいにおかしな恋愛しかできない人たちもこの世にいるのだ。
でもこれでいい、私たちはこれで成り立っているんだから。
私に『私なりのユウジへの愛情』が存在するように、ユウジには『ユウジなりの私への愛情』が存在している (はずだと信じたい)のだ。 もともとこういうスタンスで付き合っているのだし全て了承した上でこういう関係を続けている。
(だから、)

「もうええわ。ユウジにとってこれがユウジの精一杯なんやって、ほんまはわかるもん」
、俺を見くびるんやないで」
「何を」

突然キリッとした顔になったユウジは、ベットの上にあった携帯を握りしめて 「うう、ほんますまん小春ぅぅ、」とか泣きべそかきながら何回かボタンを押した。
それから「ほれ、よく見とけ俺の本気!」と言って私に携帯に浮かぶ『消去』の文字を見せつけてきた。 その文字が消えた後には、小春くんのプロフが抜けた部活仲間のアドレスがずらりと表示された。

「ゆっ、ユウジ…何してん、大事な小春くんのアドレス消してもうて、」
「ええねん、俺の一番はお前やねんから」
「ちょお、もうええて、写真まで消さんでええから、そこまでユウジの大事なもん奪うつもり無いわ!」

「離せ、俺は本気やど!」と雄たけびをあげながらなお携帯をいじくりデータフォルダの中身を消去しようとしているユウジから彼の携帯を強引に奪い取った。
何でこのアホ本当にこんなに極端に偏った思考しかできんのやろかと考えながら私は笑った。

「ねえ、アイスでも買いに行こ。ほんで、一緒にだらだらせえへん」
「…その後は?」
「やからそう言う雰囲気ぶち壊すん止めてって!後で小春くんのアドレス送ったろおもててんけどなあ!」



ユウジは立ちあがった私の足にすがりついてきた。
ずるずると引き摺ってドアを目指す、全く今日は暑い日だった。

(I love you with my heart!)

(よつばみち様に提出させていただきました*20090823)
(素敵企画ありがとうございます!)