果てしなく遠いところに、いるような人だった。 私を見ているふりをしながら、私の向こう側を見ているんじゃないかと、思う時がある (いや、実際そうだったのだろうと思う)。 (でも)この気持ちが届かなくたって、ずっと繋がらなくたって、 今が過去になって、遠く遠くはなれて、未来の今にあなたがいなくて、 思い出だけを巡るようになっても。 それでもずっと、好きなんだろうとぼんやり思う。 部活がない月曜日に、何気なく千歳くんを家に誘ったらあっさりイエスの返事をもらった。 にっこり笑って、くしゃっと私の頭を撫でながら「断る理由なんてなか」と。 部屋につくなり千歳くんは鞄から教科書を取り出して課題をやり始めた(珍しい事もある)。 どうやら、提出期限の切れたプリントが山ほどあるらしい。 大きな体でかわいらしく「教えてほしかー」と眉を下げるので、 私は彼の向かい側からプリントを覗き込んだ。 勿論それはやった事のあるもので、記憶を頼りに問題を解きほぐしていく。 「で、ここがね、」 『ブーッ、ブーッ、ブーッ』 私の声と、千歳くんがシャーペンを走らす音だけが響く静寂の中、突然机の上でバイブが鳴った。 カタカタと、微妙に動き回る携帯がなんだか笑える。 だけど、当の持ち主を見やったら、千歳くんも私をじっと見ていて。 あまり距離のないところだったから、顔が近くてドキっとした。 どうやら千歳くんは先を促しているらしい、トントンとシャーペンの先で設問をつついて私の注意をプリントに引き戻した。 (携帯なんかほっといていいから)、って事だよね。 『ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ』 でも、また、携帯が唸る。 しばらくして、観念したように千歳くんは携帯を手に取った。 で、折りたたみのそれを開いた瞬間、ちょっと笑った。 「誰から?」 聞いてもいいのかな、と思いつつ思った事を口にしてみる。 すると、千歳くんは無言でディスプレイをずいとこちらに向けてきた。 「きっぺい…?」 聞き覚えのあるような無いような、そんな名前だ。 もしかしたらテニス部関係の人かもしれない。千歳くんの口から聞いたのか、 他の誰かの口から聞いたのかは忘れてしまったけれど。 そんな私の煮え切らない態度に気付いたのか、千歳くんは「九州の頃からの親友たい」と優しい顔でそう言った。 (なに、その無条件の笑顔) 「急用だったんかねえ。桔平がこげん電話かけてくるのも珍しか」 言ってる傍から千歳くんの手の中でまた携帯が震える。 けれど彼はパタンとそれを閉じて、ポケットに仕舞った。 「でーへんでええの?」 「桔平にはいつでも電話出来っと。今はと一緒だけん」 (一緒だから、何) (その、『いつでも』という言葉は、私には適用されないの?) くしゃりと、いつもみたいに撫でられたその手のあたたかさに翻弄されそうになりながら、 私はもやもやとしたものを感じた(痛み、と呼ぶには大袈裟だろうか)。 「…不満そうな顔しとう」 「……やって、」 (醜いけれど、憎かった) 精一杯の努力をしないと、彼の中にいられない私とは違うんだろうと差を見せ付けられた気がする。 私と千歳くんを結び付けているものって、何なんだろう。 果たして『好き』という気持ちがここにはあるんだろうか。 「私、男に生まれたらよかった」 「突然なんね」 「テニス、強かったら無条件に千歳くんに見てもらえるやんか」 「…、あて付けばしとっと」 「せやかって、わからへんねんもん、私と千歳くん視線かみ合ってへんやん、」 くぐもったバイブ音が、部屋の中にびりびりと響いた。 千歳くんの手がすっと離れていって、しばらくしてから携帯は鳴り止んだ。 その後小さく彼が「めんどくさか」と呟いた。 (わかってる、私もこんな自分がめんどくさい) ぼろっと感情が涙を流して、自分が傷ついていますと主張する。 そんな事をしたらますます面倒くさいと思われるんだろうと思われながら、 私はそれを止めることが出来なかった。 ちょっと酷い千歳というよりは影のある千歳というか。 「めんどくさい」っていうのは、突き放す方ではなくて、 伝わらないもどかしさの方なんですけど、千歳自身説明も弁解もしません。 この後ぎゅってしたりするんだろうけど。 ふわふわしてる千歳もいいですがこういうちょっとツンケンカップルもいいかなあと。 ドSっていいよねって話最近してたんでね、すいません。 |