大きな歩幅で、私にあわせてゆっくりと歩く。
大きなてのひらで、まるで猫にするみたいに、私の頭を撫でる。
そんな彼が好きだった。




授業中窓から外を見下ろすと、遠くに大きな人影が歩いているのが見えた。 目を凝らすとそれはよく見知った人物で、(ようやるなあ)と感心する。
あんな堂々とサボってみせる生徒、そうそういない。
そんな生徒と関係を持っている自分も、ちょっとおかしいかもしれないけれど。

黒板を板書したり、教科書の問題を解いてみたり、 頭の片隅で彼の事を考えながら私は今自分がやるべき事をこなした。
チャイムが鳴る少し前に、先生が「今日はちょっと早く終わろう」と珍しい事を言い出して。
礼をした後私は一目散にまだ人気の無い廊下を走って外に出た。




「千歳くん」

太陽はまだてっぺんにはきていない。
彼の傍に立つ私は丁度太陽を背負っていて、横たわる大きな彼に少しの影を落とした。
「んん?」とくぐもった声を出した千歳くんは、逆光になっていたのか私の顔を顰めて見た。

「私や、わたし」

とことこと太陽の反対側に回ってしゃがみこんで、彼の顔を覗き込むと「ああー、どげんしたとー?」 とのんびりとした声がそう言う。

「それ、私のセリフやー。さっき教室から千歳くんの姿見えて走ってきてん」
「そうやったと」
「授業サボるんよくないで、私ら一応受験生やし」
「ばってん、今日は天気もよかけん昼寝日和たいね」
「それもそうやけどね」

こてんと草むらに横になって空を仰ぐと、真っ青の中にぽつぽつと雲が浮かんでいた。
じっと見つめていると、雲がゆっくり動いているのがわかる。
そんな様が彼に似ているなあなんて考えると隣からくすくすと笑い声。

もサボりに来たとー?」
「んーん、ただの休憩」
「まあゆっくりしてくといいばい」
「千歳くんはゆっくりしてたらアカンてー」

伸ばしていた手が、あたたかくて大きなてのひらに包まれる。 きゅう、と胸がいっぱいになって息を吸い込む。 それからちらりと千歳くんの方を見ると彼は目を瞑っていた。

「ねえ」
「ん〜?なんねー」
「腕を目いっぱいに広げるとな、身長と同じくらいなんやって」
「ほお」
「やからいつも私は、大きい千歳くんの身長分ぎゅうてされてんのと思うとびっくりやね」
「はは、そうたいね〜」
「ねー。両手広げると、意外に幅とるんやなあってのも驚きやけど」

普段意識は全然していないけれど、意外と両腕を広げた時の長さというものはあるんだなあ、 と私はその話を聞いた時に思ったのだった。
だから、よく恋人同士で「どれくらいすき?」「これくらい」 と両腕をいっぱいに広げるのはあながち間違ってはいない気がする。
自分の身長めいっぱいって事は、それがその人のほんとにいっぱいって感じがするし。
(まああくまでもそれは、見た目で測った時の場合だけれど)

「あれやなあ、みんなで手繋いで円つくった時千歳くんがはいったら、大きい円出来るな」
「ほんのちょこっとだけたい」
「そのちょこっとの差が、時には勝敗を分けるんやで」

「何の勝負ばしとっとねー」と笑う千歳くんは、ゆっくりと起き上がって私に大きな影を作った。
後頭部や背中に、小さな草がいっぱいついててはらってあげたいなあと思ったけれど、 彼に近い方の腕は今忙しかった。
空いていた方の手を彼の方に伸ばすと、勘違いされたのか千歳くんは私の手を受け取って笑った。

(もうすぐ、チャイムが鳴るなあ)とぼんやり考えながら私は目を閉じた。
それを合図に千歳くんがキスをくれる。

ここが、学校だとか授業がどうだとか。
それよりも私にとって重大な事は、大好きな彼に包まれてあたたかくなったてのひらを、 彼から引き離す事が出来ないという事だった。


絡まって切なくて
ほ ど け な い