「それでよかと?」 パチ、と指先でつまんだ駒を盤にさすと、ちろりと視線だけをこちらに寄越した千歳くんがそう言って笑った。 (何が?)と私はその視線を流して自分のたった今うった手を眺めてみる。 しばらくして「あ」と私は無意識に声を上げて、自分の一手で自らを敗北へ導いた事に気付いた。 「またやっちゃった」 「だけん上達してきてるばい」 ふう、と肩の力を抜くと千歳くんは進めた駒を元の位置に戻し始めた。 それを見て私も自分の陣地に駒を配置しなおす。 先ほどから何度この繰り返しだろうか、千歳くんに王手をかけられる前に自爆するという、 まったく相手を楽しませるプレイが出来ないまま回数だけをこなしている。 果たして千歳くんはこれで楽しいのだろうかと疑問ではあるけれど、 詰め将棋をするより今日は生きている手を相手にしたい気分らしく、 駒自身の動きをやっと最近全部覚えられた程度の私に相手をして欲しいと言ってきたのだった。 最後の一つをパチ、と盤にうって顔を上げるとすっかり自分の駒を配置し終えていた千歳くんと目が合う。 もう一回、と目が笑い、私は再び盤上に視線を落として歩を進めた。 「は最初の一手が必ず決まっとうとね」 「歩を進めるより桂と角でどんどん進みたいっていうか、それでなんとなく」 「せからしかねえ」 「そういう千歳くんも、大体同じ手で私と同じ事するくせに」 「先手が攻めたらカウンター狙うのが俺の基本たい」 「じゃあ私が守ったら攻めてくるの?」 「んにゃ、さしより玉ば守るところから入る時の方が多い」 「ふうん」 「一番好いとう囲いは穴熊だけん」 何それ、かわいいと私が笑うと、千歳くんも「名前だけばい、見た目はえげつなか」と言って笑った。 それから、パチ、パチと自分の駒を動かして「これが穴熊囲いの例ばい」と私に説明してみせた。 「うわあ、ほんとだ。なんかすっごい守られてるねえ王さま。 でもこれって、相手もどんどん打ってきたらこの通り囲うの大変そう」 「完成までに手数がかかるのがこの守備陣形の短所だけんね、 でもこれが一番堅い囲いばしとっとよ」 「私はどちらかと言うと、玉もどんどん進めちゃいたくなっちゃうけどなあ。 ほら、上のものが率先して動かないと下はついてこない!って感じ」 言い切った私に、千歳くんはふっと笑って「その結果は?」と珍しく突っ込みを入れてきた。 「にはその戦法は向いてなかとよ」 「でもじっくり考えるのも向いてないんだもん」 「しょんなかね。でんらしくていいかもしれん。駒殺すんば可哀想になる位素直やけん」 「穴熊も千歳くんらしいよ。うごかないぞーって感じ」 「ばってん、こん穴熊は崩されたら逃げ場がないけんある意味最初から自害ばしとっと」 一瞬、耳鳴りがきこえるくらいに静かになった。 まるでそれが、自分の生き方ですと唐突に言い出されたような気分になってなんだか急に悲しくなった。 たくさんの家来に守られてるくせに、王様は孤独なんだろうか。 (それとも、守りが崩される事が前提で)それって周りを信頼できないってこと? 「ねえ」 「んん?」 「なんとなーく思うんだけど、千歳くんのところの王様は捕えられてるの?」 「何ねそれ」 「だって何か牢屋にいれられてるように見えてきたから、それ」 盤の隅に寄せられて、肩身狭そうにしている千歳くんの玉を指差す。 千歳くんは、玉を見ているのか私の指先を見ているのかよくわからない視線をそちらに向けた。 「ああ、そうかもしれんね」 「って事は、千歳くんの玉は私の仲間なわけだ!おお、何かそう考えると燃えるね! いつか助けに行ってあげる」 「それはやおいかんばいね〜気長に待つったい」 少しだけ嬉しそうに頬を緩めた千歳くんは、穴熊囲いから初期の配置に駒を戻していった。 いつもよりその手が少し丁寧に駒を扱っているように見えたのは私の気のせいかもしれない。 (あれ、でも千歳くんの王様は捕虜で私を待ってて、でも兵士は千歳くんが打ってくるわけで、あれ?) とよくわからない矛盾に襲われながら、やはり私は玉をガンガン進めるのだった。 |